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第37話 Wデート
こうして、木曜日が訪れた。俺はこの一週間というもの、ソワソワしっぱなしだった。ちなみに俺は、昨日から兼貞のマンションに泊まっていた(合鍵を初めて使った)。理由は、道案内だ。俺と兼貞は、マンションの最寄りからの直通バスで向かう。一方の紬と火朽くんは、電車で行くそうだった。
俺と兼貞は、芸能人なので一応身バレしないように、それっぽくサングラスなどをかけている。逆に目立ちそうだが、色付きの伊達眼鏡は意外と便利だ。
俺達四人は、そのようにして、チケット売り場前で合流した。まぁ俺と同じ顔の紬が一番目立っている。ポスターがそばにでかでかと貼ってあるからな。あれは、俺だが。と、いう事で、俺も気にせずグラスを外した。この新南津市においては、たとえテーマパークといえども、玲瓏院本家の俺達双子に気軽に声をかけてくる人間は、ほとんどいない。
「絆、えっと、そちらが――」
「ああ、兼貞だ。兼貞、こっちが俺の弟の紬だ。そしてこちらが、火朽くんだ」
俺が片手でそれぞれを紹介すると、兼貞が軽く会釈した。
「初めまして、兼貞です」
「あの、サインして頂いても良いですか?」
「つ、紬!」
「だ、だって! 大ファンなんだよ、僕も火朽くんも!」
「ええ。僕もサインを頂きたいです」
「構いませんけど、今じゃなくても、これから、いつだって。チケットは前売り券がありますし、入りませんか?」
笑顔で兼貞がさらっとかわした。ものすごく手慣れていた。きっとよく言われているんだろうな。どうせ俺は言われた事なんかほとんどない! こうして四人で入場した。それから俺は、改めて兼貞と――紬を見た。そして脱力しそうになった。ずっと心配していたのだが、本当に兼貞には、紬に手を出す気配は見えない。ちょっとだけ、うれし泣きしそうになってしまった。本当に良かった。そう思ってから、本題を考える事にした。
現在兼貞と火朽くんは、入場ゲートのすぐそばで、何やら視線を交わしている。どちらも、笑顔ではない。兼貞が俺と二人きりでない場合に、人前で笑顔でないのも珍しいし(それこそ怒った時くらいだ)――そもそもあんまり知らないが、過去、俺は火朽くんに関しては笑顔しか見た事が無かったので、現在のような気怠そうな顔は初めて見る。
無言の二人を眺めていると……不意に二人そろって、表情を柔らかくして笑った。な、なんなんだ? 何か通じ合ったみたいな顔だけど……?
それから兼貞が俺に歩み寄ってきた。そして少し屈んで俺に耳打ちした。
「安心しろ、火朽くんは不審人物じゃあない」
「ほ、本当か?」
「――というか、人じゃない」
「へ?」
「ただ、害はないと思っていい」
「え? 何を根拠に?」
「見れば分かる」
俺にはさっぱり分からない。というか、男である以上に、人ではないって……。紬、ハードルが高すぎはしないか? それを紬は知っているのか? 俺は思わず紬に歩み寄った。そして手首を掴む。
「おい、紬。火朽くんの正体って――」
「ん? 狐火という現象をかたどった存在だよ?」
「は?」
さっぱり意味が分からない。だが、とりあえず紬も人間ではないと知っているのは分かった。紬は、それがどうかしたのかという顔をしている。しかし――本当に妖しのたぐいだとすると、それなのに紬の横にいられるというのは、かなり力が強い証拠だ。少なくとも、俺では太刀打ちできないだろう。昼威さんに今度相談してみようと、俺は決めた。
「そうだ、絆。僕と火朽くんは、そこのカフェで荷物見てるから、兼貞さんと遊んできなよ」
「交互に行くか?」
「ううん。僕達は会話重視だから」
「へ?」
「乗らない、入らない、ずっと二人で話す予定」
「へ、へぇ。テーマパークに来た意味が清々しいほどにゼロだな」
「荷物見てるのやめる?」
「頼む」
俺は素直にそう告げた。正直、兼貞との初めてのデートに、俺は浮かれていたのだったりする。こうして俺と兼貞は、元々身軽ではあったが、いくつかの荷物を二人に見ていてもらい、テーマパークを見て回る事にした。
「絆って何分まで並べる派?」
「ん? 別に立ってるだけなら、俺はいくらでも」
「意外と気が長いんだな」
「兼貞は?」
「俺? 長時間並んで数個より、早く乗れる奴をなるべく沢山派」
「こういうところでは、質より量なんだな」
「臨機応変。よし、行くぞ! ほら、あそこ。人気のアトラクションの割に、空いてる」
兼貞が指さしたのは、巨大観覧車だった。乗るのはいつ以来だろうか。そう考えつつ俺は頷いた。こうして、俺達のデートは始まった。
「次はあっち行こう」
「うん」
「絆は、ほかに乗りたいものは?」
「んー……これ?」
「絶叫系か。強いの?」
「並ぶけどな。俺は好きだ」
「へぇ。俺はこっちがいいな」
「お化け屋敷だぞ、そこ。楽しいか? 偽物見て」
「本物の方が怖くないだろ。偽物は驚かせにかかってくるから楽しい」
「そういうものか? じゃ、そっち行くか?」
あっちへ行ったりこっちへ行ったりしていると、すぐに時が経過した。
思いのほか熱中してしまった俺達は、昼食も忘れて遊んでいた。
そして紬達の元へと戻ると、こちらはこちらで見つめ合って、幸せそうに雑談をしていた。ま、まぁ、幸せそうだから良いと思おう。テーマパークへ来たからといって、遊ばなければならないという法律はないからな!
「見ていてくれて、ありがとうございます」
愛想よく兼貞が声をかけた。すると二人が顔をあげた。そして思い出したように、それぞれが雑誌を取り出した。どちらも同じ雑誌で、兼貞が表紙だ。本当にサインをもらうつもりらしい……。俺のサインなら、本当にいつでもあげるんだけどな?
渡されたサインペンで、兼貞が笑顔で応じていた。
こうしてその後、一休みにコーヒーを飲んでから、俺達は帰る事にした。帰りは玲瓏院の車を呼んでおいた。助手席には俺が座った。
まぁ、中々楽しかったと俺は思っている。それに――人では無かったが、火朽くんは悪い存在ではないと知る事が出来た。俺は、兼貞の言葉を信じておく事にした。今後、紬が泣くような事になったら、絶対に許さない自信はあるけどな!
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