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第12話 口止めを忘れてしまった……。

 その後、兼貞のマンションの住所を聞いて、俺は玲瓏院家の車に迎えに来てもらった。運転手さんの顔を見たら、一気に肩から力が抜けた。 「またな」  見送りに出てきた兼貞を睨み、俺は顔を背けた。  その後、新南津市に向かって車が走る中、スマホを見ると、相坂さんと縲から連絡が来ていた。どちらも複数回である。トークアプリと電話の両方だ。とりあえずトークアプリで、兼貞の家に泊まった事を二人に返した。何があったかは決して知られてはならないだろう……。  何度も何度も俺は溜息をついた。幸せが逃げてしまいそうで怖い。  こうして帰宅すると、縲が待ち構えていた。いつも笑顔なのだが、今日は少々怖い顔をしている。……考えてみると、俺は無断外泊など、過去にはした事が一度も無いのだ。 「絆」 「……悪かった。連れが酔っ払って、その……介抱を……」 「そう。それで?」 「……連絡をする暇がなくて」 「どうして?」 「……眠っちゃって……」 「君が介抱されたの?」 「ち、違う! 俺はあいつをあいつのマンションまで送って……ただそのあと、寝てしまったんだ!」  真実は決して言う事は出来無いだろう。何せ縲は、心霊協会の役員なんかをしているが、霊感等は無さそうだから、陰陽道の術の関連だなんて言っても信じないだろうし、そもそも俺は兼貞との間にあった出来事は一生涯誰にも言いたくない。 「……」  縲は口元にだけ微笑を浮かべ、怒鳴るでもなく聞いている。俺は泣きたくなってきた。 「あれ? おかえり」  そこへ俺の後ろから紬が顔を出した。救われた! そう思って振り返ると――? 見知らぬ青年を伴っていた。 「ああ、紬おかえり。火朽君もいらっしゃい」  すると縲の声が緩んだ。良かった、解放される! 俺は安堵しながら靴を脱いで、縲の隣を通り過ぎた。縲はそんな俺に対して嘆息しただけだった。そして少し歩いてから、俺は振り返った。  ……紬はいつもの通り、非常に清々しい。だが、何故なのか、奇妙に強い力を感じる気がした。隣の火朽というらしい青年だろうかと観察してみたが、こちらは人間らしすぎる人間としか思えない。 「絆、昨日どこ行ってたの?」 「ちょっと……ええと、そちらは?」  俺は貴重なファンである可能性を考えて、天使のような微笑を浮かべた。  すると神々しい笑顔が返ってきた。火朽という青年は、ちょっと俺に匹敵するイケメンだった。一般人に負けるなど危機だ。服装の傾向は、紬と同様――つまり兼貞方面である。流行りの大学生の服といった感じだが、着こなしが上手い。 「火朽君だよ。僕の親友なんだ」 「そうですか。兄の絆です。よろしくお願いします」 「よろしくお願いします。お噂はかねがね。先日テーマパークでポスターを拝見しました」  火朽君……隙が無い。俺へのお世辞に卒が無い。こういう人物は、逆に要注意だと俺は思っている。しかしあの、人を寄せ付けなくて、俺にばかり本音で話していた紬に、親友か。弟も大人になったんだなぁ。友達が一人もいるようには見えなかった紬にも、漸く心を許せる相手が出来たのか。兄として感慨深い。高等部の頃までは、そばに俺がいたが、最近はどう過ごしているのか、若干心配だったのだ。 「有難うございます。弟をよろしくお願いします」  俺はそれだけ述べると部屋へと向かった。縲も歩き始めたので、追いつかれないように、全力で自室へ向かう。そうして扉を開閉し、鍵を閉めてから、俺は寝台にダイブした。疲れた。本当に疲れた。全ては兼貞が悪いのだ!  俺は大きな寝台の上で、右に左にゴロゴロと転がった。転がりながら悶えた。思い出すと――恥ずかしくなってくる。次に、一体どんな顔をして会えば良いというのか。考えてみると、そこも問題だ。それに俺は、兼貞に口止めしてくるのを忘れた。万が一奴が誰かに喋ったら? 俺はガバっと飛び起きて、真っ青になった。俺の芸能人生命が終了してしまうかもしれない。俺はオカルト路線も嫌だが、マイノリティ路線で行く予定もゼロだ!  しかし連絡しようにも、兼貞の連絡先など知らないし、知りたくもない。 「……次に会うのは、ええと、来週の映画の撮影か……あいつ、あいつだって俳優生命に関わるしまさか喋らないよな? だ、大丈夫だよな?」  ブツブツと俺は呟きつつも、表情をなくした。  映画といえば、台本もしっかりと暗記しなければならない。台詞はもう頭に入っているのだが、それ以外の部分だ。  映画の内容は、俺が言うのもなんだが、陳腐というか――王道ストーリーだ。  海外の。多分。それの日本版リメイク風の映画である。  俺の役目は新人刑事。妹が居る。可愛い子役さんだ。子役というのも微妙な十三歳だ。大人と子供の境目で、何とも愛らしい、水間理美(ミマサトミ)ちゃんである。  この子が恋に落ちる(役として)――その相手が、忌々しい兼貞である。兼貞遥斗演じるその青年は、吸血鬼である。同時期に、血を抜かれて殺害される事件が頻出。新人刑事の俺は追いかけつつ、妹(役)に近寄る害虫(兼貞)を追い払う。その内に、犯人は吸血鬼という説が浮上し、妹も毒牙にかかる(ここで水間ちゃんは死亡)。俺は兼貞を吸血鬼だと疑う。  それは正解だったのだが、真犯人は兼貞では無い。しかし俺は誤解したまんま兼貞を憎んで追いかける。一方の兼貞は、俺役に妹(役)の面影を見てしまい(血の匂いが似ているという設定らしい)、本気では撃退出来無い。何度か俺に追い詰められる。  最終的に真犯人である大御所俳優(実は警察の上司兼、兼貞を吸血鬼にした人物役)が登場し、俺役の刑事を毒牙にかけようとするのだが、兼貞が撃退。兼貞と俺が和解し、最近血を飲んでいなかった為(妹ロス)、力が出ない兼貞に、血を提供し、終わる。 「……吸血鬼ものって、日本でどうなんだろうな?」  キリスト教圏だったら怖いと思うかもしれないが、日本ではちょっとよく分からない。尤も、初の主演である。美人の女優さんも脇役で沢山出る。全力で面白い映画にするのが、俺の仕事だろう。陳腐だなんて思ってはいけなかった。うん。きっと面白い映画になるはずだ。 「ええと……噛まれると、死ぬ場合と、吸血鬼になる場合があるんだったか」  俺は台本を眺めた。その内に兼貞の事は頭から消えて、映画の事で思考が染まった。

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