37 / 38

第37話 Wデート

 こうして、木曜日が訪れた。俺はこの一週間というもの、ソワソワしっぱなしだった。ちなみに俺は、昨日から兼貞のマンションに泊まっていた(合鍵を初めて使った)。理由は、道案内だ。俺と兼貞は、マンションの最寄りからの直通バスで向かう。一方の紬と火朽くんは、電車で行くそうだった。  俺と兼貞は、芸能人なので一応身バレしないように、それっぽくサングラスなどをかけている。逆に目立ちそうだが、色付きの伊達眼鏡は意外と便利だ。  俺達四人は、そのようにして、チケット売り場前で合流した。まぁ俺と同じ顔の紬が一番目立っている。ポスターがそばにでかでかと貼ってあるからな。あれは、俺だが。と、いう事で、俺も気にせずグラスを外した。この新南津市においては、たとえテーマパークといえども、玲瓏院本家の俺達双子に気軽に声をかけてくる人間は、ほとんどいない。 「絆、えっと、そちらが――」 「ああ、兼貞だ。兼貞、こっちが俺の弟の紬だ。そしてこちらが、火朽くんだ」  俺が片手でそれぞれを紹介すると、兼貞が軽く会釈した。 「初めまして、兼貞です」 「あの、サインして頂いても良いですか?」 「つ、紬!」 「だ、だって! 大ファンなんだよ、僕も火朽くんも!」 「ええ。僕もサインを頂きたいです」 「構いませんけど、今じゃなくても、これから、いつだって。チケットは前売り券がありますし、入りませんか?」  笑顔で兼貞がさらっとかわした。ものすごく手慣れていた。きっとよく言われているんだろうな。どうせ俺は言われた事なんかほとんどない! こうして四人で入場した。それから俺は、改めて兼貞と――紬を見た。そして脱力しそうになった。ずっと心配していたのだが、本当に兼貞には、紬に手を出す気配は見えない。ちょっとだけ、うれし泣きしそうになってしまった。本当に良かった。そう思ってから、本題を考える事にした。  現在兼貞と火朽くんは、入場ゲートのすぐそばで、何やら視線を交わしている。どちらも、笑顔ではない。兼貞が俺と二人きりでない場合に、人前で笑顔でないのも珍しいし(それこそ怒った時くらいだ)――そもそもあんまり知らないが、過去、俺は火朽くんに関しては笑顔しか見た事が無かったので、現在のような気怠そうな顔は初めて見る。  無言の二人を眺めていると……不意に二人そろって、表情を柔らかくして笑った。な、なんなんだ? 何か通じ合ったみたいな顔だけど……?  それから兼貞が俺に歩み寄ってきた。そして少し屈んで俺に耳打ちした。 「安心しろ、火朽くんは不審人物じゃあない」 「ほ、本当か?」 「――というか、人じゃない」 「へ?」 「ただ、害はないと思っていい」 「え? 何を根拠に?」 「見れば分かる」  俺にはさっぱり分からない。というか、男である以上に、人ではないって……。紬、ハードルが高すぎはしないか? それを紬は知っているのか? 俺は思わず紬に歩み寄った。そして手首を掴む。 「おい、紬。火朽くんの正体って――」 「ん? 狐火という現象をかたどった存在だよ?」 「は?」  さっぱり意味が分からない。だが、とりあえず紬も人間ではないと知っているのは分かった。紬は、それがどうかしたのかという顔をしている。しかし――本当に妖しのたぐいだとすると、それなのに紬の横にいられるというのは、かなり力が強い証拠だ。少なくとも、俺では太刀打ちできないだろう。昼威さんに今度相談してみようと、俺は決めた。 「そうだ、絆。僕と火朽くんは、そこのカフェで荷物見てるから、兼貞さんと遊んできなよ」 「交互に行くか?」 「ううん。僕達は会話重視だから」 「へ?」 「乗らない、入らない、ずっと二人で話す予定」 「へ、へぇ。テーマパークに来た意味が清々しいほどにゼロだな」 「荷物見てるのやめる?」 「頼む」  俺は素直にそう告げた。正直、兼貞との初めてのデートに、俺は浮かれていたのだったりする。こうして俺と兼貞は、元々身軽ではあったが、いくつかの荷物を二人に見ていてもらい、テーマパークを見て回る事にした。 「絆って何分まで並べる派?」 「ん? 別に立ってるだけなら、俺はいくらでも」 「意外と気が長いんだな」 「兼貞は?」 「俺? 長時間並んで数個より、早く乗れる奴をなるべく沢山派」 「こういうところでは、質より量なんだな」 「臨機応変。よし、行くぞ! ほら、あそこ。人気のアトラクションの割に、空いてる」  兼貞が指さしたのは、巨大観覧車だった。乗るのはいつ以来だろうか。そう考えつつ俺は頷いた。こうして、俺達のデートは始まった。 「次はあっち行こう」 「うん」 「絆は、ほかに乗りたいものは?」 「んー……これ?」 「絶叫系か。強いの?」 「並ぶけどな。俺は好きだ」 「へぇ。俺はこっちがいいな」 「お化け屋敷だぞ、そこ。楽しいか? 偽物見て」 「本物の方が怖くないだろ。偽物は驚かせにかかってくるから楽しい」 「そういうものか? じゃ、そっち行くか?」  あっちへ行ったりこっちへ行ったりしていると、すぐに時が経過した。  思いのほか熱中してしまった俺達は、昼食も忘れて遊んでいた。  そして紬達の元へと戻ると、こちらはこちらで見つめ合って、幸せそうに雑談をしていた。ま、まぁ、幸せそうだから良いと思おう。テーマパークへ来たからといって、遊ばなければならないという法律はないからな! 「見ていてくれて、ありがとうございます」  愛想よく兼貞が声をかけた。すると二人が顔をあげた。そして思い出したように、それぞれが雑誌を取り出した。どちらも同じ雑誌で、兼貞が表紙だ。本当にサインをもらうつもりらしい……。俺のサインなら、本当にいつでもあげるんだけどな?  渡されたサインペンで、兼貞が笑顔で応じていた。  こうしてその後、一休みにコーヒーを飲んでから、俺達は帰る事にした。帰りは玲瓏院の車を呼んでおいた。助手席には俺が座った。  まぁ、中々楽しかったと俺は思っている。それに――人では無かったが、火朽くんは悪い存在ではないと知る事が出来た。俺は、兼貞の言葉を信じておく事にした。今後、紬が泣くような事になったら、絶対に許さない自信はあるけどな!

ともだちにシェアしよう!