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第2話 兼貞遥斗というライバル
――本格的に夏が来た。
今日は、もうすぐオープンする、新南津市ハイランドというテーマパークのポスターの撮影だった。専属モデルをしている雑誌以外の撮影は、久しぶりだ。その他は……考えたくもないが、夏の心霊特番のロケばっかりである。
地元での撮影を現地で終えて、俺はその後、スタジオへと向かう事になった。心霊特番は、テレビで放送されるものもあるが、大半はWebで配信される。しかしこれも貴重な下積みに違いない。違いないよな……?
そんな中で、本日は貴重な、テレビで放送される番組の収録である。先日行ったロケが放送される番組だ。俺は久しぶりにテレビ局に足を踏み入れた。これから共演者の所に挨拶に行かなければならない。相坂さんの一歩後ろを進みながら、俺は気づかれないように溜息を押し殺した。
「あ」
その時、間抜けな声がした。何だろうかと、俺は顔を上げる。すると前方から歩いてきた青年が俺を見て、サングラスをずらした所だった。……昨日、紬が着ていたのと同じ私服を着用しているが、さすがにその服が載っていた雑誌の読者モデル上がりだけあって堂に入っている……――と、瞬時に考えつつ、俺は天使のような微笑を心がけて立ち止まった。
内心は煮えくり返りそうだったわけであるが。
前方からやって来たのは、兼貞遥斗 という、俺と同世代の俳優だった。まずムカつくのは、俺よりも身長が13cmも高い部分である。186cm! 奴は俺のライバル雑誌の読者モデルだったのだが、その雑誌のコンテストでグランプリを取り、俳優デビューした強者である。さすがに顔面が整っている。そこも苛立ちポイントだ。
しかしそんな思いは微塵も見せずに、俺は軽く会釈し道を譲った。
現在若手No.1の実力者は、紛れもなくコイツなのである。
俺とデビューは変わらないというか、モデル歴で言うならば、俺の方が長いのだが、俳優としての活動では、俺は今の所負けている。事務所の力が、奴の方が大きいというのもあるだろうが、春にはドラマの準主役ポジションを見事に勤め上げた兼貞を、俺は己の好敵手として定めている。
別段これは、俺一人の考えではないだろう。兼貞とは、同世代の俳優やイケメン芸人は共演NGとなっているのだが(先方の事務所の意向だ)――兼貞の出演が決定した場合、必ず俺はオーディションで落とされるか、先に決まっていても下ろされる。
向こうも一応、俺をライバル扱いはしているようなのだ(兼貞本人か、事務所かは知らないが)。
だが、それだけだったならば、俺も、己のちっぽけな自尊心と嫉妬について考えるだろう。それ以外の理由で、俺はコイツが大嫌いだ。コイツはなんと、プロフィールに『霊感があります♪』と書いているのである。俺がやりたくもないのにオカルト路線を歩まされているのとは逆に、兼貞は霊感をネタにしているのだ。
しかし俺から見ると、コイツに霊能力は無い。視えているのかも怪しい。
「珍しいな、KIZUNA」
朗らかな笑顔で、兼貞が俺に言った。コイツの、俺に対して馴れ馴れしい所も、俺は嫌いだ。というか、珍しいって事実だが失礼だろうが!
「ご無沙汰してます、兼貞さん」
それでも俺は天使のような笑みを心がけた。
「今日は何の撮影?」
「――心霊特番の撮影です」
「俺は夏公開の映画の宣伝。で、俺も今から他局だけど、バラエティのロケで心霊スポットに行ってくるんだ。あー、もうちょっと早ければなぁ、たまには食事でもと思うんだけど」
兼貞はさりげなく、映画の宣伝という自慢を混ぜてきた。俺はこめかみに青筋が浮かびそうになったが、心が狭いなど天使らしくないので、笑顔で交わす。絶対にコイツと食事になんか行きたくない。プライベートで付き合う気など無い。
「じゃ、また」
俺の隣を兼貞が通り過ぎていく。さっさと歩き去れ! 俺は奴の後ろ姿を軽く睨みながら見送った。全く。ちょっと売れてるからって調子に乗るなというのだ。すぐに追い越してやる。
その後、俺は番組の収録へと向かった。
心霊特番の収録現場というのは、意外と浮遊霊が多い。俺は見て見ぬ振りをしながら乗り切り、事務所へと顔を出す事にした。実は俺は、秋には連ドラの出演が決まっている。通行人Cという名前の無い役であるが、俺にとっては貴重である。台本を何度も確認しながら、俺は撮影を行ったものだ。
「KIZUNA! 大変なんだ」
「はい?」
事務所の中に入ると早々に、社長が顔を出した。何事かと思っていると、ハンドタオルで汗を拭きながら、禿頭の社長が俺を見た。
「来年公開の映画の主演が決まった」
「へ?」
突然の話に、俺は虚を突かれた。
「W主演で、その件でもう一人の主演の事務所の社長が来ているんだ」
「え、え? 俺が主演ですか? もう一人は誰ですか?」
「――兼貞遥斗くんだよ」
「は?」
俺は天使にあるまじきことに、ポカンとしてしまった。呆気にとられるしかない。なにせこれまでずっと共演NGの筆頭だったのだから。
「オーディションも何もしてないですが……え、えっと……」
「制作会社やスポンサーの希望もあるそうでね、何より兼貞くんの事務所も、どうしてもKIZUNAが良いと話していて――今、あちらの社長がいらしてるんだ」
「えっ」
狼狽えるなという方が無理だった。だがそのまま、俺は応接室へと促された。するとそこには、緑色の扇子を片手にした、兼貞の事務所の社長が座っていた。
「これはこれは、KIZUNAくん! ご活躍はかねがね!」
「……KIZUNAです。よろしくお願いします……」
おずおずと促されて、俺はソファに座った。するとバシンと扇子を閉じて、来客者が言った。
「『呪鏡屋敷』にはノータッチでお願いしますね」
「へ?」
突然過ぎる言葉に、俺は意味が分からなかった。呪鏡屋敷というのは、新南津市に存在するお化け屋敷だ。二階に呪いの鏡がある元民家である。俺の玲瓏院家の他、新南津市に存在する心霊協会の人々で、強固な結界を構築して封じている存在だ。
「今日、うちの兼貞がロケに行ったんだけど、ちょっとねぇ」
「え、あそこにロケですか?」
自殺行為である。俺は目を見開いた。すると困ったように、頷かれた。
「結界、っていうのかな? 破っちゃったようでねぇ……こちらからも専門の人間を手配しているから、玲瓏院家には動かないで欲しいんだ」
「あの、映画のお話じゃ?」
「――ああ、そうそう。そうだったね。兼貞と一緒に主演を務めて欲しいんだ。だからくれぐれも、お家の方々には動かないよう、よろしくね。既に連絡はしてある」
……。
俺は最初、事態が飲み込めなかった。
その後帰宅して話を聞くと、経緯はこうだった。何でも、数日前に、どこぞの馬鹿な大学生が、呪鏡屋敷の結界の一部を破壊していたらしい。その者達は当然病院にいるそうだ。そこへうっかり、兼貞遥斗達がバラエティ番組内の心霊特番でロケに入り――完全に結界を破壊してしまったのだという。
「先方も非常に外聞が悪いゆえ、専門の者を寄越す手配をしたようだ。して、玲瓏院には動かないで欲しいとの依頼じゃった」
俺に、兼貞の事務所から連絡を受けていたという祖父が、そう語った。複雑な心境である。
「俺の事は構わず、玲瓏院で出てくれ」
「そうはいかぬ。折角の仕事の話なのじゃろうて」
「け、けど……」
「なぁに。玲瓏院が動かずとも、藍円寺に頼めば良い。享夜ならば適任じゃ」
祖父の言葉に、俺は藍円寺享夜という名の親戚の顔を思い浮かべた。実際、除霊でご飯を食べている住職なのだから、適任かもしれない。
「……」
しかし言葉が出てこない。
W主演とはいえ、映画の話は嬉しいが、いくらスポンサーサイドの意向だと言われても、この状況では、それが嘘であるのは明白だ。俺に映画という餌をぶら下げて、兼貞の事務所は、この件をもみ消すつもりなのだろう……。
悶々としたまま、俺は数日間過ごした。
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