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第34話
「この花は、私たちが死した後 、その亡骸が土に還るまで傍らで咲いていた。私たちの瞳と良く似た色の花。これは私たちの愛の証 」
鼻先に甘い甘い香り。
その香りは瑠璃の谷全てを包み込んでいる。ここに来た時から感じていた。
「獅子の姿の私と幼いお前が出逢い、そしてお前が私を想ってくれた。その時から少しずつ咲き始め、お前と離れるまでには谷全体が瑠璃色に染まった」
トールの唇を擽るように花を揺らす。
まるで、口づけ。
「お前の記憶を封じた為、いったん全てが無になってしまったが……わかるか? 今はあの頃よりもずっとずっとたくさん咲いてることを」
こくりと頷くが、その意味を考えると気恥ずかしさも感じる。
それって……イオのことを、すごくすごく。前よりもずっと想っているってこと……だよね。
「この花はこんなに雄弁にお前の気持ちを語っているな」
イオは手にした花をそっと横に置いた。
「イオ……」
「お前のその想い、もっと私に感じさせてくれないか?」
「……どう……やって……?」
「そうだな……」
銀と青の両の瞳が甘さを湛える。
「まずは……お前からの口づけが欲しい」
「……………………」
一瞬意味がわからず、その言葉を頭で反芻する。
お前からの口づけ……。
え…………。
瞬く間に顔が朱に染まる。
「駄目……か?」
今までに見たことがないような、ねだるような表情に、胸がどくんと音を鳴らす。
「だめ……じゃない。でも……」
「でも?」
「んー」
口づけなんて……したことない……のに。
イオの薄い、綺麗な形の唇を見つめながら、少しずつ顔を近づけていく。が、ほんの僅かな間を空けてぴたりと止まった。
歯が震えカチカチと音を鳴らしている。
む……むり……。
ぎゅっと眼を瞑り、勢いで唇を合わせた。
「……っつ」
合わせたままでくぐもった呻きが漏れ、慌てて離れる。
「イ、イオ?」
見れば、イオの唇から血が滲んでいた。勢いをつけすぎた。しかも唇を閉じていなかったのだろう。歯で唇を傷つけてしまったらしい。
「ご、ごめん。痛い……よねっ」
イオは妖艶に微笑 いながら、ぐっと唇を拭った。
「お前よりは痛くないだろう?」
そう言って、また、鎖骨の窪みにある痣を触った。
また、そこが熱くなった。
その時は眠っていた筈なのに、その時起きていたかのように様子が思い浮かぶ。
獅子じゃない……今のイオの姿で……。
噛まれて、舐められて……。
どんどん身体が熱くなっていく。
今まで感じたことのない感覚が、トールの肉体 の奥底で芽生え始めていた。
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