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第5話 砕果島

 空を白い鳥が飛んでいる。もう少し日程がずれていたら、台風が直撃する所だったが、幸いなのか不幸なのか、俺達が乗る船は出港してしまった。船になど乗った事が無かった俺であるが、酔い止めを先に飲んでおいたのが功を奏しているのか、幸い吐き気などは無い。まとめた荷物の隣に座り、俺は船室を見渡した。大部屋に今回のロケ班のメンバーが全員いる。この中で、芸能人は、俺と兼貞のみである。他はスタッフと、マネージャーの相坂さん、兼貞のマネージャーの遠寺さんという男性だ。総勢九人での旅である。  三泊四日の予定らしい。  一日目は設営し(……一応、廃ホテルだが泊まれるようだ)、二日目はホテル、三日目は廃村を撮影し、四日目に船で戻る予定である。朽ちたホテルだとは言うが、屋根はあるそうだ(……)食事はスタッフさんが作ってくれるらしい。  正直言って、行きたくない。なにせ、この船自体に既に変なものがウヨウヨいるのだ。元村民だという漁師さんが船を出してくれているのだが、その船の中には村に引き寄せられるように浮遊霊が集まっている……。  砕果島に到着すると、逃げるように漁師さんは帰ってしまった。俺も帰りたい。 「ここ、か」  砂浜に立っていた俺の隣で、兼貞が呟いた。何を格好付けていやがる。船でも平然としていたくせに。視えないくせに視えるフリなどすべきではない。俺の中で、兼貞は視えない人認定が既に下されている。 「行こうか」  兼貞が俺を見て微笑した。仕切るなという話である。この役立たずが! 全般的にお前の尻拭いで俺はここにいるんだぞ? と、怒りたくなったが、無論俺は天使のような笑みを心がけた。  坂道を上っていく。両側は林で、遠目に朽ちた民家が見えた。廃ホテルは最初から見えていた。赤茶けたら煉瓦じみた色彩の五階建てのホテルである。 「一応ベッドが使える部屋が一つだけあるから、KIZUNAと兼貞くんは、そこに泊まってね」  相坂さんが俺の隣を歩きながら言った。俺は小さく息を呑んだ。 「相坂さんはどうするんですか?」  相坂さんを含めて、スタッフの中にも一名女性がいる。芸能人の俺達よりも、女性陣に使ってもらうべきなのではないのだろうか? 「私と、京子(キョウコ)ちゃんは、逆に怖いから大勢でまとまってる方が良いかなって」 「な、なるほど……」  俺だって怖いのだが。それも役立たずの兼貞と二人なんて怖すぎるのだが。  しかし兼貞は微笑しているだけだ。 「有難うございます、いつでも代わりますからね」  兼貞がそう言うと、相坂さんが僅かに赤面した。無論俺の事は見慣れているというのもあるだろうが、俺に対しては決して向けられない反応である。酷い話だ。  こうしてホテルに到着した。俺は兼貞と共に、階段を登る事となった。エレベーターは動かないらしい。二階の一室が俺と兼貞に宛てがわれた部屋で、事前に一度訪れたスタッフさんが、その時伴っていた人にベッドメイクを頼んだようで、かろうじて眠れるようになっていた。入って右側の寝台の上には子鬼、左側の寝台の上には生首がある。俺は子鬼の方がマシなので、それとなく右側へと向かい、荷物を置いた。  それから兼貞の様子を窺った。すると兼貞は――生首の真上に荷物を置いた。やはり視えている様子は無い。そうは思ったが、タイミングよく、すーっと生首が消えたので、俺は内心で少し安堵もしていた。いくら宿敵とはいえ、霊障で具合がなる姿を見るのは心苦しい。 「KIZUNA」 「はい?」  いきなり声をかけられて、俺の思考が途切れた。見れば兼貞が、窓の前まで歩み寄り、俺を見ていた。 「KIZUNAって本名?」 「一応」  絆が名前ではあるが、決してローマ字では無い。俺が曖昧に頷くと、兼貞もまた何度か頷いた。 「どんな漢字を書くんだ?」 「絆されるとかの、絆です。糸偏の」 「絆、かぁ。俺も本名なんだ」  だからなんだというのか。そう思ったが、俺は愛想笑いをしておいた。 「絆は、得意のお経は読まないのか?」 「……ロケでは読むと思います」  俺はひきつった顔をしてしまいそうになった。なにせ、子鬼に対しては、玲瓏院経文は効果が無さそうだからだ。そういう意味では生首には効果があったかもしれないが。ただ、子鬼に関しては、俺が身につけている数珠で対処可能だ。玲瓏院家に伝わる品である。 「もっと気軽に話してくれて良いんだけどな」 「兼貞さんは良い方ですね」  俺は心にもない事を述べた。すると兼貞がクスクスと笑った。 「呼び捨てで良いよ。遥斗で良いし」 「……」  絶対に嫌だ。というか兼貞は、何故俺と親睦を深めようとしてくるのだ。 「なぁ絆」 「はい」 「このホテル、どう思う?」  どう、って? 俺としては、早く帰りたいとしか言えない。呪鏡屋敷や例の廃病院と比較するならば現在までに脅威とは感じないが、空気が澱んでいるのは間違いない。  ただ、見た限り、本当にヤバイのは、このホテルではなく、廃村のようである。何か陰惨な事件が起きた気配がするのだ。そう思いつつ俺が沈黙していると、兼貞が今度は俺に歩み寄ってきた。 「基本的に俺は見てるから、頑張ってな、絆」 「……努力は」  そう答えるのが精一杯だった。役立たずだと再確認してしまった。何だよ、見てるって。せめて台本の通りに口を動かす事を祈る。  その後俺達は、階下に揃って降りた。そして赤外線カメラや温度計などが設置されているブースへと向かった。モニターも並んでいる。ここを拠点に、ホテルの内部を探索する事となる。この日はそのまま、皆でお弁当を食べた。俺達の滞在中だけ、電気が復活しているそうで、かろうじてシャワーとトイレは存在するといったレベルの朽ち具合である。 「ねぇねぇ、いるの?」  相坂さんが俺達を見て、声を潜めて聞いてきた。周囲のスタッフも聞き耳をたてているのが分かる。尤も、俺からすれば、霊が存在しない場所を見つける方が(実家を除いて)比較的難しいのだが……。 「部屋には生首がいましたよ」  すると――兼貞が言った。驚いて俺は顔を向けた。え? 視えていたのか? 嘘だろ?  ポカンとしていると、兼貞と目が合った。兼貞が悪戯っぽく笑っている。 「女の生首でした」  その場が静まり返ったが、俺は白けた。確かに生首はあったが、部屋の生首は女のものではなく、オッサンだった。当てずっぽうか。一気に肩から力が抜けてしまった。全く、先が思いやられる。それとも微かには視えたという事なのだろうか?  こうして、一日目が始まった。

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