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第23話 冬休みの開始
こうして無事に撮影は、その後予定を伸ばして二日延長して終了した。
俺も兼貞も予定は、兼貞の実家に遊びに行く事のみだったし、初めから没可能性もあったので、ゆったりとスケジュールは組まれていたので、問題は無かった。
「それじゃあね、楽しんできてね」
相坂さんにそう言われたのは、兼貞家の車が迎えに来た時の事だった。すると隣に立っていた兼貞が、ポンと俺の肩を叩いた。
「有難うございます。よし、行こう絆」
「ああ。相坂さん、良いお年を」
今年顔を合わせるのはこれが最後なので、俺は天使の微笑でそう告げた。すると遠寺さんが顔を出し、珍しくこちらも微笑した。
「お疲れ様だったねぇ、俺も良かったと思うよ。あとはこちらで調整するから、二人とも息抜きを――しつつ、撮られるなよ」
そんなやりとりをした後、俺は兼貞家の白い車の後部座席に乗り込んだ。高級車である。俺の家の車は黒ばかりだが、白いこの外車と同じメーカーのものも所有しているから、本当に兼貞の家の資産が気になった……。
車の扉を閉め、走り出して少しした時、兼貞が、はぁと大きく息を吐いた。
「あー危なかった」
「何が?」
「俺が理性を働かせなかったら、最後の場面では映画のレーティングがR18になる所だったとおもってな」
「おい……あれはさすがに俺も焦って……」
運転手さんに聞かれたらまずいと思い、俺は小声で糾弾する事に決める。
「でも、良い映画が撮れたと思ってる。俺が考えるに、ハルトとコウキはあれが自然だ」
「……いや、あのな? バディもの一直線みたいになったぞ? 元々、水間ちゃんと兼貞の恋愛映画だって分かってるか? プラトニックの」
「俺が思うに、ハルトは最初から、恋じゃなく、兄妹との『空間』に幸せを感じてたんだよ。だからあれで良いんだよ」
「残った者の傷の舐めあいになりかねないと思ったけどな」
「なったか?」
「なってないから悔しい」
素直に俺は答えてしまった。すると機嫌が良さそうな顔になり、兼貞が口笛を吹いた。
「所で実家はどの辺なんだ?」
「ここから二十分くらいなんだ」
「本当に近いんだな」
「ロケ地の提案をしたのも俺だしな」
ふぅんと頷きつつ、俺は車窓から深い雪を見ていた。新南津市もかなり雪は降るが、どこか質が違う気がした。しかし、友達の家にお泊りか。ひっそりとではあるが、俺の人生では初体験である。そ、そう、友達。友達だ。多分。俺は片思いをしてしまったかもしれないと悔しくも思うが、最低限友達にはなったと感じている。この俺の友達になれたんだから、兼貞はもっと光栄に思うべきだ……と、普段なら思うだろう俺だが、正直……兼貞の隣にいるとドキドキする最近では、純粋に心臓に悪くもある。
雪が固められたアスファルトの上を走っていく内、どんどん道が細くなっていった。そして、『私有地』と書かれた一車線しかない道に入った所で、俺は改めて兼貞を見た。
「山の上にあるのか?」
「うん。そ。兼貞の家は、特殊だからな。ある意味では村八分だ。それも正しい表現ではないけどな」
「特殊?」
「新南津市みたいに、心霊現象に好意的な土地は、基本的に少ないから……絆にはピンと来ないかもな」
「あのな、俺にも世間一般の常識くらいあるぞ?」
ちょっとだけムッとした。俺だって、新南津市が世間一般と乖離しているという常識はきちんとある。
「そういえば、お前の家は宮仕えをしてるとかって言ってたな」
「そ。今は、俺の叔父が当主をしていて、特殊な公務員をしてる。北斗さんっていうんだけどな。この前の泰斗さんは、その弟。長男だった俺の父親は亡くなってる」
「そ、そうか」
俺も母は亡いが、迂闊に聞いて悪かったなと思ってしまった。
「それで分家が六条家というんだけどな、大体はそこの当主の彼方さんと、北斗さんが、今は国の仕事をしてる。それ以外の窓口も基本的には六条だから、兼貞はひっそりとこの土地の山の上にこもってる感じだな」
「国の仕事って、例えばどんな?」
「秘密」
「へぇ。それじゃあご家族は、今は――」
「母親もいないから、この年末は、今年はみんな忙しそうだし、俺だけだな」
「そっか」
「安心してくれ。使用人が大勢いるから。半分は式神だけど、運転してくれてる、安曇 とか、人間もいる」
「人間以外がいる方が……」
思わずひきつった顔をしそうになったが、俺は目を閉じてこらえた。
「絆も家族に、止められたりしなかったのか? 泊まりに来るの」
「ん? いいや、俺は珍しく、そういう事なら年始まで戻るなって言われた。いつもは家族で過ごすんだけどな」
「――ふぅん。リスクの分散かもな」
「へ?」
「あ、いいや、なんでもないよ」
そんなやりとりをしながら、坂道を登っていくと、山の上に大きな邸宅が見えた。陰陽師関係者の家だというから和風の邸宅を想像していたのだが、外観は洋風だった。ただし歴史を感じさせる。
車から降りた俺は、大きな四階建ての屋敷を見上げた。
撮影で明治の華族の洋館に足を運んだ事があるのだが、それをさらに格式高くしたような、立派な造りに思える。
その後、玄関へと続く道に視線を戻し、ぎょっとした。
そこにはずらりと使用人が並んでいるのだが、それだけならば特に驚かなかったと思う。玲瓏院も特別な場合は、使用人や一門の人間が並ぶからだ。驚いたのは、兼貞家の使用人が皆、白い仮面をつけていた点である。口元しか見えない。目と鼻の部分にはそれを象った穴があいているが、身長でしか個を判別できない。全員が、家屋とは反して和装だ。そこに白いエプロンをつけている。
「おかえりなさいませ、遥斗様」
そこへたった一人、仮面をつけておらず様相姿の青年が声を放った。
ただこちらも、執事としか形容不能な黒い様相姿だ。
「ようこそお越しくださいました、玲瓏院絆様。家令の、皆月 と申します」
「――はじめまして。この度は、お招き頂きお邪魔させて頂きます。玲瓏院絆と申します」
俺は天使のような上辺の笑みに気合を入れた。
同時に、使用人達をざっと見て、背筋が泡立った。五分の四は、生きた人間ではない。というか、人間ですらない。かといってアヤカシとも言い難い。人工的な存在――全てから兼貞の持つ気配に似たものが漏れ出していて、式神だと理解できる。
「絆。皆月と安曇は、うちに長く仕えてくれている配下の家の人間だから、気を遣わなくていい」
「いや、そういうわけには」
使用人といえど、俺にとってはこれからお世話になる相手だ。
誰に渡すべきか迷ったが、手土産に持ってきたクッキーの詰め合わせの袋を、とりあえず俺は皆月さんへと渡した。銀縁眼鏡をかけている無表情の、執事――でなく家令だという青年は、三十代前半くらいに見える。
「つまらないものですが」
「有難う、絆。皆月、受け取って大切に保管を」
「畏まりました。失礼いたします」
無事に手土産を渡した俺は、それから傍らに立つ兼貞を見上げた。悔しいが、並んで立つと身長差を露骨に感じてしまう。牛乳の量、さらに増やしていかないとならないな。
「さ、中に」
「ああ」
兼貞に促されて、俺は頷いた。軽く背中に触れて押されたため、なんだか複雑な気持ちになった。兼貞家の使用人達にとって、俺達はどういう風に映っているのだろうか。まるで彼女をエスコートでもするかのような兼貞の手つきがいちいち気になってしまう。
その後皆月さんに先導されて、俺達は兼貞家へと入った。
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