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第5話 タイトルは、『生徒会長の溺愛煉獄♡放課後は秘密の花園~お気に召すまま~』

「「風紀委員会に入った!?」」  教室に戻り、事情を説明すると、常磐と夏川が声を上げた。俺は、風紀委員長の指示通り、あまり笑わない事を決意し、大きく一度頷いた。すると二人は顔を見合わせ、それから改めて俺を見た。 「俺、向いてると思うよぉ」 「うんうん。槇原なら向いてる」  俺の何が向いているのか聞きたかった。  だがすぐに授業が始まったので、聞けなかったし、その後は放課後になった。  放課後は真っ直ぐに風紀委員会室へと来るようにと言われていたので、俺はそれに従う。中に入ると、皆見回りに出ているらしく、風紀委員長の支倉先輩が一人で執務をしているだけだった。執務――……日中説明を受けたのだが、強姦被害や器物損壊があった場合、その件をまとめた書類を作るそうだ。大変そうだ……。 「来たな」 「はい。よろしくお願いします」 「まずは、この本に目を通すように」 「?」  風紀委員長が俺に、一冊の本を手渡した。タイトルは、『生徒会長の溺愛煉獄♡放課後は秘密の花園~お気に召すまま~』とある。表紙は、学ランの生徒二名が絡んでいる。とりあえずパラパラ捲ってみると、小説本であったが――挿絵を見て、俺は目を剥いた。どう見ても、小柄な方が長身の方に突っ込まれていたからである。ネタをじゃない。ブツをだ。 「あ、あの……?」 「どう思う?」 「風紀を乱しているのでは? この本自体が……」  俺は、だって、エロ本だと思ったんだもん! 「それは俗に言う、王道学園モノのBL小説だ」 「……BL」 「ああ。BLだ。まさにそこに描かれている学園――それに、この澪標学園は瓜二つなんだ。その本は、この学園出身の腐男子作家が執筆した小説で、風紀委員に所属したものは、この学園の姿を正確に理解するために、一度読む事に決まっているんだ。真面目に読むように」 「……読んでみます」  ソファへと促されたので、座ってから、俺は冒頭から読み始めた。  要約すると、良家の子息が通う全寮制の学園に、転入生がやってきて、生徒会長と恋に堕ちるという内容だった。男子校が舞台であり、出てくる登場人物は全て男性であるが、恋が生まれていた。ボーイズラブは俺だって聞いた事がある。ドラマとかもやっていた。世の中には様々な趣味嗜好があるのだなと感じたものであるが……ほう。これ、が、この学園の正確な姿? 確かに、この本には、親衛隊や風紀委員が出てきた。そしてそれは、ここまでの間に俺が学んできた知識と一致している。 「……」  俺は後悔した。なにせ、本の中の風紀委員は非常に忙しそうなのだ。この際、男同士の恋愛という部分はどうでも良い。俺は、俺に関係ない所で繰り広げられる分には、もう良いとする。しかし、俺は風紀委員には、なってしまったのだ。毎朝見回り? 放課後も見回り? 夜遅くまで書類仕事? 嘘だろ? 「……」  パタンと俺は本を閉じた。すると風紀委員長が顔を上げた。 「読み終わったか?」 「……はい」 「感想は?」  言葉に詰まった。見るからに、支倉先輩は真面目そうな人物である。その人物に、小説の感想を聞かれている。なお、俺が本音で抱いた感想は、「仕事無理」「仕事嫌」「エロい」の三つである。しかしいずれも不適切な発言だろう……真面目に聞かれているのだろうし。 「ええと……脇役の親衛隊長の心情を考えると、まるで人魚姫のようで、その……とても物悲しくなりました。いつか生徒会長も、主人公との幸せ以外にも、目を向け、その心をより良い学園作りに役立てる日が来ると……良いのではないかなと……思いました」 「まさかの同志!?」 「え?」 「萌えるよな、当て馬親衛隊長!」 「は?」 「いかん。俺とした事が取り乱した」  支倉先輩が、鼻を押さえた。俺は困惑するしかない。同志って何が? 風紀委員として、か? ん? 風紀委員長は、今度は天井を向きながら、ティッシュの箱を手にとった。なんだ? いきなり、どうした? のぼせたのか? 「――ま、まぁ、とにかくそれが、今のこの学園の現状というわけだ。切実に転入生さえいればなぁと思わなくもない。生徒会も、今代はちょっと弱くて、来年こそ希望の星の集まりだが」 「希望の星……?」 「ランキングを見る限り、来年は、良い。ランキングを見た限り、俺としては、お前以外には風紀委員は務まらないとも確信していたが、来年はいい。クソ、俺が三年生でさえなかったならば……」 「あ、あの……何のお話ですか?」 「こちらの話だ。忘れてくれ」  鼻血を吹いた風紀委員長は、それから、長い足を組んだ。俺はとりあえず、本を返した。こうして、風紀委員会初日は、終了した。  寮の部屋へと帰り、俺は複雑な心境になった。  帰宅部に入るつもりが、もっと楽な委員会を見つけたと思ったら、それは誤解だった空気が漂っている。 「まぁ……何とかなるか」  一人呟いて、俺は寝た。  結局俺は、自炊を選択したので、ダラダラと毎日ご飯を食べてはいる。  俺は母が不在の間も自分で作って食べていたので、家庭料理はそこそこ得意だ。  ――翌日。  もう授業にはテスト以外、行かなくて良くなったので、俺は風紀委員会室へと向かった。俺と同じ一年生で風紀委員をしている生徒は、中等部でも風紀委員をしていたらしい。皆、二人ひと組で見回り中だそうだ。俺は一人あまっているのと、仕事内容を知らないので、最初は風紀委員長と一緒に回る事になった。 「安心しろ。俺の持つ全ての知識を叩き込み、君を王道な風紀委員長にしてやるから」 「王道な風紀委員長……?」 「俺は鬼畜眼鏡も好きだが、真面目で正義感に溢れる優等生にも滾るんだ」 「あ、あの、支倉先輩……」 「なんだ?」 「俺は一年生なので、風紀委員長になる機会はあと二年はありませんし、なるつもりもないです」 「安心してくれ。風紀委員長は指名制だ。俺が責任を持って、君を指名する。そして同学年で犬猿の仲の非王道、生徒会長とのケンカップルフラグも立てておく。生徒会長は、君が風紀委員になった以上、遠園寺采火で決定だ」  支倉先輩が目を輝かせて、頬を紅潮させた。俺は戸惑った。同じ日本語を話しているはずなのだが、ちょこちょこ、理解できない言葉が混ざってくるからだ。 「槇原は、風紀委員会の期待の星だ!」  なんだか嬉しくない事を呟かれてしまった。まぁ、致し方ない。これも、俺が授業をサボろうなんて考えたのが悪かったのだろう。やはり、人間は、真面目が一番なのかもしれない。

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