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第14話 真剣な告白

 食後、皿を片付けて、俺は珈琲を淹れた。遠園寺と再び向き合う。 「お家デートとやらは、これで完遂で良いか?」  俺が尋ねると、ハッとしたような顔をして、遠園寺が首を振った。 「まだ何も遂行してねぇ!」 「え」  昼食は振舞ったし、楽しみも用意したのに、これで、ダメだと? なんという事だ。もう俺の家には、他には楽しめるものは何もない。俺は困ってしまった。 「あ、あのだな、槇原」 「なんだ?」 「もう分かっているとは思うんだが、俺様は去年から気持ちが変わっていない」 「……」 「お前の事が好きなんだ」 「俺も、その可能性を僅かに検討してはいた」  正直に答えたが、真剣に告白されて、俺は困惑から硬直した。どこか硬い遠園寺の表情は、試験勉強の時とはまた違うが、やはり真面目だ。勉強時の凛々しさとはどこか違うが、真剣さは滲んでいる。 「昨年の俺様は、まだ幼かった。中等部から進学したばかりの子供だった」 「……」 「だが、今年は違う。少しは成長した」  俺様生徒会長らしからぬ低姿勢な言葉だ。やはり、遠園寺は、本当は俺様ではないのではないかと俺は思う。俺の前では少なくとも、巷で噂されているような、天上天下唯我独尊っぷりは無い。 「まずは、俺様の気持ちを、お前に知って欲しい。俺様は、槇原が好きだ」  じっと目を見据えられた。黒い遠園寺の瞳は、非常に強い眼差しを俺に向けている。目が合うと、気圧されそうになった。 「本気なのか?」 「ああ。俺様は、槇原の事以外考えられない場合が多い。そして槇原の事を考えていると、毎日に張りが出る。勉強も運動も生徒会も、全てを頑張る事が出来る」  恋って、そういうものなのか。俺も恋をしたら、もっと風紀委員長として頑張る事が出来るのだろうか? ちょっとそれは興味がある。 「槇原。真剣に俺様との事を考えてくれねぇか?」 「――真剣に考えろと言われても……俺自身は、現状、申し訳ないが、遠園寺に対して好意を抱いていないんだ。悪いな」 「現状だろう? 今後は、生まれるかもしれねぇだろうが。好意が!」 「それは……人生何事も確率的に可能性はゼロでは無い程度の意味合いで言うならば、生まれないと断言は出来無いが……はっきり言って、可能性はほぼゼロだ」 「どうしてだ?」 「だって俺達、男同士だからな……」  根本的な問題を俺は挙げた。 「この学園で育ってきた遠園寺には普通なのかもしれないし、俺も今年はもう、同性愛自体を否定する気にはならないが……自分が男を相手にって、ちょっと考えた事が無くてな」 「お前は入学して一年で、周囲を許容できるようになったんだから、自分の事であっても考えられるようになるかもしれねぇ――……そうなって欲しいが、確かに、それはそれで困るとも言えるんだよなぁ……」 「どういう意味だ?」 「今の所、お前はノンケ代表として名を馳せているから、近づかない奴が多い。しかしお前が男もイけると分かったら、俺様のライバルが増えるだろう。俺様は、それは望まない。無論俺に敵対すると言いだしたら、片っ端から蹴散らす用意はあるが」  ブツブツと遠園寺が言う。俺は自身がノンケ代表とされている事など知らなかったので、カップを傾けながら複雑な気持ちになった。別に俺がモテないのは、それが理由ではないと思うのだが……。 「槇原」 「なんだ?」 「俺様以外の男を見る必要は無い。女もだ。俺様以外の人間を見る必要は無ぇんだ」 「……」 「逆に言うと、俺様を見てくれ」  真っ直ぐにそう言われて、俺はカップを置いてから腕を組んだ。 「俺様と付き合って欲しい。去年までのままだったら、『付き合え』か『付き合ってやる』と俺様は言っただろう。しかし今年の俺は成長したから、あくまでもこれは頼みであり俺様の気持ちだ。俺様は、強引であれば良いというわけではないと周囲に相談をして諭されたんだ」  遠園寺は、非常に真面目に、恋愛にも取り組んでいるようだ。勉強と同じスタンスなのだろう。俺の方こそ、深く考えていなかった自信しかない。なのだから、真面目な遠園寺に、適当な返事をするのは躊躇われた。 「悪いが、俺は好きではない相手と付き合えないという本音が変わらない。本当に想ってもらっているのは嬉しいが、申し訳ない」 「その回答は予想していた」  だったら言うなよ! と、ツッコミそうになってしまった。俺が頬を引きつらせると、遠園寺がカップを手にした。 「そこで、提案なんだが」 「提案?」  俺も再びカップを手に取りながら、首を傾げた。 「槇原は、好きな相手はいないんだよな?」 「ああ、いない」 「ならば、好きな相手が出来たら終了で良いから――それまでの間、俺様と付き合ってみないか?」 「へ?」 「そうすれば、お前も俺様の魅力に気がつくかもしれねぇ。可能性がゼロに限りなく近いまま終わらせるなんて、俺様のガラじゃねぇ。少し実際に付き合ってみて、それから嫌か無理か不可能か、本当に可能性はゼロか、判断をしたらどうだ?」  それを聞いて、俺は悩んだ。汗が浮かぶかと思った。お試しで付き合うという発想は、俺の中には無かったからだ。するとカップを置いて、遠園寺が立ち上がった。そして俺の隣に歩み寄ると、ソファの横に座り直した。慌てて俺もカップを置く。そんな俺の右手を、遠園寺が取った。やはり古武術で鍛えている俺の手をあっさりと取れるのだから、遠園寺は護身術か何かをかなり訓練していると思う。 「ダメか?」 「だ、ダメというか……付き合うって何をするんだ? そもそも」 「槇原が嫌がる事はしねぇから安心しろ」  遠園寺が俺の手を引いた。体勢を崩しかけたので正していると、その瞬間に抱きしめられた。遠園寺の精悍な香りがする髪が、俺の体に触れた。 「離してくれ。嫌な事はしないんじゃなかったのか?」 「嫌か?」 「……嫌というか、落ち着かない」  急だったので本音を零すと、遠園寺が小さく吹き出した。 「すぐに落ち着く。俺の体温に慣れろ」 「いいや。お前が離せば全てが解決する。振りほどかせて貰っても良いか? 受け身を取る準備をしてくれ」 「嫌だ。離さん」 「離せって言っているだろうが!」  俺は本格的に技を決めようとした。が――逆に、遠園寺に関節を極められた。う、動けない……! この体勢からでは、逃れられない! 何だと!? 「俺様と付き合うと言うんなら、離してやる」 「脅迫か?」  やはり高身長は滅べば良い。体格の良い遠園寺の力は強い。迂闊に動けば、俺の方に衝撃が来る。そんな俺の後頭部に手を置くと、遠園寺が抱き寄せるようにした。そして――遠園寺が俺の額にキスをした。え。唖然としてしまい、俺の全身から力が抜けた。 「好きだ、槇原」 「と、遠園寺……ちょ、本当に離してくれ」 「嫌だ。俺様はもう気持ちを抑えきれねぇんだよ。お前が好きなんだ。俺の恋人になってくれ。お試しで良いから。頼む。槇原、お願いだから」 「分かった、分かったから、離せ!」  関節を決められている事と、キスの動揺から、俺は思わず大きな声でそう言ってしまった。取り合えず体を離したかったのだ。すると遠園寺が俺の両肩に手を置いて、目を丸くした。 「良いのか?」 「良くないけど、離してくれ」 「いいや。撤回はさせねぇ。これから、よろしく頼む。いやぁ、言ってみるもんだな」 「だから離せと言って――ッ!」  遠園寺が再び両腕で俺を抱きしめた。力強い腕の感触に、俺は気が付くと羞恥を覚えて赤面していた。なんだこれは。一体どう言う状況だ! 「郁斗」 「なんだ?」 「――これからは、ずっとそう呼ぶ」  遠園寺はそう言うと、俺を見て破顔した。虚を突かれて、俺は目を見開いた。いつもの肉食獣のような顔とは違い、なんというか夏の日の向日葵のような――獅子がドーナツになったくらい違う印象の笑みだったのだが、あんまりにも明るい笑みで、胸がドクンとした。なんだこれは。どうしてこいつ、こんなに嬉しそうなんだ……? 「好きだ。これからは、恋人らしい事を沢山しような。俺様に必ず惚れさせてみせる」 「た、例えば?」 「デートを沢山しよう。生徒会と家の仕事以外の全ての時間、放課後はお前のために空ける。いつでも俺様の部屋に来てくれ。迎えに行ってやる」 「――部屋? 青崎に勉強を習わなくて良いのか?」 「部屋でしていた恋愛相談は、こうして恋人になった以上、もう不要だ。勉強は……郁斗と一緒にする方が良い」 「そ、そうか……」  このようにして……お試しではあるのだが、俺は遠園寺采火と付き合う事となったのである。本当に良いのだろうか……。

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