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第33話 戻ってきた日常

 お正月が来た。  どころか、現在は一月の十日だ。この間俺は何をしていたか――それは、兼貞に押し倒されていた以外の言及が難しい。漸く新南津市に俺が戻ったのは、一月十三日の事だった。すると……何故なのか縲の気配が著しく変わっていた。  ――?  和服から見える首筋に、僅かに紅い痕が薄っすらと見える。まるで噛み傷のようだったが、目を瞬かせると、それは霞んで消えた。  なんでも玲瓏院結界に関しては、既に落ち着いたらしい。祖父が俺にそう言って、心配は不要だと話していた。俺はリビングでお茶を飲みながらそれを聞いた。絆は現在出かけているらしい。戻ってきたら、兼貞の事を話そう。  そう考えていると、縲と祖父が、揃って何か言いたそうに俺を見た。 「所でさ、絆?」 「なんだ?」  切り出したのは、縲だった。俺が首を傾げると、両腕を組み、目を眇めた縲が言った。 「その狐耳と尻尾は何?」 「えっ」  兼貞はみんなには見えないと話していた。それに現在は、俺自身にも見えない。だから狼狽えてしまった。 「して、喰らわれたのか?」  祖父は神妙な面持ちをしている。  俺は視線を彷徨わせた。 「ただいまー!」  そこに紬の声が響いた。俺は救世主だと確信し、立ち上がった。 「悪いな、紬に話があるんだ」 「絆、待ちなさい」 「そうじゃ。待て」 「無理だ!」  俺は二人を振り切って、玄関に急いだ。すると靴を脱いだ紬が俺を見た。 「あ、帰ってたんだね。撮影、というか、その後の友達の家? 長かったね」 「あ、ああ」 「ずっとその家にいたの?」 「そうだ。ほぼずっとアイツと二人きりだった」 「ふぅん? お正月は心霊特番無かったの?」 「事前に撮影済みだった。明日も撮影だ」 「そっか。という事は、ついに俳優に転身! ってなって、成功したわけじゃなく、まだ心霊特番もやるんだね」 「……っ、そ、それだって大切な仕事の一つだ! そ、それより! 話があるんだ! ちょっと来てくれ、聞いてくれ!」  俺は絆の肩を掴んだ。そして強引に、二階の俺の部屋へと連れていった。  勝手知ったる調子で、紬がソファに座る。俺は机の前の椅子に座った。 「話? なになに? ついに主演を今度は一人でやるとか?」 「違う! その、もっと重大な話だ」 「え!? これよりも重大!? なにそれ!? 結婚するとか!?」 「お、惜しい! こ、恋人ができた」 「えー!? ほぼ正解じゃん! そ、それ、本当!?」 「ああ、本当だ」 「――ん? あれ、待って? 確か友達の家にずっと二人でいたんでしょう? そ、それって……それってまさか、その人と恋人同士になったって事? 念のために聞くけど、兼貞さんの家にいたんだよね? アイツって兼貞さんだよね!? え、え!? 男同士だよ!?」  絆は鋭い。俺の事には、変なカンを発揮する場合がある。俺は両手で顔を覆った。 「お、お前だって男と付き合ってるんだろ?」 「うん。僕は火朽くんの事を、性別とか無関係に愛してるよ。あ、いっちゃった……恥ずかしいな……」  指の合間からチラリとみると、一人で絆が派手に照れていた。 「俺だって……同じように、性別は関係なしに好きになってしまったんだ。でも、週刊誌とかには売るなよ?」 「売らないよ! っていうか、売れるの……? あ、兼貞さんは人気があるしね」 「俺だってちょっとはあるんだぞ!」 「ちょっと」 「う……」    俺は手を下ろして、絆に向かって改めて視線を向けた。 「まぁそういうわけだから、お前には伝えておこうと思ったんだ」 「うん。ありがとう、絆。今度紹介して」 「ああ、それは――……検討しておく」  俺は濁した。頷こうかと思ったが、兼貞は強い霊力が好きなわけで、紬に会わせたら、見た目自体は俺達は双子だから同じだし、より力の強い紬に惚れてしまうのではないかと怖くなったので、即答は避けた。兼貞にフラれたら、悔しいが今の俺は泣いてしまうからな……。  ――翌日。  早速心霊番組の撮影があった。俺と兼貞がMCを務める番組だ。今回のロケ地は雪の中に並ぶ地蔵で、映像を見ながら、俺と兼貞は解説した。一気に日常が戻ってきた気分だ。地蔵ロケに行ったのは、俺の事務所の新人らしかった。まだ俺は挨拶していないが、中々のイケメンだったからチェックしておく必要があるかもしれない。名前は、時塔(ときとう)というそうだった。  それが終わった時、相坂さんと、兼貞のマネージャーの遠寺さんが歩み寄ってきた。 「あのね、絆、兼貞くん! 今、プロデューサーからお話があったんだけど、また二人に直接ロケに行ってほしいって事になったの」  その言葉に、俺と兼貞は視線を交わしてから、それぞれ向き直った。 「兼貞くんよ。兼貞くんのスケジュールは空けられる」  遠寺さんが補足する。なお、俺はいつでも空いているに等しい……。 「二月の予定だから、二人とも宜しくね!」 「絆さえ良いなら、俺は構いませんよ」 「お、俺も大丈夫です」  俺は久方ぶりに天使の上辺を取り繕った。なんだかこの表情をする事自体が久しぶりだ。こうして俺達のこの日の撮影は終わり、次の仕事も決まった。  去年までだと、この後は、兼貞と二人で居酒屋に行く事が多かったような気がする。多いというほどでもないかもしれないが、記憶上、俺的には多い方だ。 「絆、食事をしないか?」 「ああ」  誘われたので俺は頷いたし、周囲もそんな俺達を見送ってくれた。相坂さんが送ってくれると言ったのだが、珍しく兼貞が断った。  不思議に思っていると、タクシーに乗ってすぐ、兼貞は居酒屋ではなく、マンションの所在地を告げた。俺は――異論は唱えなかった。そのまま素直に、兼貞の家についていった。二人でエントランスホールを抜けて、目的の階につき、ドアを開けて中に入る。そして施錠音がしてすぐ、兼貞が俺を抱き寄せた。強く腰を抱き寄せられ、顔を向けるとそのまま深く口づけられた。突然の事だったし、抵抗しかかったが、俺は自分を制して目を伏せる。キスをするのは、嫌じゃない。だって、兼貞の事が好きなのだし。 「食事は?」 「今作る。絆は出前の方がいい?」 「どっちでもいい」 「じゃ、作る。絆と食べたいと思って、材料取り寄せといたんだよ」  この日俺は、海鮮鍋をご馳走になってから、夜遅くに帰宅した。  何か言いたそうな顔をして出迎えてくれた縲だが、何も言われなかったので、俺はホッとした。

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