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第13話 状況がさっぱり分からない。

 俺の次の仕事は、三日後だった。  地方のテレビ番組の、スペシャルゲストである。地元の神社でロケだった。俺は由来や、祀られている神様について天使のような笑顔で聞いていた。  その帰り道、相坂さんが俺に言った。 「所でKIZUNA、あえてこのロケが終わるまではと思って聞いていなかったんだけど、兼貞君のお宅にお邪魔したんだって?」 「……その……」  俺は後部座席で俯いた。すると運転をしている相坂さんが吹き出した。 「親しくなってくれるのは全然歓迎なのよ? ただ、きちんと私やご家族には連絡をしてね」 「……申し訳ありませんでした」 「怒ってるわけじゃないのよ。ほら? KIZUNAも兼貞君も、今が旬じゃない? 二人がもしも女の子を引っ掛けて、なんていう噂がたったら困るでしょう?」 「それはないです。俺は兼貞と一緒にナンパしたりしません」 「逆ナンの危険性の方が高いかな」  冗談めかして相坂さんが笑った。俺も作り笑いを返しておいた。  ……少なくとも、兼貞と俺がどうにかなったとは疑われていないようで、心底ホッとしてしまった。  その日はそれで終わり、真っ直ぐに俺は帰宅した。とは言っても、既に夜だ。  すると紬がリビングで物憂げな顔をしていた。 「どうしたんだ? 暗いな」 「大変なんだよ」 「何が?」 「享夜さんが、交通事故に遭ったんだ」 「え」  俺は目を見開いた。思わず紬に詰め寄る。 「享夜は大丈夫なのか?」 「うん。昼威さんが執刀して、命に別状は無いって……でも……大丈夫かな?」 「昼威さんがそう言うんなら、信じるしかないだろう。俺達に出来る事は無い」 「うん……」 「しかしまた、どうして事故になんて? 一体どこで?」 「藍円寺に行く途中の何もない道で、トラックに飛び出したんだって」 「は? なんだ? なにか思いつめてでもいたのか? あいつは」 「享夜さんに限って自殺って事は無いと思うけど」 「ああ、俺も同感だ」  紬と視線を合わせ、俺は座りながら腕を組んだ。明日は見舞いに行こうと決める。その後は遅い夕食をとり、俺はじっくりとお風呂に浸かった。  ――翌日、。  俺は紬と共に、享夜のお見舞いに出かけた。すると、怖い顔をした見知らぬ人物が病室にいた。俺は呆気に取られた。俺は自分の顔が整っている自信があるが、過去、兼貞も含めて、これほどまでに整った顔立ちを見た事が無いというようなイケメンが、何故か享夜の病室にいたからである。誰だ、これは? 変なオーラ(?)もある。俺が知る業界のいかなる芸能関係者よりも存在感が凄い。 「ローラさん……享夜さんは、目が覚めましたか?」 「いいや……麻酔が切れた時に一度目を覚ましたんだが、その後から全く起きない」  憔悴しきった声を、ローラと言うらしい青年が出した。俺は我に返り、今度はその言葉に呆然としてしまった。 「打ちどころが悪かったということですか?」  率直に俺が尋ねると、ローラさんが唇を噛んだ。苦しそうな、どこか泣きそうな顔をしている。というか、この人は一体、享夜とどういう関係でここにいるのだろうか? 玲瓏院一門の関係者ではない。身内は俺と紬の方だ。見舞いだろうか? 「絆! 言っちゃダメだよ!」 「何故? 現状を把握しない事には……」 「享夜さんはきっと目を覚ますよ!」 「何を根拠に?」  俺は思わず紬を睨んだ。紬もまた俺を泣きそうな顔で睨んでいる。  ……実際には、紬も不安なのだろう。 「……目を覚まさなかったら、俺のせいかも知れない」 「え?」  ローラさんの声に、紬が目を丸くした。俺もそちらを向く。 「昼威先生が言うには、俺の血の取り方次第で、命に関わっていたというんだ。確かにその通りなんだ。吸血行為は内蔵にダメージを与える。こればかりは、妖怪薬でもどうにもならない」  ……?  俺は、いきなりローラさんが何を言いだしたのかと、混乱した。しかし紬は神妙な顔をしている。そちらにもぎょっとした。紬は過去、心霊現象など一切信用していない様子だったからである。 「昼威先生の言葉は慰めだったのかもしれない。俺の血の吸い方が悪かったのかもしれない……」 「それはない」  そこへ扉が開いた。見れば昼威さんが立っていた。聞いていたらしい昼威さんは、目を細めると、睨むようにローラさんを見た。白衣姿だ。なお、兼貞の役である吸血鬼は医者なので、奴は白衣だ。しかし今はそんな事はどうでも良い。 「享夜には、足のヒビ以外の問題は無い。徹底的に検査もした。ただ――頭は打っている。問題があるとすれば、そちらだ。だが、麻酔が切れた時に一度目は覚めているんだ。心配はいらない」  するとローラさんが俯いた。病室がどんよりとした空気になった。紬がオロオロしている。俺は冷静に昼威さんを見た。 「それが事実なら、明日か明後日あたりには目が覚めるんじゃ?」 「――二週間は様子を見る。だが俺も、明日か明後日には目を覚ますと思っている。それよりも悪いな絆まで。忙しい所を」 「……享夜の一大事だから」  それにオフだし。まぁオフでなくとも、享夜が事故に遭ったと聞いたら駆けつけないわけにはいかないが。享夜は俺の兄のような存在だ。その享夜の兄が昼威さんであるが――……俺の記憶だと、昼威さんはかなり強い霊能力者だが、心霊現象否定派だ。なのに昼威さんまで、あっさりとローラさんの言葉を受け入れている。どういう事だ? これじゃあまるでローラさんが吸血鬼みたいじゃないか。 「救急の仕事が終わったから、付き添いは代わる。絢樫さんは、一度帰ってくれ。砂鳥くんも心配しているだろう」 「いいや。俺は藍円寺についてる」 「……連絡だけでも入れてこい」 「……」  昼威さんの言葉に、ローラさんが立ち上がった。そしてトボトボと病室から出て行った。俺はそれを見送ってから、改めて享夜を見た。眠っているようにしか見えない。尤も額と頬に包帯とガーゼがあるが。あとは足にギプスが見える。  享夜は大抵の場合肩回りに大量の浮遊霊をまとわりつかせていたのだが、それもない。昼威さんがいるから祓ったのかもしれないが。だから――あの世に連れて行かれるような事態に陥る事も無さそうだ。 「昼威さん、その、これは見舞いの品だ。享夜が目を覚ましたら食べてくれ」  俺は水羊羹セットの箱を昼威さんに渡した。すると受け取りながら、昼威さんが椅子を見た。 「悪いな。それにしても久しぶりだな。元気だったか?」 「特に変わりは無いです」 「仕事は順調か?」 「そこそこ……」 「そうか」  昼威さんはそう言うと前髪を下ろして眼鏡を取った。そうしていると享夜そっくりである。この二人はよく似ている。 「紬の方はどうだ?」 「僕も順調だよ……昼威さんはどう?」 「――そうだな。俺も変わりは……」  そう言いつつも昼威さんは、チラリと享夜を見た。弟が交通事故に遭って目を覚まさないんだから、とても順調と言える気分じゃないだろう。俺だって紬が同じ状況になったら言葉に詰まる自信がある。 「……昼威さん。俺が今日は付いていられるから、昼威さんも休んできたらどうですか?」 「僕も今日は休講だし、そうじゃなくても二・三日休むくらい――」 「悪いな、二人共。大丈夫だ。絢樫さんが、ほとんど看てくれているんだ。俺は彼が戻ってきたらすぐに藍円寺に帰って寝る」  それを聞いて、俺は思わず口走った。 「絢樫さんという……その……あのローラさんという人は、吸血鬼なのか?」 「「……」」  すると昼威さんと紬が俺を見た。 「俺は心霊現象など信じないが、仮に存在する場合、ローラと名乗るあの人物は吸血鬼だ。俺も心の中ではローラと呼び捨てにしているが、便宜上、身内の看病をしてもらっているから絢樫さんと呼んでいる――が、アヤカシロウラは偽名だそうだ。本名は知らん」 「そうなんだよ……ローラさんは吸血鬼なんだって」  俺は胡散臭い気持ちになった。兼貞が近々吸血鬼役をやるからかもしれない。しかし俺の周囲で霊能力が強いNo.2の昼威さんとNo.1の紬が言うのだから、真実なのだろう。 「なんで吸血鬼が享夜の看病を? しかも話によると、享夜の血を吸っているのか?」  吸血鬼というのは、玲瓏院では鬼の一種だ。俺が素朴な疑問を述べると、二人が顔を見合わせた。 「害は無い」 「絆。昼威さんの言う通りだよ。と、とにかく、その部分には、あんまり触れないで」 「は? お前ら、何言ってるんだ? 享夜が吸血鬼の餌になっているのに黙ってるのか? あまつさえ、付き添いを任せる? おかしいだろう!」  思わず俺はツッコミを入れてしまった……。  しかし二人はそれ以上何も答えず、俺には「触れるな」の一点張りだった。疎外感を覚えつつも、ローラさんが戻ってきたので、俺と紬は病室を後にする事にした。昼威さんは少しローラさんと話をするらしい。  暫しの間病院の廊下を歩き、外に待たせてあった玲瓏院の車に、俺と紬は乗り込んだ。そして扉が閉まると、紬が複雑そうな顔で俺を見た。 「ねぇ、絆」 「なんだ?」 「僕は絆に隠し事はしたくないんだけどね」 「安心しろ。お前は、したくなくても、俺から見ると顔に出ている」 「……言えない事が二つあるんだよ」 「一つは享夜とローラさんの関係だろう?」 「どうして分かったの!?」  逆にこの流れで分からない方がどうかしているだろう。俺はそこまで鈍くはない。 「それで、どういう関係なんだ?」 「うん、その……付き合ってるんだって」 「そりゃあ付き添いを引き受けるほどなんだから、相応の付き合いはあるだろう」 「そうじゃなくて」 「?」 「……絆は子供だから」 「は? 俺がいつお前より子供になったと言うんだ!」  俺がイラッとすると、紬がこれ見よがしに溜息をついた。なんだこの反応は。反抗期か? 「じゃあ何か? 紬は大人だっていうのか? 一体どこが?」 「僕は、その……ええと……好きな人が出来て……」 「へ?」  予想外の言葉に俺は目を剥いた。 「す、好きな!? ま、まさか、お前、脱童貞か!?」 「……それは、その……まだ片想いだから……」 「!?」  驚愕しすぎて言葉が出てこない。先日やっと友達が出来たと思ったら、今度は恋人が出来そうだという事か? 急展開すぎる。 「ま、待て――享夜が事故にあってるのに、今は、そんな話をしている場合じゃ……いいや、場合だ。おい、相手はどんな奴だ?」 「う、うん……その……大学の同級生」 「え!? 持ち上がり進学組か? 誰だ? 俺の知ってる奴か?」  俺は高速で過去のクラスメイト達の顔を思い出した。すると紬がふるふると首を振った。 「外部」 「そ、そうか……で? 脈はありそうなのか?」 「無いんだけど……仲は良いよ」 「安心しろ。お前は俺と同じ顔だ。推せ! 俺はモテる。お前だってモテるはずだ。お前は少しだけ内向的過ぎるんだ。なのに何故か上目線に映るんだ、それが」 「……」 「既に親しくなれているだけでも奇跡だ。この機会を逃すな!」  俺が断言すると、紬がじーっと俺を見た。それからボソッと言った。 「絆だって恋人がいた事無いじゃん」 「う……お、俺は! 高等部からずっとモデルもしていたし、撮られると困るから……そ、それだけだ! 告白は何度もされた事がある!」 「でも童貞でしょ?」 「な」  それを聞いて、俺は思わず声を上げた。 「フェラされた事がある!」  事実だ。嘘ではない。相手は思い出したくもないが、弟の前では見栄を張りたい……! 「えっ!?」  紬は俺の言葉に衝撃を受けたように目を見開いた。 「ど、どうだった!?」 「え、えっと……」  思い出したら、俺は口走った事すら恥ずかしくなってしまい、思わず赤面した。しかし見栄を張った手前、続けなければ……! 「そ、その……温かくて、だから、ええと……」 「絆、こ、恋人がいたの!?」 「違う、断じて違う!」 「恋人じゃないの!? そんなの不純だよ!」 「そ、そうじゃない、違う、違うんだ……と、とにかく! 俺にも色々あるんだよ!」  そんなやりとりをしているうちに、玲瓏院家に到着した。  俺は脱兎の如し勢いで、自室へと逃げる事に決めたのだった。

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