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第40話

「願いは叶った。瑠璃の花は、きっともうすぐ散る」  少し切なげだが、強い光を湛えた眼差しで見渡していた。 「護り神は、もうここにはいない。ボクらは、もう村にも戻らない。でも、大丈夫。もう二度と村は死んだりなんかしないだろう」  彼の周りには、小さな動物たちがいた。  彼をいつも慰めていた動物たち。 「さよなら」  彼らに、そして、瑠璃の谷に背を向けた。  肩よりも長い金色の髪には、銀のリボンが結ばれていた。  あの日、風に飛ばされぬよう、樹の枝に結わかれていたリボン。  彼はそれをひと撫でした。 「イオ、これを返しに行くよ」 ★ ★  瑠璃の谷に別れを告げた青年の、その背が見えなくなると、彼は瑠璃の花の上に仰向けに寝そべった。  輝く白銀の長い髪が花の上に広がる  ふんふんと鼻歌を歌いつつ、片手は瑠璃の花を千切っては投げていた。  自分の髪の上にも花びらが散る。さながら花飾りのように。  不意に。  何もない宙に人影が現れた。  漆黒の髪に漆黒の瞳。  切れ長の眼が、じろりと睨む。 「お前、何故あの男を」  地を這うような声にも動じず、へらりと笑った。 「まぁ、いいじゃないか。どうせすぐ見つかる。あの魂は惹き合っている。それに──もう邪魔立てはせぬよ。だいぶ楽しませて貰ったさ」 「全く執念深いことだ」 「なに、あのまま、ただ幸せになって貰っては面白くないだろう、最後の悪戯さ。あ、いや──」  銀色の両眼がぎらりと光る。 「そう──もうひとつ。面白い呪詛を施したんだ」 「何だって」 「そう大したものではない」  ふふっと楽しげに笑うのを、冷ややかな眼で一瞥し、再び姿を消した。 「お前も天上(うえ)に戻れ。長居するなよ」  言葉だけが後から降ってきた。 「はいはい」  彼は億劫そうに立ち上がった。 「さて、久しぶりに仕事をしますか。代わりの護り人はいなくなった」  彼の姿は、白銀の光に包まれた。  それは、やがて谷全体に、そして、周りの森へと広がった。    その神々しい輝きを、周りの村々からも見え、人々は手を合わせた。  輝きが消えた(のち)、白銀の神の姿もなく、谷はまた静かになった。  瑠璃の花は一輪も残ってはおらず、かわりに岩肌までもが美しい緑に覆われた。  真っ暗な森には陽射しが降り注ぎ、地に木漏れ日の煌めきを映していた。  ────新たな神話の生まれた瞬間であった。                 fin      

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