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第35話 青苗スキー場でのロケ

 ――だが、二月頭のロケが間近に迫っていたのと、紬達がその時期に大学のテスト期間んだった事が重なり、四人で会うのは、ロケ後かつ大学が春休みに入ってからと決まった。  こうして俺と兼貞は、スタッフさん達と共に、青苗スキー場へと向かった。なんでもここの中腹にあるロッジに、夜になると女性の幽霊が出るのだという。昔、ここの女子トイレで自殺した女性の霊だ(と、台本には書いてあった)。  ただ今回のロケは、砕果島の時とは異なり、青苗スキー場が今年からリニューアルオープンしたため、その宣伝色が濃い。主に台本にも、日中の兼貞の、新設されたパークでのスノボ風景や、俺による食堂のメニュー紹介、俺と兼貞セットでのスキー場のマスコットの青いペンギンの着ぐるみを着た人との撮影などが書かれている。 「兼貞はスノボが出来るのか?」 「まぁな。雪国育ちというのもあるけど、比較的得意だ」 「ふぅん。俺も嫌いじゃないけど、なんで俺は食堂なんだろうな?」 「お。じゃあ、一緒に滑って、一緒にカレー食べる?」 「俺はそれでもいいけど、台本があるしな……」  そんな事を話していると、運転していた相坂さんが明るい声を出した。 「多少の変更は構わないわよ?」 「そうだなぁ」  助手席にいる遠寺さんも同意した。遠寺さんは、タブレット操作をして、仕事をしている。運転は相坂さんが専任している。このようにして、俺達はスキー場へと到着した。  まずはスノボ風景の撮影という事になったので、俺と兼貞は用意されていたウェアを身に着け、ボードを借りて、スノボパークへと向かった。 「絆にいい所見せようと思ってたんだけどな」 「言ってろ」  俺は実際、結構自信がある。新南津市もかなり雪が深いからだ。しかしまずはお手並み拝見と思って、見守る。すると兼貞は中々だった。だが、これならば、敗北はないと俺は踏んだ。俺はジャンプを決めたのである。 「へぇ、やるじゃん。絆にこんな才能があったとは」 「兼貞こそ中々だな」 「――これは?」  すると兼貞がダブルコークを決めた。俺はポカンとした。そんなこんなで、俺達は気づくと撮影を忘れて、スノボをして遊んでいた――が、そこはカメラさんがばっちりと撮影してくれていた様子で、時間が来ると、俺達は食堂に案内された。その指定の時間帯は、撮影のために、食堂は貸し切りだった。名物だというカレーは……正直市販ルーの普通の味だったが、俺は天使の笑みで美味しいと語っておいた。兼貞は笑顔だったが何も言わなかった。最後にペンギンの着ぐるみと撮影をしつつ、スキー場のオープン時間などを収録し、俺達の一日は終わ――たのではなく、その後が本番だった。  特別な許可を得て、普段の日中は閉鎖される中腹のロッジに、俺達二人とスタッフさんで向かった。中に入ってすぐ、まだ日がある内に、俺達は台本通りに女子トイレなどを撮影した。俺は台本通りの台詞を述べたが、待機場所であるロッジの中央のストーブの前に座った時から、チラチラと右奥の天井間際を見てしまった。  ……いる。  ……もっとやばいのが、いる。  完全に俺の顔は引きつっていたと思う。そこには、はっきりと目視可能なほどに禍々しい力を持つ巨大な霊が張りついていた。一見すると黒い影だが、何体もの浮幽霊を吸収しているようで、全身に顔が付いている。その中には女性の歪んだ顔もあるから、女子トイレの話もデマではないのかもしれないが、よりやばいのは、この巨大霊本体だ。  俺だけでなく霊感がほぼないスタッフさん達の中にも視えちゃっている人が服数人いるようだった。平気な顔をしている兼貞を、俺はチラッと見た。俺の玲瓏院経文では絶対立ち向かっても負けるが、兼貞ならば勝てるだろう。だが、兼貞がこの番組で放映される範囲で陰陽道の術を使った事は一度も無い。どうするつもりなんだろうな? 俺はじーっと見てしまった。それからまた、チラッと天井を見上げた。 「絆、怖い?」 「な」  するとその時、腕の袖を引っ張って、よく通る声で言われた。驚きすぎて、目を丸くしてしまった。怖いか怖くないかと言えば、当然怖いに決まっているだろうが! 「言うまでもないと思いますが?」  カメラを意識して、俺は口調を取り繕った。 「そうだな」  すると唇の両端を持ち上げて、珍しく兼貞が呪符を取り出した。驚いて俺はそちらを見る。それを二本の指で格好良く兼貞が天井に向かって放った。すると途中でそれらが鷹になり、巨大霊にぶつかった瞬間には火花となった。 「兼貞」 「ん?」 「火事になったらどうするんだ。危ないだろ」 「えー。そこは、格好良いー、じゃないの?」 「式神の火だって危ないものは危ないだろう! 大体、力があるんだからいつも使えよ」  思わず俺はボソッと言った。それから溜息をついて、兼貞にしか聞こえないように言った。 「格好良いのはいつもだろ、言われなくても分かってる」  ――こうして、俺達のロケは終了し、翌朝には車に乗って戻る事になった。 『大体、力があるんだからいつも使えよ』  さて。  放送日。俺は、流れたロケの映像を見て、気が遠くなりそうになった。天使の上辺が崩れている俺の姿がばっちりととらえられていたのである……。泣きたい。俺のイメージが!!  しかしながら、この放送は、比較的人気だった。兼貞の実力が判明したとして、非常に好評だった上、俺も冷静だと讃えられた。嬉しいような、嬉しくないような。  非常に複雑な気分で乗り切ったロケと、放映であった。

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