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50.遠距離恋愛?

夕食を終え、ユキとハルは塔の部屋へ戻ってきていた。 ハルは窓を開け、夜の森を眺める。 天には三日月と星々が輝いている。星が落ちているかのように森の中でちらほらと瞬いているのは、獣人の街のあかりである。 虫の声。眠る木々。ひんやりとした、心地の良い夜の空気。 「どうしてたそがれてんの」 「わ、」 後ろからユキに抱き締められる。 「明日、何時に出発だっけ?」 「朝食前に出る」 「朝ごはんどーすんの」 「移動しながら食べるよ」 「ふーん…」 ハルは話しながらも、内容は右から左へ抜けていく。 (こんなことを話したいんじゃない…) (…本当は…) ずっと考えていたことがある。 言い出すタイミングが無くて、今日一日ずっとモヤモヤしていた。 それは… 「…おまえが不在中、おれの発情期が来たらどうするんだよ」 「その時は一目散に飛んで帰るよ」 「…そんな簡単なもんじゃねーぞ」 「おじいちゃん(老執事)はこっちに残していくから、何かあったら人払いをしてハルの安全は確保するようにお願いしてある。それに…」 「それは助かるけどさ、……」 「……もしかして、怒ってる?」 「…怒ってない」 「怒ってるでしょ」 「だから怒ってないって!!」 やってしまった。 出張があると突然聞かされた時は、人目もあったし、努力して感情を抑えた。(四十五参照)それに『国境付近に得体の知れない蛇族の幕営』がある云々で、蛇族の国へ訪問するためという理由を知って。 自分のことばかり考えていられない。 国のことを優先しなければいけないから。 勿論、頭では分かってる。 『私と仕事、どっちが大事なの?』 そんなこと女々しいことは、口に出したくない。優先順位を付けて欲しい訳じゃない。 ただーー 「……おまえがしばらくいなくなると思うと…なんか、やだ」 …口に出すだけで、泣きそうになる。 今回の発情期を逃したらどうなる? また、ひとりであの地獄のような時間を味合わなければならないのか? ーーつがいも成立していないのに。 ハルのうなじは、未だに噛まれていない。発情期と同時に跡を付けないとつがいは成立しないのだ。 (やば、おれ情緒乱れてる) (やっぱり発情期が近いのかも……) 発情期の直前、精神状態が不安定になることはよくある。動物にも発情期前行動があるように、発情期前のオメガも誰かに甘えたくなったり、落ち着きがなくなったりすることがある。 卵子を排出しようと身体が準備している段階なので、タイミング良く交尾できるよう、本能がオスを求めるのだ。 だから、衝動に従って、ユキをぎゅう、と抱き締めた。 「さびしい」 ぽつりと、呟く。 「おまえの立場も、国の状況も分かってんだけどさ…どうも、気持ちだけはセーブできなくて」 「おまえとのはじめての発情期、一緒にいられなかったらどうしようって…」 「…うん」 「…頼むから、早く帰ってきて」 「そんな(笑)まだ出発してもいないのに」 「それくらい寂しいってことだろ!」 「あ〜〜怒った〜〜(笑)」 「バカ!もう!おすわり!」 「おすわりしませ〜ん(笑)」 じゃれ合いながら、もつれ合うようにベッドへ倒れ込んだ。 まだ臍を曲げているハルは、ユキに背を向けてベッドに寝転がっている。 それを後ろからハグして、甘く囁いてくるユキ。 「タイミング悪く出掛けることになっちゃったのは申し訳ないけどさ、おれ、毎日連絡するし」 「…うん」 「一番大事なのはハルだから、ね?」 「………(ムスッ…)」 「たった二泊三日だよ、三日目には帰ってくるじゃん」 「………(ムスッ…)」 「何ヶ月も会えないような遠距離恋愛ではないんだし…」 「遠距離といえば遠距離だろ(ムスッ…)」 「あーーーーーもうーーーーーこの気難しい猫ちゃんはーーーーーーどうしたら機嫌直してくれるの?」 「…どうしたらって訊かれてもおれだって分かんねえよ…ちゃんと恋愛すんの、おまえが初めてなんだもん」 「ぐっっ……」 不貞腐れ猫ちゃんの緩急あるデレに、わんこ系王子様もたじたじである。 「俺だって初めてだよ……あのさ、運命に導かれて一目散にここまで来たみたいになってるけど、ハルと一緒になれたのは俺の人生の中で一番素晴らしいことだし、すてきなことだよ」 「………」 「ハル、好き。大好きだよ。愛してる。俺の宝物」 「……(ムスッ…)////」 ベッドで身体を密着させながら愛の言葉を囁かれると… 「ハル。ねえこっち向いて」 「…やだ」 「お願い。ハルがこっち向いてくれたらもっと大好きになるから」 「…」 「どうしても嫌なら、俺わんこになった方がいい?」 そこまで下手に出られたら… ハルは渋々、ユキと身体を向き合わせる。 (わんこになるのもいいけどさ…) (明日からしばらく会えないなら…) ベッドの上で、キスをねだって、ユキに頬を擦り寄せた。

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