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第1話 俺は、オカルトを売りにしたいわけじゃない。

 ブルーシートの前に立ち、俺はポーズを決めた。後ほど背景は合成されるようだ。  俺はKIZUNAという名前で、芸能活動をしている。  俺は自分の事を俳優だと思っている。  元々は読者モデルだったのだが、そこの専属モデルとなり、現在ではテレビに端役で出たりもしている。そんな俺の実家は、玲瓏院家というちょっとした名門の寺だ。知る人ぞ知る――というか、オカルト業界では知らない人がいないレベルの、霊能力者の名門である。玲瓏院絆(レイロウインキズナ)、それが俺の本名だ。  そこに目をつけたのは、俺の所属する芸能事務所の社長だった。  結果として、俺は――将来的には俳優として生きていきたいのに、オカルトタレントのごとく、霊感がある存在として売り出されている。不服だ。  今年で二十一歳。  若手俳優の中では、これでも俺は、存在感がある方だと思っている。  思うくらいは自由だろう……。 「もっと笑って!」 「はーい!」  俺は内心を悟られないように、天使のような笑顔を浮かべた。役作りというか――俺は、天使のように心優しいキャラとして売り出されている。癒し系モデルだ。俺のような微笑を浮かべれば、女性はうっとりとする――と、評判である。  身長173cm、体重50kg。心優しい、美青年。それが、俺だ。俺の外側だ。 「何でもご指導くださいね?」  俺は眉根を下げて、カメラマンに微苦笑してみせる。上辺って、大切だと思う。猫かぶりは、俺の特技だ。 「じゃあ次は――」  こうしてこの日の撮影は進んでいく。  全てが終わったのは、午前の十一時を回った頃の事だった。 「お疲れ様です!」  俺がタオルで汗を拭いていると、マネージャーの相坂さんがやってきた。彼女は、二十五歳。本人も当初は芸能人になりたかったようだが、現在はマネージャー業務についている美人だ。 「このあとは、夏の心霊特番の撮影が入ってるんだけど、すぐに出られる?」  それを聞いて、俺は憂鬱な気持ちになった。  出られる事は出られるが、俺はオカルトタレント志望ではないというのに……。  しかし溜息をつく姿を見せるなど、天使としてあるまじき! 「大丈夫です」  そうは答えつつ、俺は頭痛もしていた。  実際の所――俺は、視える。しかし、祓ったりは出来ないのだ。俺は視えるだけなのである。無論、実家で習っているから、簡単な除霊・浄霊は可能だ。しかしながら、本格的な処置は無理だ。 「ロケは、どんな所で行うんですか?」  微笑を浮かべて(勿論上辺だけだ)俺が尋ねると、相坂(おうさか)さんが資料を差し出した。スマホに映っている動画を見て――俺は目眩がした。これは、酷い。  廃墟の病院の動画には、浮遊霊が跋扈していた。 「……これは……俺単独では、少し厳しいです」  俺は真面目な顔をした。相坂さんには、半分程度は素を見せているので、率直に断言する。三階建てのその病院の内部は朽ち果てていて、特に地下一階の旧手術室付近が酷い。病院で亡くなった霊も屯しているし、それらに引き寄せられてやって来たのだろう怪異も渦を巻いている。 「だけど今日中にロケをしないとならないのよね。そっか、本物かぁ……」 「(ツムギ)に連絡をしてみます」 「有難う!」  相坂さんが、俺の言葉に明るい表情へと変わった。  玲瓏院紬は、俺の双子の弟だ。だが、俺とは格が違う霊能力者である。歩くだけで、その場にいる霊を皆浄化してしまうほどの力の持ち主なのだ。  俺は視えるだけであるから、このようにして、自分ひとりで太刀打ち出来無い場合は、家族を頼りにしている。  その後、昼食を取りながら、俺はトークアプリで、紬に連絡をした。 『ゼミが終わったら、校門まで来い』  紬は家族であるから、猫をかぶる必要も無い。撮影場所から、紬が通う霊泉学院大学までも、移動時間を考えると講義終わりで丁度良さそうだった。紬は基本的に大人しいから、俺が頼めば来てくれる。 「連絡をしておきました」 「本当に有難うね!」  相坂さんは満面の笑みだ。俺はその後、ロケ弁を食べてから、相坂さんが運転する車に乗り込んだ。走ること一時間半。霊泉学院大学は、新南津市の山の上にある。新南津市は、ド田舎だが、俺が撮影をしてきた都内からのアクセスはそこまで悪くはない。  車から降りて、大学下の正門に向かうと、チラホラと視線が飛んできた。それに気づいて、俺は天使のような笑顔を浮かべた。 「KIZUNA様……!」 「格好良い……!」  声が飛んでくる。直後俺は囲まれた。ここには高等部までの同級生達の多くも通っているが、だからというよりは俺が芸能人だから囲まれている。芸能界では、俺はNo.1ではないが、近所では俺はNo.1であるし、オンリー1だ。  俺は両頬を持ち上げて、気弱そうな顔をしつつ、サインの要求にも優しく応えながら、その場で、弟を待った。 「絆!」  そこへ弟の紬がやって来た。一卵性双生児の俺達は、顔の作りは全く同じである。ただし、服装の方向性が百八十度違う。一昔前の言葉で表現するならば、俺はコンサバだ。お兄系の美青年だ。一方の紬は、裏原系とでも言うのか、洒落た大学生風である。俺は流行に囚われないが、紬は流行の最先端(ただし個性派で派手ではない)といった感じだ。 「おかえり、紬」  俺は微笑し、その後周囲に手を振って、背後にあった相坂さんの車に乗り込んだ。優しい兄の演出も完璧だ。俺に続いて、紬が後部座席に乗り込む。紬が扉を閉めたのを見て、俺は表情を通常のものに戻した。ずっと笑っているのは疲れるのだ。  足を組んで紬を見る。そして疲れたから、思わず溜息を零した。 「相変わらず、紬は霊能力が高すぎて、浮遊霊のひとつも寄せ付けていなくて尊敬する」  人ごみには、それだけ、浮遊霊も混じっているのが常だ。しかし紬がやって来た途端、全て消え去った。俺の弟の紬は、歩く心霊現象掃除機とでも言うしかない。紬の神聖な気配に耐え切れず、怪異の類の多くは消え去るのだ。 「実は、次のロケ現場なんだけどな……夏に放送される心霊特番用の撮影現場。俺には難易度が高すぎてな。紬なんかに頼むのは、心から嫌だ、が――そ、そ、その。一緒に来て、浄霊を頼みたいんだ……」  俺は相坂さんにはあまり聞こえないように、小声で告げた。普段天使を装っている俺であるが、紬の前では素が出てしまうのである。 「具体的には、僕は何をしたら良いの?」  紬は飄々とした声で応えながら、俺を見た。無表情というわけではないが、そこに動揺は見えない。俺は腕を組みながら、嘆息した。 「い、いつもの通り、お前はそこにいてくれたら、それで良い。紬がいるだけで、勝手に消えていくからな。お前は、歩く心霊現象掃除機だ」   事実を述べると、何でもない事のように紬が頷いた。 「よろしくね」  そこへ相坂さんが声を挟んだ。やっぱり近距離に居るため、聞こえていたのだろう。俺も彼女の前では素を出しても良いかと判断しているので、相坂さんの声に赤面している紬の事を眺めているだけにとどめた。  こうして俺達はロケ現場に入った。  入った瞬間から嫌な感覚がして、俺は吐き気がした。しかし吐くなんて天使らしくないし、番組では除霊は俺が担当した事になるため、気を引き締める。 「すごい浮遊霊だな……」  俺は、思わず台本にない事を呟いてしまった。台本においては、この廃病院には、少女の霊が巣食っている事になっているのだが、実際にはもっとヤバイものが多数いる。俺は目の前を横切っていく一反木綿を見ながら、遠い目をしてしまった自信がある。 「僕、どうしたら良い?」  その時、小声で、紬に問われた。俺は、周囲を一瞥してから、告げる。 「全ての階を歩き回ってきてくれ。それだけで浄霊される」 「あ、うん。お礼は、アイスで良いからね」 「アイス……」  アイスで除霊がなされるのならば安いほうだろう。俺は知っている。この三百分の一以下の、浮遊霊一体であっても、一件につき七万円は支払われる代物だ。実際、俺の親戚の藍円寺享夜などは、それでご飯を食べている。 「絆くん、カメラに向かって、ここの状況をもっと詳しくお願い。台本は無視しても良いから!」  相坂さんの声に、俺は頷いた。そしてカメラを一瞥する。  ここは、本当にヤバイ。  俺は、霊視した結果を滔々と語った。まずは少女の手術の失敗から。彼女が形成する霊場に、次々と囚われていった他の患者について、それを喰らおうとやってきた更なる怪異や、引き寄せられた妖怪の存在に至るまで。スタッフ達は、どんどん顔面蒼白になっていく。しかし事実なのだから仕方がない。 「終わったよ」  俺が撮り終えた所に、紬が帰ってきた。俺は吐息した。紬が歩き回ったおかげで、先程まで語っていた怪異は全て消滅していたからだ。あとは、俺が消滅させた風に、お経――玲瓏院経文という、我が家に伝わるお経を唱えれば終了である。  俺はカメラを背後に歩き回りながら、経文を唱えて手を合わせた。  ――紬が排除した霊達が、少しでも幸せになりますようにという想いも一応込めた。  こうして、俺の夏の心霊特番のロケは終了したのである。  って、何をやってるんだ、俺。  俺は、オカルトを売りにしたいわけじゃないのに!

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