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第36話 バレンタイン
本日は、久しぶりにがっつりと一人でのロケだった。相坂さんと共に、お寺の歴史を探求する番組の中で放映されるもののロケ地へ向かい、俺はお線香の匂いに浸った。昔はこういう仕事が圧倒的多数だったが、最近はすっかり心霊番組のMCと映画の撮影に終われていた。なんだか逆にほっとしてしまう。下積みだと思っていたが、俺は実はこういう撮影の方が好きなのかもしれないな……。
こうして事務所に戻ると、社長に呼ばれた。珍しいなと思うと――以前、心霊番組の地蔵ロケに行ってくれた時塔という新人を紹介された。
「初めまして、KIZUNA先輩! 時塔と言います!」
元気よく名乗って頭を下げた青年は、俺と服装の方向が完全に同じだた。俺は瞬時に値踏みした。俺よりも背が高い。俺よりも肩幅が広い。俺よりも手足は短い。うん。俺は負けてはいない。俺はちょっとだけ穏やかな気持ちになりながら、天使の上辺を浮かべた。
「初めまして、KIZUNAです。よろしくお願いします」
「俺、ずっとKIZUNA先輩が出てる雑誌のファンで、ずーっとずーっと定期購読してました! KIZUNA先輩のファッション、大好きです!!」
「そうですか。ありがとうございます」
俺は両頬を持ち上げた。実は俺にはこれまで、後輩らしき後輩はいなかった。だから先輩と呼ばれて悪い気はしない。それにお世辞だとしても、好きだと言われて悪い気もしない。俺は正直気分が良くなった。なので、社長がその後退席してからも、暫くの間時塔と喋っていた。なんでも十九歳なのだという。俺よりも年下だ。その割には、大人びて見える。
「先輩が出てる番組も基本、全部チェックしてます」
「有難う」
数が少ないからチェックも楽だろうなと思ったが、俺はそれは言わなかった。
そんなこんなで、この日は遅くまで事務所にいた。
と、いうのも理由がある。
明日は、バレンタインデーなのである。俺は休みだ。兼貞は休みを入れたそうだ。そして俺達は、待ち合わせをしている。兼貞が今日の夜遅くまで撮影なので、それが終わったタイミングで、俺が直接マンションにいくという約束だ。一人で兼貞の家を訪れるのは、実は初めてだ。
さて、約束の時間が近くなったので、俺は時塔と別れて、玲瓏院の車で、兼貞のマンションへと向かった。運転手さんは何も言わないが、もう道を覚えているようだった。
少しだけ緊張しながら、俺は兼貞の家のインターフォンを押す。
するとすぐに返事があって、俺は中へと入った。
「絆、会いたかった」
「……俺も、一応な」
そう答えてから、俺は用意しておいたチョコの箱を取り出し、押し付けた。
「ほら」
「っ、あ……ありがとう」
「全くだ。折角買ったんだから、味わえよ。まぁ、どうせ明日になれば、お前の事務所にお前宛のチョコが大量に届くんだろうけどな」
「でも俺が欲しいのは、絆からだけだし。あ、俺も用意しておいた。はい、これ」
「小さいな。質より量だろ」
俺は自分が渡した巨大な箱と、兼貞から渡された掌よりも小さい箱を見比べた。俺のも平べったいが、大きい。兼貞のは、なんだこれは、板チョコを包装したのか?
「開けてみて」
「ああ」
頷き俺は、兼貞がくれた品を開けてみる事にした。俺の口は不器用であるが、用意してくれていただけで、実は飛び上がりそうなくらい嬉しいのだったりする。そうして包装を開け――俺は目を見開いた。
「か、兼貞。こ、これ……?」
「ん?」
「カードキー。このマンションのだ」
「そ。これからも俺の方が遅くなる事もあるかもしれないから、そういう時、先に入ってて。これでいつでも入れるだろ?」
「!」
合鍵……? 俺の発想の中には、それは無かったものだから、なんだか頬が熱くなってきた。なんだか本当に恋人同士みたいだ。いや、恋人同士なんだけれども!
「兼貞」
「なに?」
「悪い、量より質だった」
「素直だな」
クスクスと兼貞が笑ってから、俺を抱きしめた。俺はその胸板に額を押し付ける。
こうして、俺達のバレンタインの夜が始まった。
俺達は、久しぶりに寝台の上にいる。俺を押し倒した兼貞は、欲情が滲む目で俺を見ている。ゆっくりと挿入され、俺は喉を震わせた。
「ぁ、ァ……っ」
「大丈夫か?」
「う、うん……ぁ、ああ……っんン」
「絆、本当好き」
「……ひぅ」
「絆も言って?」
「あ……い、言わないと分からないのか?」
「分かるけど、何度だって聞きたいんだ。ダメか?」
「す、好きだ、ぁ……あア――!!」
じっくりと最奥を貫かれ、限界まで引き抜かれ、そうしてまた、より深くを穿たれる。兼貞の硬い熱に、俺の体が絡めとられていく。次第に兼貞の動きが速さを増していく。俺は兼貞の体に両腕をまわした。そんな俺の腰を持ち、激しく兼貞が打ち付ける。一際強く突き上げられた時、俺は放った。ほぼ同時に、兼貞もまた果てたようだった。
「明日はお休みだから、いっぱいできるな」
兼貞が陰茎を引き抜くと、ぐったりとしている俺の隣に寝転び、両肘をついて、掌を頬に当てた。その姿勢で、俺を見ている。楽しそうな表情だ。
「……あ、そういえば」
俺はそこで思い出した。
「大学、春休みになってるらしくて。兼貞が休みの日に、四人で、その」
「ああ、弟の恋人?」
「そうだ」
「明日は折角のバレンタインだから絆と過ごす。空けられない。その次のオフは……来週の木曜だな」
「じゃあその日でもいいか?」
「うん、いいよ。何処で会うの?」
「――紬には、その、だ、ダブルデートって事にしておいた!」
「ほう」
「だ、だから、その……デートのふりをしてくれ」
「いや、俺達が揃ってたらデートでいいでしょ。で? 何処に行くんだ?」
「新南津市ハイランド」
「あー、絆がポスターになってるとこか」
「まぁな」
「テーマパークなんて久しぶりだ。楽しみだな」
そう言うと楽しそうな顔をしてから、兼貞が体勢を変えて、俺を抱き起した。
「絆、続きしよ? な?」
「……しょうがないな」
「うん。俺はしょうがないよ。ずっと絆に参ってるからな」
こうしてこの日、俺達は日付が変わってバレンタイン当日が訪れた後もしばらくの間、交わっていたのだった。
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