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第4話 ロケの決定
数日後。
俺は事務所で、冬に撮影が行われる映画の台本を受け取った。
……W主演。経緯はどうあれ、初の主演だ、嬉しくないわけじゃない。
本当は実力でいつか勝ち取りたかったが……家族(主に祖父)の応援もあり、俺は割り切って頑張る決意を固めた。呪鏡屋敷の件は、享夜と心霊協会に任せて良いのだと、繰り返し祖父からは言われている。
顔合わせが行われる前に、台本に目を通しておくように言われた。顔合わせは来週だ。パラリと台本をめくりながら、俺はソファに腰掛けている。事務所の控え室でお茶を飲みながら、俺は頭に入れる事にした。
「KIZUNA!」
そこへ相坂さんがやって来た。俺が顔を上げると、相坂さんが満面の笑みで言った。
「この前の心霊特番、例の廃病院の所が視聴率一位だったの! 大好評よ!」
「本当ですか……」
台本を閉じながら、俺は複雑な心境になった。視聴率が良いのも好評なのも嬉しいが、俺としては心霊特番は正直、やりたくない下積みの一つだ。
「それでね、深夜枠と動画、Web配信でシリーズ化するっていう話が入ったの。本当に良かったわね! そちらも好評だったら、ゴールデンに進出するという話になってるのよ」
「え」
「ただ――その件で、ちょっと話があって」
相坂さんは俺の前に座ると、声を潜めた。
「実はその番組、初回のゲストを兼貞くんにしようという案があったらしいの」
「……」
また、兼貞か。俺は顔が引き攣りそうになった。しかし頑張って笑顔を浮かべる。
「そうしたら兼貞くん、意外にも乗り気で、MCも希望しているんですって」
「そうですか……じゃあ、俺は下ろされるんじゃ?」
「ううん。それがね、映画の宣伝にもなるからという事で、KIZUNAと二人で担当したいって言うの」
「え……」
「スポンサーも同じ系列だし、丁度良いと乗り気なのよねぇ。それで、ただね、困った事があって。MCをするにしても、初回のロケは、兼貞くんに行ってもらう事で決まってるらしいんだけど……その……」
言いにくそうに相坂さんが口ごもった。それから俺をまじまじと見た。
「ちょっと兼貞くんには荷が重い場所かもしれないって話で、プロデューサーが、こちらとあちらの事務所に話を通して、KIZUNAも一緒にロケに行って欲しいという事になってて」
「へ?」
「呪鏡屋敷のロケがあったバラエティの話、プロデューサーの耳に入ってたみたいなの」
なんで俺が……。
叫び出したくなるというのは、この事だろう。
「荷が重いって、どういう……?」
「出るホテルみたいなのよね……」
「はぁ……でも、俺も視えるだけなので……場所は?」
「陸の孤島」
「え?」
「砕果島 という小さい島で、住人は今はゼロで……朽ちた村と、嘗てのリゾート開発で建設された廃ホテルがあるだけらしいの。船で行く事になるわ」
それでは紬を連れて行くというのは絶対に無理だ。そもそも、これ以上家族に迷惑をかけるわけにもいかないだろう……。
「KIZUNAだけが頼りなのよ! お願い、一緒に頑張りましょう! これも大切なお仕事よ!」
相坂さんに対して、俺は何も返す事が出来なかった。
――映画の打ち合わせの日が訪れた。俺は台本も頭に入れたが、それよりも心霊特番のロケについてが気になっていた。一人一人紹介され、挨拶をしていく中で、俺は必死に天使のような笑みを浮かべつつ、内心では苛立っていた。別に共演者の女性陣が、みんな兼貞に釘付けだからではない。決して違う。
「兼貞遥斗です。若輩者ですが、よろしくお願いします」
兼貞が挨拶をした。みんなキラキラした瞳を向けている。確かに悔しいが、奴は格好良い。それは認めよう。しかし兼貞の直前に挨拶をした俺への視線とは、周囲の見方が全然違う気がしてイラッとする。
その日は挨拶が終わってからは、簡単な日程の確認をして終了となった。俺は真面目に聞きつつも、兼貞の事が気になっていた。一体、奴本人はどういう心境なのだろうか。多少は罪悪感がある事を祈る。
兼貞と目が合ったのは、顔合わせが終了した時の事だった。目が合うと、奴は、スっと目を細めてから、静かに微笑した。って、何を笑っていやがる。何も面白くない。俺には不愉快な出来事続きだ。表情筋を叱咤して微笑を返した俺は偉いだろう。
――ロケに旅立つ事になったのは、その二週間後、秋の初めの事である。
俺はリビングに荷物を広げて準備をしていた。するとそこへ、紬がやって来た。
「あれ? どこか行くの?」
「ああ。急なロケが入ってな」
急というほどでもないが、俺の中では青天の霹靂と言える。
「良かったじゃん」
「……夏の特番の評判が、思ったより良かったらしくてな……また、心霊番組のロケだ。放送は深夜枠及び動画、Web放送」
答えながら俺は、慎重に服を検討した。なにせ兼貞と同じ空間で過ごすのだ。絶対に負けてなるものか。
「服は用意してもらえないの?」
「――いいや。滞在中の私服を検討しているんだ」
「適当じゃダメなの?」
「ダメなんだ。今回だけは絶対にダメだ」
俺はオカルト路線で兼貞に勝ちたいわけではないのである。存在感で勝たなければ……!
「兼貞と一緒のロケなんだ。負けるわけにはいかない。全てにおいて、俺は勝つ!」
「あれ? 共演は基本的に無いんじゃなかったの?」
首を傾げている紬を見ながら、俺は溜息をついた。
「――呪鏡屋敷よりはマシで俺にも対処可能な……とはいえ、兼貞にはどう考えても荷が重い場所にロケへと行くらしいんだ。呪鏡屋敷の件を聞いたプロデューサーが、俺の事務所とあちらの事務所に話を通した……」
本当は俺に対処可能かは怪しかったが、紬に心配をかけるわけにもいかないので、俺は見栄を張った。
「大変そうだけど、兼貞さんが出るなら、視聴率が高いだろうし、絆が今より売れるチャンスが来るかも知れないよ。応援してる」
応援は嬉しいが、一言余計である。俺は悔しくなって、じっと紬を見た。
「……別に兼貞の力なんか借りなくても、俺は自力で……む、むしろ俺が手伝ってやるんだ。いい迷惑だ!」
「あれ? でも、もう心霊番組の季節は終わったんじゃないの? もう冬の準備?」
「いいや。夏の特番の評判が良かったから、試しに深夜とWebその他で少し展開して、軌道に乗ったら、心霊バラエティとして続けるそうだ。ゴールデンタイムに」
俺の言葉に紬が目を見開いた。
「すごい! 絆の時代が来るかも知れない!」
「だから、おい! 俺は、俳優志望で、演技がしたくて、オカルト路線で行きたいわけじゃないんだ!」
思わず叫んで、俺は近くにあったタオルを紬に投げつけた。すると華麗にキャッチされて、それは折りたたまれた。その後、紬は俺の旅支度を手伝ってくれた。
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