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第26話

 その姿を、恐ろしい獣の姿に変えられて。  自然の摂理ではあり得ない白銀の毛並みと、銀と青の瞳を持った、それはたいそう大きな獅子。  その禍々しい銀の瞳には、神の力が宿されていた。  神の力──強すぎるその力は、時には“魔”にもなる。  彼自身が神の代わりとして、近隣の地の守り神となる。その銀色の眼から放出される神の気をもって地を護る。  永い永い時をかけて、荒れ果てた地は元の美しい地へ。新しい命も生まれ、やがて人びとが集う村となった。  そうなっても、彼はずっと独りだった。  谷に囚われている彼は、その辺り一帯の暗い森のなかまでしか行き来することができない。  神の仕込みか、谷を巡る土地にはそれに纏わる恐ろしい神話が、伝わっていた。  誰も彼を顧みない。  彼は孤独だった。  彼を解き放つのは、その恐ろしい姿をもってしても、彼を真実想う心だった。  そして、それができるのは恐らく、輪廻の輪に乗った弟のみ。  それが、(くだん)の神が兄に施した呪詛であった。 ★ ★ 「兄さん──イオは、ずっと永い間独りだったんだね」  前世のこととはいえ、自分の半身とも言える相手のことだ。自分が受けた痛みのように、切なげに瞳を揺らした。 「永い時のなかで、何度もお前がこの世の何処かで生を受けるのを、感じていた。ただ感じるだけで、何もできない歯がゆさをずっと抱えていた……それは、いっそ死んでしまいたいくらいに辛く、でも自ら死ぬことすらできない。は本当に周到なことだ」 「イオ…………」  彼が余りにも辛そうな顔をするので、そろっと頬に手を伸ばした。その手の上にイオが自分の手を重ね合わせる。  お互いに体温を感じ合った。 「──二十一年前のことだ。今までとは比べものにならない程間近で、お前の気配を感じた……」  今その気配を感じているかのように遠くを見詰める。   「……谷の周りの村で産まれたんだと分かった。しかし……それでも、私が此処から出ることができるわけでもなく、その命が生を全うするまで出逢わない場合の方が多いとさえ思えた。……すぐ近くにいても会えないのは、遠くで感じるだけよりも、更にずっと辛らいことのだと、その時知ったよ」  ふっと苦く笑い、視線をトールの顔に戻す。十五の時と変わらない空色(ベイビーブルー)の瞳を覗き込んだ。 「──それから、二年程の(のち)のことだ。幼い子どもを連れて森にやって来た男がいた。彼は時折森の口辺りで狩りをしていた男で見覚えがあったが、幼子を連れてきたのは初めてだった──その幼子がお前だ」  

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