34 / 40

第34話

  「この花は、私たちが死した(のち)、その亡骸が土に還るまで傍らで咲いていた。私たちの瞳と良く似た色の花。これは私たちの愛の(あかし)」  鼻先に甘い甘い香り。  その香りは瑠璃の谷全てを包み込んでいる。ここに来た時から感じていた。 「獅子の姿の私と幼いお前が出逢い、そしてお前が私を想ってくれた。その時から少しずつ咲き始め、お前と離れるまでには谷全体が瑠璃色に染まった」  トールの唇を擽るように花を揺らす。  まるで、口づけ。 「お前の記憶を封じた為、いったん全てが無になってしまったが……わかるか? 今はあの頃よりもずっとずっとたくさん咲いてることを」  こくりと頷くが、を考えると気恥ずかしさも感じる。  それって……イオのことを、すごくすごく。前よりもずっと想っているってこと……だよね。 「この花はこんなに雄弁にお前の気持ちを語っているな」  イオは手にした花をそっと横に置いた。 「イオ……」 「お前のその想い、もっと私に感じさせてくれないか?」 「……どう……やって……?」 「そうだな……」  銀と青の両の瞳が甘さを湛える。 「まずは……お前からの口づけが欲しい」 「……………………」  一瞬意味がわからず、その言葉を頭で反芻する。    お前からの口づけ……。  え…………。      瞬く間に顔が朱に染まる。 「駄目……か?」   今までに見たことがないような、ねだるような表情に、胸がどくんと音を鳴らす。 「だめ……じゃない。でも……」 「でも?」 「んー」  口づけなんて……したことない……のに。  イオの薄い、綺麗な形の唇を見つめながら、少しずつ顔を近づけていく。が、ほんの僅かな間を空けてぴたりと止まった。  歯が震えカチカチと音を鳴らしている。  む……むり……。  ぎゅっと眼を瞑り、勢いで唇を合わせた。 「……っつ」  合わせたままでくぐもった呻きが漏れ、慌てて離れる。 「イ、イオ?」  見れば、イオの唇から血が滲んでいた。勢いをつけすぎた。しかも唇を閉じていなかったのだろう。歯で唇を傷つけてしまったらしい。 「ご、ごめん。痛い……よねっ」  イオは妖艶に微笑(わら)いながら、ぐっと唇を拭った。 「は痛くないだろう?」  そう言って、また、鎖骨の窪みにある痣を触った。  また、そこが熱くなった。  その時は眠っていた筈なのに、その時起きていたかのように様子が思い浮かぶ。  獅子じゃない……今のイオの姿で……。  噛まれて、舐められて……。  どんどん身体が熱くなっていく。  今まで感じたことのない感覚が、トールの肉体(からだ)の奥底で芽生え始めていた。

ともだちにシェアしよう!