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第1話 私立澪標学園を受験する事になった。

 俺が受験する、私立澪標(みおつくし)学園は、山間部にある。  全寮制の男子校で、知る人ぞ知る名門校らしい。決して偏差値が高いわけでは無いのだが、良家の子息のみが通う男子校として、政財界ではちょっとした有名な学園であるそうだ。澪標の人脈と呼ばれるものがあり、卒業後も密やかに続いていく学閥まで、在学中に形成されると評判のようだ。  中学三年生――冬。  俺はマフラーを巻いた首元を抑えた。厳しい冬の風が、容赦なく吹き付けてくる。  これまでの俺は、何の疑いも抱かず、近所の高校に進学すると信じていた。  契機が訪れたのは、昨年の春、母が再婚してからである。再婚相手の、槇原(まきはら)さんは、ちょっとした資産家だった。そこで俺にも、母校である澪標学園に進学してはどうかと提案してきたのである。  ……。  新婚の二人の邪魔をするのも悪いし、母のお腹には俺の異父弟も宿っているというし、少し遠いが、全寮制の学園で過ごすのは、我が家の円満のためにも良いのではないかなと、俺は漠然と思った。決して邪険に扱われ、追い出された訳ではない……よな?  と、言う事で本日、俺は、澪標学園を受験するために、遠路はるばる学園までやって来た。試験に合格すれば、俺は四月から、外部入学生となるそうだ。落ちた場合は、その時こそ、近所の高校に行こう。近所の高校は定員割れだから、恐らく合格するはずだ。というか落ちるだろう。何せこの学園の高等部は、滅多に外部入学出来無いらしいのだから。  そう考えながら、俺は豪奢な門を見上げた。何というか……まるで、城だ。どうやって入るんだ、コレ? 俺は虚ろな瞳を周囲へと向けた。槇原さんと出会ってから、俺はお金持ちの世界観とは、俺のような平均的な世帯とは著しく違うと既に学んでいた。だから焦らず、インターフォンらしきものを見つけたので、手を伸ばす。 『はい、私立澪標学園守衛室、加賀屋(かがや)です』 「――お世話になります。外部入学の受験で来た、槇原郁斗(まきはらいくと)と申します」  俺は名乗ってから深呼吸をした。宝野郁斗(たからのいくと)から槇原姓になって、まだ一年も経過していないが、段々慣れてはきた。しかしお金持ち学園には、守衛さんがいるのか……守衛さんって、警備員さんの事か? そんな事を考えていると、巨大な門が二つに割るかのように開いていった。  中をチラ見すると、加賀屋という名札をつけた警備員さん(?)が姿を現した。 「受験会場は、第二校舎の三階です」 「有難うございます」  無精ひげをたたえた加賀屋さんに笑顔で言われたので、頷き俺は坂道を登った。敷地面積がちょっと規格外だと思う。幼稚舎から大学院までがあるそうだから、この規模なのかもしれないが。寮は、中・高等部生と教職員寮があるらしい。  第二校舎まで向かうと、生徒玄関に、『風紀』という腕章をつけた二人の生徒が立っていた。風紀……? 俺の中学時代までには、存在しなかった単語である。部活だろうか? 委員会だろうか? それとも、受験生のために駆り出されているボランティアのマークだろうか?  そう考えながらも会釈をし、俺はコートを脱いで、マフラーと共に腕にかけた。入る時から、お受験は始まっているのだと、俺は中学の担任の先生に言われて、ここへと来るまでに何度も、面接練習もした。試験は、筆記と面接らしい。  靴を脱ぎ、スリッパを借りて、俺は中へと入る。校舎の中は、比較的、一般的だった。外観は、学校というより、何というか立派な施設とビル、更には城が立ち並んでいる感じだったので、ちょっとホッとした。  階段を登っていき、俺は受験票に書かれている、『2-A教室』の前に立った。扉は開いており、中を見ると、二十人前後の受験生がいた。早っ……まだ、一時間半前だというのに……。毎年外部からの受験生は二十人前後だと俺は槇原さんから聞いていたので、俺以外が既に全員来ている可能性を考えてしまった。  俺の席は、窓から二列目、前から三列目だったので、机の上に受験票を置いて座る。皆真面目に参考書と向き合っているが、俺は昨日まで頑張ったので、あとは天に任せようと、とりあえず精神を集中させる事に決めた。  小さい頃から古武術を習ってきたので、俺は試験や勝負事の前は、精神集中に使う事が多い。ここからは、自分との戦いだ。目を伏せて、俺は一時間半――試験開始までの間、緊張をほぐしながら座っていた。  さて、試験であるが。  これがもうなんというか、俺からすると小学生レベルの問題だった。最近の小学生というのは、お受験戦争に勝ち抜くために、普通に大学受験で学ぶような範囲まで、学んでいる事もあるらしく、大学の准教授をしている母から、俺は幼少時より勉強を叩き込まれて育ったので、少なくとも俺にとっては小学生レベルの問題だったのである。最近の小学生って、すごい! 決して馬鹿にしているわけではない。  俺は開始十分ほどで問題を解き終えたのだが、念には念を入れ、三往復した。見直しも二回した。我ながら完璧だ。うんうん。……時間が余ったので、名前欄の書き忘れまで五回もチェックしてしまった。と、いうのを数度繰り返し、俺は五教科全ての試験を終えた。  続いて、面接である。一人ずつだ。俺は脳裏で、志望動機や特技、長所や短所、簡単な英語のテストへの対応のための会話等を反芻した。その内に、俺の順番が来た。 「理事長の、雪谷(ゆきたに)です」 「受験番号八番の、槇原郁斗です。今日は、よろしくお願いいたします」 「うん、合格で!」 「――え?」 「君の顔――失敬。まっすぐな瞳に、直感したよ。理事長として、君には入学を許可出来ると。春から、頑張って励んで下さい。合格!」 「……有難うございます……?」 「面接は終了だから、退出して構わないよ」 「……はい」  俺は焦った。何も発言していないに等しいからだ。なんだこれは? 引っ掛けか? ここで退出したら本当はダメだとか、何かがあるのか? だが……深読みするのも面倒だ。ここに落ちたら近所の高校に行けば良いのだし。うんうん。間違いないだろう。  そのまま俺は退出し、階段を降りて玄関まで戻り――門から出て、待機していた槇原家の車に乗り、再び、長い道のりを揺られて帰宅した。  ――合格通知が届いたのは、翌々日の事だった。 「さすがだね、郁斗くん。優秀な君ならば、必ず合格すると信じていたよ」 「あ、有難うございます……」 「何も気にせず、頑張りなさい」  嘘だろ? 本当に受かった……?  俺は半信半疑で、引きつった笑みを浮かべながら、槇原さんより合格通知を受け取った。まぁ、紙の試験には自信があったが……あの面接、何か意味はあったのか? 俺、近くの高校でも良かったんだけどなぁ……。ま、まぁ、全寮制だというし、一人暮らしにも少し憧れるし、家族円満のためでもある。  春から頑張ろうと、俺は一人決意を新たにした。

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