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第24話 兼貞家に憑くもの
「絆はこの部屋を使ってくれ」
俺が通されたのは、和室だった。外観は洋風だが、和室も中には存在した。
客間の一つなのだと思う。
既に布団は敷かれていた。
「分かった、有難う」
俺が礼を言うと、畳の上に座った。
そこへ皆月さんが、湯呑を二つ運んできた。そしてすぐに退出した。
茶菓子は、俺が持参した品ではなく、上品な和菓子だ。
「それと滞在中は、そこの箪笥に入っている和服を着てほしい」
「? 着替えなら持ってきたぞ」
「ただのお泊りなら、それで問題は無い。でも、言っただろう? 家(うち)は、特殊だって」
確かに使用人の人々の姿は異様だったが、特にこの部屋の中には怪異は無い。だから不思議に思って、俺は改めて尋ねる事にした。
「具体的には、どう特殊なんだ?」
「……」
「兼貞?」
「……憑き物筋と、そういえば分かるか?」
「概念としては。狐憑きが代表例だろ?」
俺だってだてに、心霊学園として名高い霊泉の高等部を卒業したわけではない。
「兼貞には、鬼が憑いてるんだよ。人喰い鬼が」
「?」
「絆、大切な話がある」
「なんだ?」
「前にも話した事があるだろう? 式神化の話」
「ああ。居酒屋で兼貞が、俺が口止めしようとしてるっていうのに変な誤解をしてた時か」
「そう。あれ、さ。というか、気を取るというのもそうだけど……正確には、兼貞家は陰陽師ではなく、兼貞の血に宿る鬼の制御の為に、陰陽道を代々習うというのが正しいんだ。気をとる――人を喰うサガは、それでも抑えきれないんだけどな」
物騒だなぁと俺は、頷きつつ湯呑を手に取った。室内は温かいが、お茶の湯気を見ると落ち着く。
「愛して、喰らう。それが兼貞に憑いてる人喰い鬼だ」
「お前に愛されると大変なんだな」
俺は漠然と感想を述べた。同時に、胸の奥がズキンと痛くなった。兼貞に愛される人物が、羨ましいだなんて考えてしまう。
「他人事だな」
「え?」
「……続ける。喰われると――気を吸われたり、気を逆に注がれると、その者は、人間ではなくなる」
「式神になるんだろ?」
「簡単に言えば、な。ただその時、そのままであれば、人間であれば自我を失う。愛する者がただの言いなりの人形になる事を、兼貞は望まない。だから――人間に気を注ぐ場合、ある儀式を必ず行うようにしているんだよ」
「儀式?」
「自我――魂が何処にも行ってしまわないように、『式神紐』で心身と術師を縛るようにしているんだ」
兼貞も大変なんだなとしか思わずに、俺はお茶を飲みこむ。
「このままだと、俺は絆を喰らいつくす自信しかない」
「え……それって、俺は人間ではなくなるというか……待て。待ってくれ。愛した相手の場合じゃなくても、ん? いいや違う。兼貞、お、お、お前まさか、俺の事が好きなのか?」
「気づいてなかった? 馬鹿な子だよな、本当に絆は」
「お前それ、告白の言葉のつもりなら、俳優失格だぞ。もっと顔に似合う甘いセリフを言え! 重大なお家の話に混ぜるな!」
慌ててお茶を置いた俺は、それからまじまじと兼貞を見た。
「いつもいう冗談の延長で言ってるんだろうって分かるからいいけど、気をつけろよ!」
「冗談? 俺、本気だけど? でも、あー……そうだな。混ぜるべきではないな。じゃあ、先に家の話を続ける」
「う、うん」
俺は何度も頷いた。心臓がバクバクと煩いが、冗談に一喜一憂している場合ではない。何せ、愛が本気かは兎も角、俺は気を取られているわけであり、このままだと大変だという事だ。
「よってその、式神紐で縛る儀式を行いたい。それは、この家でしか出来ない。だから、絆を今回招いたんだ。きっと露見すれば、玲瓏院は俺を許さないだろうけどな、俺は絆が欲しくてたまらないんだ」
「? 敵に回す……?」
「絆。例えばお前は、自分の家族が人で無い存在にされたら、怒らないか?」
「当然許さない」
「そういう事。でも俺は、許されなくても、もう絆は手放せない」
「でもお前がもう俺から気を取らなければ、大丈夫なんじゃ?」
「いくら理性でそうしようとしても、無理なものは無理だ。だから、ひっそりとこんな奥地に、自発的に村八分になって暮らしていて、外界との接点、やりとりは分家の六条に兼貞家は任せてるんだよ」
つらつらと語ってから、兼貞が視線を下ろした。
「式神紐の儀式では、陰陽道の術師の気を注いで、鬼に喰らわれる前に、一部の性質を人ではないものにするんだ」
「そうされるとどうなるんだ?」
「結果として、絆は絆の中身のままでいられる。俺の命令は、よほど俺が強く使役しない限り聞かなくても問題は生まれない」
「ふぅん? つまり、今のままと同じという事か?」
「霊能力は少し変化する」
「……へぇ。それで、兼貞は、その儀式とやらを俺にしたいというわけか? それで俺を誘ったのか?」
俺はちょっと不貞腐れてしまった。個人的には、初の友達とのお泊りだと――ちょっと恋してしまっているかもしれない相手と、冬の間遊ぶのだと、そういう認識で浮かれていたから、なんとなく切ない。
「一番は、な。何より、式神紐があれば、今後絆がどこにいても、俺には分かるようになる。絆を守る事も可能になる」
「俺はそんなに弱くはない……いや、その……色々と助けられたし、お前に比べたら、今となっては俺の霊視の力なんて微々たるものだとは分かったけどな……」
「嫌な記憶を思い出させたかったわけじゃないんだ。単純に俺がそうしたいだけで、絆を手放せないという話だからな」
兼貞はそう口にすると、実に何気ない調子で、俺の頭を撫でた。子供ではないと思って、普段だったら振り払ったと思う。だが、この時は、確かに嫌な事を思い出していたので、俺は素直にそうされていた。
「だから、絆。お前を縛らせてくれないか?」
「発言だけ切り取ると、ただの変態だな」
「俺は真面目に話してる」
「……」
「自分が人でなくなるが良いかと聞かれて、同意するとは確かに思えない。でもな、俺は無理強いしたいわけじゃないんだ。だから、絆。考えてほしい。俺の式神になって欲しい。そうしたら、一生俺が、そばにいる」
それを聞いて、俺は俯いた。兼貞と一生そばにいられるなら……――それは、幸せだとは思う。映画の撮影が終わっても、心霊番組は続くからMCとして今後も顔は合わせるだろうが、そういう事じゃない。兼貞の隣は心地が良いし、ドキドキするのが理由だ。
「悪いようにはしない」
「そうか」
「それで、その儀式の為には、外界の雑多な霊気と隔絶した空間と、特殊な繊維で作った和服で準備をしていて欲しいんだ」
「なるほど。それが箪笥の中の着物って事か」
「ああ」
「儀式はどんな事をするんだ?」
「俺の霊力を込めた紐で、縛るのが一つ。もう一つは、絆に俺の気を更に混ぜる。摂取しやすい液体状の、兼貞の秘薬がある。鬼の叡智による平安の世からある品だ。人体に害は無い」
「もっと分かりやすくいってくれ。俺は何をする事になるんだ?」
「和服に着替えたら、俺に身を任せてくれたらそれで良い。儀式の時刻は、丑三つ時と決まっているから、ちょっとだけ夜更かししてもらう事にはなるけどな」
「つまり着替えて、ずっと起きてお前の相手をすればいいんだな? 特に何もせず」
「――まぁ、そうだな」
「それくらいなら、そ、その……仕方ないな! お前が俺から気を取ったりするからこんな事になってるのを盛大に反省するなら、やってやる!」
「反省はしないよ。俺、一目見た時から絆が欲しくてたまらなかったんだからな」
兼貞が両頬を持ち上げた。無駄にその表情が格好良く見えて、俺は赤面しかかった。
「なぁ絆」
「な、なんだ?」
「家の話はこれで終わり。だから、改めて言う」
「う、うん?」
俺が動揺を抑えながら聞き返すと、兼貞が真剣な顔をした。
「好きだ、絆」
儀式の話の最中から、もしかしてそうなのかもしれないとは思っていたが、俺はこの一言が嬉しすぎて、舞い上がりかけた。だが、そんなの俺らしくない。
「愛してる」
続けた兼貞は、少し前に出ると、俺の頬に片手で触れた。
「だから、お前が喰いたい。俺は常に、その衝動を抑えてる。でも、それもいつまで持つか分からない。だから、だから。俺が――愛して、喰らうその前に、お前の心を俺に縛らせてくれ」
それを聞いて、俺は唇を震わせる。
「……」
「絆は、俺の事、嫌いか?」
「……嫌いじゃない」
「今はその答えで、満足しとく」
兼貞はそう言うと、掠め取るように俺の唇を奪った。突然の事過ぎて、俺は反応できなかった。
「じゃあ準備があるから、俺は一回自分の部屋に行くよ。夕食の時にまた。それまでは、着替えてゆっくりしていてくれ」
立ち上がった兼貞は、そのまま出ていった。
俺は――自分も好きだと伝えるタイミングを逃した事を壮絶に後悔しながら、両手で唇を覆っているしか出来なかったのだった。
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