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第2話 入寮日と入学式
春が来た。
中学校の卒業式が終わったのが、つい先日の事のように感じる。
今日は、俺が澪標学園の高等部寮に引っ越す日だ。荷物は全て宅配便で送っていたため、車に乗って、俺は受験で訪れた日同様、門の外までやって来た。
すると本日は、大きく門が開かれていて、引越し業者なども多数いた。初めて袖を通す制服姿で坂道を登りながら、俺は自分にあてがわれている紫陽花館を目指す事にした。館というから、てっきりアットホームな会館のようなものを想像していたら――地図が示している場所には、ビルがそびえ立っていた。
……。
入口から中を覗くと、『寮監』という腕章をつけた先輩が、受付をしていた。列が出来ていたので、俺はひっそりと並ぶ事にした。すると、チラホラと視線を感じた。皆、持ち上がり組らしく、外部入学の俺が珍しいのかもしれない。俺はまだ顔見知りもいないため、ちょっと疎外感を覚えてしまう。しかし、後ろ向きでは始まらないだろう。
そう考えていたら、俺の番が来た。
「槇原郁斗です」
「槇原君か。君の部屋は、三階の十号室だよ。俺は寮監の、相模 。外部入学か――……え、外部入学!? 君、すごいんだねぇ! ま、まぁ、容姿的には納得だけど……と、とにかく、気をつけて……じゃなかった、何かあったら、いつでも相談してくれ」
相模先輩の言葉に、周囲がざわついた。そんなに外部入学生は珍しいのだろうか? しかし――『気をつけて』……? 不穏な言葉に、俺は顔が引き攣りそうになった。その場で鍵を受け取り、俺はエレベーターへと向かう事に決める。外部入学のため、とりあえずは一人部屋らしい。本来は、この学園は四人部屋か二人部屋、『特権』がある生徒のみ一人部屋との事だった。特権って、何だろう? 入学案内の寮の説明には、特権としか記載されていなかった。
こうして三階へと向かい、俺は自分の部屋へと入った。
十畳ほどの勉強部屋兼寝室が、リビングスペースを間に二つある。その奥は、ダイニングキッチンで、バスとトイレは共同という作りらしい。俺の場合は、特権があるわけではなく、外部入学で部屋数が合わなかったために、一人部屋という処遇らしく、二人部屋を一人で使う形となる。しかしこの2LDKは、普通に広すぎでは無いのだろうか……?
まぁ、良いか。俺は取り急ぎ、左側の部屋を使おうと決めて、リビングに積んであったダンボールを紐解く事にした。衣類や参考書類で、教科書等は、授業初日に配布があるらしい。入学式は明日だ。
「学食もあるらしいが……節約を考えると、自炊が良いのか?」
呟いた後、俺はこの日は、シャワーを浴びて、早く休む事に決めた。俺は意外と一食くらい抜いても平気な方である。それよりも睡眠が重要だ。毛布を被って、俺は爆睡した。
――翌日。
改めてシャワーを浴び、きっちりと制服を着て、俺は入学式へと向かう事にした。
目覚まし時計が無くても、古武術を習っていた頃の習慣で、毎朝必ず朝五時に起きる事が出来るのは、俺の長所であり短所である。俺は二度寝が苦手なので、たまにこのせいで寝不足になってしまう。
入学式が行われる第一体育館には、生徒が沢山いた。学園祭と入学式及び卒業式のみ、父兄も参加が可能だから――という理由では無いだろうが、槇原さんも来てくれていた。身重の母の姿は無い。代わりに、槇原さんが俺を写真に収めていくそうだ。
入口で槇原さんと話しながら、俺は、その入口にも立っている『風紀』という腕章をつけている生徒をチラ見してしまった。試験の時にも同じ腕章を見た覚えがある。
「槇原さん、『風紀』って何ですか?」
「ん? ああ、風紀委員会は、学園の秩序を守る存在だよ」
「秩序?」
「すぐに分かるさ」
槇原さんは楽しそうに笑うと、俺をバシャバシャと写真に収めた。
その後、放送で座るように促されたので、俺は自分の席へと座った。俺のクラスは、1-Aらしい。この学園には、S・A・B・C・D・Eクラスがあるそうだ。全て普通科だという説明だった。最初は理事長先生の挨拶から始まった。退屈だがちょっと緊張するなぁと俺は思いつつ、真面目な顔をして前を向いていた。すると――在校生代表、生徒会長挨拶となった。
「楽しめ!」
一言だった。強い言葉で、ニヤリと笑った生徒会長……私立って自由で良いなぁ。市立だった俺の中学校からじゃ考えられない挨拶だ。俺は最初そう思った。そして次の瞬間、焦ってキョドった。
「「「「「「きゃー!」」」」」」
……大歓声が溢れたのである。
い、いや? た、確かに、短い挨拶で、俺も好感を持ったよ? 長いと眠くなるしな。だ、だが、なんだこの黄色い歓声は……? 呆気にとられていると、続いて、風紀委員長挨拶となった。槇原さんにも聞いていたが、風紀とは委員会らしい。
「俺に迷惑をかけるな」
凛とした声が響いた。う、うん。秩序の番人らしいから、迷惑をかけるというのは、秩序を乱すという事だろうし、俺はなるべく関わらずに生きていこう。なんか、怖そうだしな。事なかれ主義の俺は、ひっそりと決意した。その時である。
「「「「「「きゃー!」」」」」」
再び大歓声が体育館を埋め尽くした。こ、これは、迷惑をかけるには入らないのか? 俺、入学式中に奇声を発する生徒は、迷惑をかけると思うんだけどな……? 冷静にそう考えていたのだが、考えるのが馬鹿らしくなってくるほど、会場の熱気は高まっていく。
その後も、新入生代表挨拶の直後などに大歓声が、その場を覆った。
俺は大声の方に気を取られてしまい、誰が挨拶をしたのかすら確認出来なかった。
これ……これ……耳栓的な何か……ワイヤレスイヤホン的な代物、欲しいよな……。
こうして入学式は、大歓声と共に進行していった。
全てが終わってから、俺は保護者席にいる、槇原さんのもとへ向かった。槇原さんは、この後は同窓会らしい。
「これから、頑張るようにね。郁斗君なら大丈夫だと信じているよ」
「頑張ります」
こうして、入学式は終了したのだった。とりあえず俺は、帰って寝た。この日の夕食は、槇原さんが持ってきてくれたお土産を食べて満足した。
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