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第3話 注目を集めてしまうまで。
翌日――。
初の登校日。俺は緊張しながら、1-Aという札が出ている教室へと向かった。
前方の扉は閉まっている。後方は開いている。
うん。開いている所から入った方が目立たなくて良いだろう。
そう考えて、俺は後方から教室に入った。しかし――その瞬間、教室が静まり返った。来ていたほぼ全員が、俺に視線を向けた。うわぁ……気まずい。自分の席を目で探すと、幸い、一番後ろの窓側から二列目だった。他の持ち上がり組の後に、俺の学籍番号があるらしい。学籍番号とは、幼稚舎から大学院生までに割り振られる個人番号だそうだ。
「外部生?」
座ると、唯一の俺の隣席である、窓際の席の生徒が俺に声をかけてきた。
「ああ。槇原だ。よろしく」
「槇原君ね。俺は、常磐 。茶道部の部長の、雛形 様の親衛隊長をしてるんだ。雛形様は、中等部時代から、茶道部全体の部長をなさっておいでで、親衛隊も持ち上がりで、俺がやる事になってるんだよ」
「――親衛隊?」
俺は、常磐の名前を記憶しながら、首を捻った。初めて聞く言葉である。
「親衛隊がどうかした?」
「親衛隊って何?」
「親衛隊は親衛隊だよ? 何って?」
常磐が不思議そうな顔で俺を見た。俺もまた不思議そうな顔をしている自信しか無い。すると、逆の隣から肩を叩かれた。古武術の癖で、振り払いそうになったが、それを自制する事にも俺は慣れていたので、気配を察知した段階から相手に振り返る事だけに留める。
「親衛隊っていうのは、簡単に言えば、ファンクラブだよぉ。俺は、会計様親衛隊の副隊長の、夏川 」
「な、なるほど?」
「槇原くんは、どちらかというと、親衛隊が結成される側だろうから、何も気にしなくて大丈夫じゃなぁい?」
「?」
意味が分からない。それともこれは、お金持ちの常識か何かなのだろうか?
そう考えていた時、予鈴が鳴り、皆が席に着き始めた。
少しすると、教室の扉が開いた。
入ってきたのは、中学時代までの俺には信じられない――端的に言うならば、ホストとしか言い様がない外見をした、担任の、東城 先生だった。金髪で、ピアスもジャラジャラで、スーツも派手だ。私立って何でも許されるんだな……。
「よーし、SHRを始める。一人ずつ、自己紹介をするように」
こうして、自己紹介が始まった。俺の番が来るのは最後らしい。前の列から横に進んでいく。そこで俺は気がついた。皆、所属している――部活OR委員会OR親衛隊を自己紹介に付け加えている。俺はどこにも所属していない。こうして、俺の隣の常磐まで自己紹介が済んだ時、一斉に俺へと視線が集中した。
「槇原郁斗です。よろしくお願いします」
俺は短く片付ける事に決めた。奇を衒うような真似は面倒臭い。こうして、自己紹介は終了した。その後は、二時間目からは普通授業らしく、少し早いが一時間目は終わりという事になり、自習となった。
こうして、俺の学園生活は、無事に始まった。
俺は時折、隣席の常磐と話したり、斜め前の席の夏川と話しながら、授業を受けるようになった。昼食は、『学食は混む』と、二人に教わったので、購買部が売りに来るパンを買って、教室で食べている。
最初は物珍しかったのだろうが、すぐに周囲は俺に視線をあまり向けなくなった。俺は、この学園の一人として、無事に認識されたらしい。空気だ、空気。皆、慣れてきたのだろう。そう思って、毎日、俺はダラダラと過ごすようになった。
そんな俺が、再注目される事になってしまったのは――高等部入学後試験の結果が、張り出された時の事である。一番上の『一位』の場所に、俺の学籍番号と名前、クラスが出ていた。まぁ……入試が小学生レベルだとすると、入学後試験は保育所レベルだったからなぁ。簡単だった。
「すごい」
「満点? 全教科、満点?」
「馬鹿なの? 天才なの? なんなの?」
俺はこの日、クラスメイトに囲まれた。こんなに囲まれたのは、初めてである。初日ですら囲まれなかった。まるでそれまでが嘘であるかのように、この日、俺の席の周囲には人だかりが出来た。
「あの……、遠園寺 様に勝つなんて!」
「次の生徒会長の最有力候補の遠園寺様に勝つなんて!」
「それも圧倒的大差で!?」
「信じられない……」
「中等部でもずっと首席で、生徒会長だった、あの遠園寺様に勝つなんて……」
その後も、俺は、何度も『遠園寺様に勝つなんてすごい!』と言われた。
え、誰それ? 俺の知らない人物だ。クラスメイトを覚えて満足していた俺は、ほかのクラスにまでは、まだ手が回っていないのである――というより、自分の周囲以外は、必要が無ければ覚える気も起きない。
まぁ、必要が出たら覚えよう。
そう決意し、俺は適当に濁す事にした。適当に微笑した。
すると――何故なのか、周囲が赤面した。ん? なんだ、この反応は?
謎すぎる。そう考えつつも、その後予鈴が響いたので、解散となった。
以来俺は、前よりも話しかけられるようになった。だが、何故なのか『槇原様』と呼ばれる場合がある。『様』……? 『さん』や『くん』ならば、まだ、分かる。だが呼び捨てでも大歓迎の俺としては……『様』……? ちょっとよく分からない。だが、常磐や夏川も、たまに「常盤様」や「常磐隊長」だとか、「夏川ちゃん」「夏川きゅん」「夏川しゃん」と呼ばれているので、あだ名のような何かであろうか? 俺はあまり深く考えずに流している。
そんな俺が、次に注目を集めてしまったのは、入学後体力測定の時だった。
一学年合同で、俺は第二班になった。勉強よりも運動が好きな俺は、まったりと反復横跳びを楽しんだり、跳び箱の上で、前方倒立回転飛びなどをして過ごしていた。この学園は、皆体力があんまり無いのか、運動部の生徒以外は、次々にリタイアORサボっていく。俺は自分で言うのもなんなのだが、根が真面目なので、ひたすらスポーツ根性を発揮していた。さて――百メートル走がやってきた。
四人で一斉に走った。一位俺、わーい、さすが俺。内心でそう思ったが顔には出さない。その時、俺は二位の生徒を、ゴール前で振り返って確認した。俺のぶっちぎり圧勝だったため、余裕があった。見れば、『遠園寺』という名前がジャージに縫い込んであった。あ、噂の遠園寺、こいつか。
「本気出すなんて怠ぃからな。俺様は少しゆっくり走ってやったんだ」
ゴールしながら、遠園寺が何か言った。俺はあまり聞いていなかった。何せ、遠園寺が発言した途端、周囲を黄色い歓声が埋め尽くしたため、頭に入ってこなかったのである。
遠園寺采火 という名前らしい。ジャージを見る限り。黒い髪をしていて、肉食獣のような、どこか獰猛な瞳をしている。俺は二度見し、考えた。顔面に偏差値があるとしたならば、完敗だ。イケメンである。滅べ。身長も俺より高い。俺だって低いわけではないのだ。174cmある。しかし遠園寺は、どう見ても180cm付近だ。滅べ。繰り返すが、滅べ。いいや、信じよう。きっと俺も、まだ伸びしろはあるはずだ。
「だが、次は無い。絶対に勝つ。二度は無いからな――槇原郁斗」
「「「「「「「きゃー!」」」」」」」
しっかしすっごい歓声である。俺はこの頃になると、一つ覚えた事があった。『親衛隊持ち』の生徒は、何かする度に、「きゃー!」と言われるらしい。「きゃー!」と言われている存在を見たら、親衛隊が組織されている人物だと判断すれば良いようだ。つまり、遠園寺にも親衛隊がいるのだろう。
「聞けよ! この俺様を無視だと!?」
「親衛隊を持っている人には近づいてはならないと聞いたからな。なるべく離れよう――ん?」
ブツブツと呟いていた俺は、気が付くと、ガシリと遠園寺に肩を掴まれていた。す、すごい……こいつ、気配を感じさせなかった。この俺に、古武術で鍛え上げてきた俺に気配を感じさせなかった、だと……? 何者だ?
「何か?」
「……次は負けないと言っているんだ。この俺様が、直々に。それも、名前まで覚えてやったんだ」
「?」
「だ、だから……俺は、遠園寺采火だ」
「はぁ?」
「――外部生ごときが調子に乗るな」
「内部生なら調子に乗っていいのか?」
ムッとしたので、俺は言い返してしまった。すると周囲が、静まり返った。あ、なんか嫌な感じだ。言い返さない方が絶対良かった。しかし、もう遅い。
「この俺に言い返しただと?」
「……」
「気に入った」
「ドMか?」
俺は思わずツッコミを入れてしまった。この日、俺の中で、遠園寺采火は、ドMの変人カテゴリに分類された。親衛隊もいるようだし、気配は感じさせないし、身長は高いし、顔も良いから、近づかないでおこう。俺は、平穏な学園生活を送りたいので、おかしな相手とは関わらずに過ごそうと考えているのだ。
そうこうしている内に、体力測定は終わりを告げた。
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