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第19話

   父さん(イオ)と、ずっと一緒に暮らしていた……。  ぼんやりだった父親の顔が、一瞬はっきりと浮かんで消えた。  同じ言葉を、フィンの口から聞いた。  あれはいつ? 『あら、あの人、トールのお父さんじゃないんでしょ』 『だって……お母さんが』  今とは違う。十二歳の少女の口から。 「お母さんが、おまえは“銀の魔物”に襲われたって言ってたけど、あれ違うよ。黒い大きな山犬だった……」  フィンの家を出たのは、彼女が大怪我をしてすぐのこと。  最後に見たのは、衣服も皮膚も引き裂かれた血(まみ)れの姿。  もう助からないかも。それが辛くて逃げ出した。  彼女が奇跡的に助かった後も、逃げ出した自分に罪悪感があり、前のように接することができなかった。  奇跡的に助かった……何処にも傷もなく……?  急に思い立った。  混乱に更に混乱が重なる。 「トールの家に行こうと思ったら、イオ叔父さんが森に入って行くところで……私、叔父さんのことがいろいろ気になって、あとをついて行ったの。でも叔父さんの姿はすぐに見えなくなって、かわりに山犬に出会った……」  その時のことを思い出してか、自分の肩を抱いて微かに震えている。 「飛びかかられて、あちこち噛まれて……痛くて、もうダメだと思った。そしたら、急に山犬が悲鳴あげるように鳴いて、私の上で動かなくなった──私、叔父さんに助けられたのよ」 「父さんに?」  こくと頷く。 「叔父さんの顔を見て──それが、その時の最後の記憶」  ざわぁっと胸が騒ぐ。記憶の奥底に仕舞われていたものが、溢れ出てきそうな感覚。掴めそうで、掴めないような。 「あのね……」  今までとは違い、少し自信無さげに口ごもる。 「不思議な話なんだけど…………。眼を覚ましたら窓から月が見えて──」 ★ ★  薄く開いた眼に、窓の向こうに月が滲んで見えた。  何処も彼処も痛くて堪らない。もう助からないだろうと、彼女は感じていた。  自分で動くことも出来ず、顔はずっと窓の方を向いたままだ。  だから、音もなく独りでに窓が(ひら)いた瞬間を見たのだ。    天使さまがお迎えに来たの……?  この痛みがなくなるなら、それでも良いと思った。  しかし、窓から見えたのは、天使ではなく── 一頭の大きな獅子の姿だった。  獅子は窓から、フィーネの寝ている寝台の脇に降り立った。  銀色の……獅子?  まさか、“銀色の魔物”?  そんなはずない。  月の光でそう見えるだけ。    身体も動かなければ、声も出ない。  諦めに支配され、何処か冷静にそう考えていた。  獅子は大きく口を開け、長い舌をべろりと出した。  私、食べられちゃうの?  どうか、痛くありませんように。  フィンはぎゅっと固く眼を瞑った。

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