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第4話 俺は、漢である。

 ま、まぁ何はともあれ――このようにして、俺は学園生活にだいぶ馴染み始めた。現在は、部活動と委員会の見学期間である。希望は、活動が無い、楽なものである。端的に言うならば帰宅部が良い。授業が終わったら、真っ直ぐに、寮に帰りたい。 「茶道部、興味ある?」 「無い」 「生徒会とか、どうなのぉ?」 「ゼロ」  俺は放課後、常磐と夏川とそんなやりとりをした。常磐は既に茶道部の一員でもあるようで、毎日見学に来るかと聞いてくれるが、俺は断っている。古武術の関連で少しだけ齧った事があるのだが、俺には茶道はきつい。一方の夏川の言う事は、よく分からない。  なんでも夏川の話だと、この学園の生徒会は、「抱きたい・抱かれたいランキング」なるもので決定されるらしいのだ。その最新版の、春ランキング一年の部において、俺は現在、抱かれたいランキング二位・抱きたいランキング一位らしい。なお、抱かれたいランキング一位は遠園寺であり、総合一位は俺であるそうで、例年で行けば、俺か遠園寺が今後生徒会長になる可能性が高いとの事だった。  そもそも――抱かれたいランキングは、まぁ、なんか、聞いた事がある。格好良い男のランキング的なイメージだ。だが、抱きたいってなんだ? ここは男子校であるので、抱かれたいランキングに投票しているのは男だろうし……抱きたいランキングに投票しているのも男だろう……。学内のアンケートのようなものだと夏川は言っていたし。だが、男同士で、抱く・抱かれるというのは……? そもそも考えてみると、親衛隊だって、男が男のファンクラブをやっているのだ。一体、どういう事だ?  まぁ良いか。とりあえず、生徒会なんて面倒臭そうだし、とりあえず興味は無い。  という事で、俺は本日も帰宅部を探すべく、校内を徘徊する事に決めた。  教室を出て、部活棟の方に向かって歩く。人気が無い。良い感じだ。なるべく無人感のある部室が望ましい。みんな明らかに帰っている感じが良い。 「ん?」  その時――ガタンと音がした。 『いや……ぁ……止めて……誰か助け……ッ、いやああ』  声も聞こえてきた。服を破くような音もした。俺は硬直し、立ち止まった。もしかして、暴力か? いじめか? 俺、そういうの無理。大嫌いだ。というのも、母子家庭かつ母が多忙だった俺は、『一人ぼっち』として幼少時に虐められた事があるのである。常に俺はやり返してきた。今尚絶許である。  半分ほど開いていた扉から、空き教室の中を俺は見た。 「!!」  そして思わず俺は目を見開いた。男子生徒が一人、制服を破かれている。その周囲に四人の生徒がいる。内一人はスマホを構えている。三人は、下を脱いで、ブツを裸の一人に突っ込もうとしている。え? え? え? なにこれ。男同士? え?  呆気にとられて、俺は思わず、気配を殺すのを忘れた。ガラって思いっきり扉を開けてしまった。 「一体そこで何を!?」 「「「「!!」」」」 「助けて……」  助けてと言っているし、とりあえず一名は、男であるにしろ被害者だ。え、けど、なにこれ? 強姦……? 男同士で? そういうのって、世の中にはあるらしいけど、え? 俺の目の前で起きちゃってるの? 嘘? 真面目に? 大真面目? 「なんだよ、一年が」 「あ~、知ってる。美人の外部生じゃん」 「噂の総合ランク一位の子かぁ」 「混ざる?」  ニヤニヤしながら上級生らしい四人に言われて、俺は青褪めた。すると被害者らしき生徒がボロボロと泣き始めた。 「助けて!!」  ……男、宝野、参る!  俺は心の中でそう叫んだ。宝野は、槇原姓になる前の俺の名前であり、俺がいつも心の中で気合を入れる時の合言葉がコレである。そうだ、俺は、男だ! いいや、漢だ。ここで漢たるもの逃げるわけにはいかないだろう! 「同意では、無いようだが……?」  念の為、俺は確認した。 「すぐに同意させるさ」 「なにせ撮ってるし。黙るしかないよね」 「こんな所歩いてる新入生なんてヤってくれって言ってるようなもんだろ」 「だよなぁ。この子も可愛い!」  すると被害者の生徒が泣き叫んだ。 「助けて下さい!」  それを聞いて、俺は決意し踏み込んだ。 「お、やるか――……? え!?」  スマホを持っている一名以外を、俺はその場に沈めた。俺、格好良い。さすが、俺。それから俺はスマホを見た。 「正当防衛と犯罪の証明のために、そのスマホは渡してもらう」  宣言して、俺はスマホを奪ってから、最後の一人も沈めた。よくやった、俺。今もまだ、心臓が煩いぞ! 「有難うございます!」 「いや、良い。無事で何よりだ。このスマホを持って、被害届を出しに行くと良い」 「はい! すぐに風紀委員会の所に行ってきます!」 「え? い、いや、警察とかじゃ……?」 「本当に有難うございます、槇原様!」  俺はとりあえず自分のブレザーをかけてあげた。するとそれを羽織り、下衣を拾って穿いて、その生徒は涙が光る目で微笑んだ。そのまま俺が言葉を探していると、その生徒は出て行った。ネクタイの色が学年で違うので、同級生だというのは分かったが、うーん。ま、まぁ良いか。助かったっぽいしな!  今日はもう部活探しや委員会探しをする気力が消えてしまった。どちらかに所属していれば、もう一方はやらなくて良いという決まりがあるらしく(なお、親衛隊一本でも許されるらしい)、俺はまた明日探そうと決めて、帰って寝た。  ――翌日。  教室に行った俺は、常磐や夏川を始め、みんなに挨拶をした。 「おはよう」  いつもの事である。しかし、いつもとは違う事があった。何と、常磐と夏川が、俺を覗き込んできたのである。 「昨日何処で一体何してたの?」  常磐が俺に詰め寄ると、怖い顔になった。その横で、夏川が腕を組む。 「風紀委員長が来ていたよ」  夏川は、いつもの間延びした声では無かった。  ――風紀委員長?  俺はこれまでに、入学式でしか見た事が無い。 「別に昨日は特に……あ」  そうだった。俺は、強姦被害者(?)を救出したのでは無かったか? 確かあの生徒は、風紀委員会の所へ行くと言っていた。スマホも持っていった。俺、映ってただろうから、事情を聞かれるのかもしれない。面倒臭い……。俺の顔が引きつった。  幸い予鈴が鳴ったため、深くは聞かれなかった。  その次の、一時間目と二時間目の間の休憩時間。 「失礼する。風紀委員会の者だ」  凛とした声が響いた。教室中の視線がそちらへと向いたので、俺も見た。入学式でちらっと聞いた声と多分同一人物である。腕には、『風紀』の腕章をつけているし、顔も見覚えがちょっとだけある気がした。 「槇原郁斗、少し話を聞きたい。同行してもらう」 「……はい」  俺は小さく頷いた。俺は悪い事をしたつもりはないが、手を出したのは考えてみると過剰防衛だった可能性も無きにしも非ずかとちょっとだけ怯えていた。クラスメイトは、立ち上がった俺に、心配そうだったり不安そうな視線を投げかけてくる。良い奴らだ。こうして俺は入口まで向かい、風紀委員長の後に従った。 「昨日は大活躍だったようだな」 「い、いえ……」 「俺は、風紀委員長の、支倉章吾(はせくらしょうご)と言う」 「槇原です……」  風紀委員長は、ビシっと制服を着ていて、切れ長の黒い瞳をしていた。この人物も背が高いが、先輩であるから許せる。ネクタイの色からして三年生だ。各委員会の委員長は、特別な事がない限りは、三年生が務めるらしい。 「柚木(ゆぎ)も感謝していた」 「柚木?」 「昨日、君が助けた生徒だ」 「ああ……無事で良かったです」 「善良だな。まずは、君にも被害が無くて本当に良かった」  その時風紀委員長がそれまでの険しい顔から一転し、微笑を浮かべた。こんな顔もするのかと、一気に印象が変化し、俺の肩から力が抜けた。なので俺も笑い返した。すると、風紀委員長の顔が引きつった。 「槇原」 「はい」 「顔は常に引き締めておけ。それが生き残る秘訣だ」 「へ?」 「今後、この後の話を君が引き受けるにしろ断るにしろ、生き残りたければ、あまり笑わない方が良いだろう」 「?」  何のことだろうかと考えていると、俺は風紀委員会室へと案内された。そこには、ずらりと風紀委員の生徒が並んでいた。風紀委員と生徒会役員は、授業を免除されているそうだから、二時間目には出ないのだろうが、俺は欠席扱いとなるのだろうか――そう考えたのは、丁度予鈴が鳴ったからである。 「槇原郁斗」 「は、はい!」  入室するとすぐに、風紀委員長に改めて名前を呼ばれた。思わず返事をすると、怜悧な眼差しで告げられた。 「君を風紀委員に任命したい」 「――は?」 「風紀委員は指名制なんだ。特別な事情がある時のみ断っても構わないが、断る場合は、風紀で納得可能な理由を提示してもらう事となる」 「え、ええと?」  俺は首を傾げた。すると、室内に声が漏れた。 「新入生一の頭脳」 「新入生一の運動能力」 「素晴らしい勇気と道徳観念」 「腕っ節!」 「スマホを奪う冷静さ!」 「遠園寺にも反論したという話も聞いた!」 「あの遠園寺と対等!」  意味が分からず、俺は風紀委員長を見た。 「あの、どういう事ですか?」 「――風紀委員は授業免除であるが、成績を落とすわけにはいかない。その為、元々優秀な君のような人材を求めている。同時に、授業時間に校内の見回りを長時間行う事も多く、相応の運動能力も必要とされる。中には強姦被害の阻止もしなければならないため、腕っ節は重要だ。そしてそれを発揮する勇気、強姦は罪であるといった道徳観念も重要だ。無論、自身の潔白を証明する冷静さも必要だな」 「……」 「遠園寺采火に関しては、次の生徒会長ともくされる、危険人物の一人だ。生徒会は何かと危険な集団であり、風紀委員会とは対立関係にある。よって、生徒会役員の候補者である遠園寺と渡り合えるという点も評価出来る。何より、この日本屈指の遠園寺財閥の御曹司に、家柄や人脈を気にせず意見出来るというのは貴重だ。やはり外部生という風は新しいな」  ……。  俺は、槇原さんに「何も気にせず頑張りなさい」って言われたので、槇原さんの家柄や人脈がどの程度のものかは知らないが、べ、別に、ちょっとくらい迷惑をかけても、問題はないよな? う、うん? 新しい風っていうより、俺が何も知らなかっただけっていうオチだが……。 「今日から、共に風紀として学園の秩序を守ろう。その為には、少し周囲を威圧するくらいで丁度良いし、あまり笑う必要は無いんだ。君の場合、笑っていると、君自身が被害に遭いそうで心配になる――見た目だけであれば」  風紀委員長が俺に腕章を差し出した。  断れる空気じゃなかった。  ……というよりも、授業免除というのに惹かれた。帰宅部よりも、日中サボれる方が楽な気がしたのだ。俺は、繰り返すが勉強は好きじゃない。そこで俺は、至極真面目な表情を取り繕い、大きく頷いた。 「頑張ります」  こうして、俺は風紀委員会に入る事に決まったのだった。

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