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第17話 二人きりの別荘
「おかえり、郁斗君」
帰ると、槇原さんが出迎えてくれた。母も弟を抱いて、笑顔で俺を見ている。三人に笑顔を返した俺は、少ししたら、遠園寺の別荘に遊びに行くと伝えた。すると母は純粋に、「楽しんできてね」と言ってくれたが、槇原さんが半眼になった。口元だけは笑顔だったが。
「ま、まぁ、私は止めないが……節度ある行動をするようにね。風紀委員長なのだし」
「はい。非行に走るような真似はしません」
「非行というか……う、うん。そうかい。そうだね。私は郁斗君が選んだ道ならば、それがどのようなものであっても応援するとしよう」
今回の槇原さんは、何が言いたいのかよく分からなかった。
こうして実家に帰った後、三日してから、遠園寺の家から迎えの車が来た。
見送りに出てきてくれた槇原さんを見て、降りてきた遠園寺が頭を下げた。
「郁斗君の事はお任せ下さい」
「いやぁ、立派な後継者を持って、遠園寺先輩も誇らしいだろうなぁ。君のお父様はねぇ、私の在学中、君と同じように生徒会長を務めていたんだよ。懐かしいなぁ」
二人はそんなやりとりをしていた。俺は運転手さんに手伝ってもらいながら、荷物を積んでいた。一週間も泊まる事になったので、着替えなどがそれなりにあるのだ。それが終わると、二人の話も落ち着いていたので、出発する事になった。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
こうして、槇原さんに見送られて、俺は遠園寺と共に車に乗った。後部座席で車に揺られながら、窓の外を見る。まだ槇原さんの家が実家になったと聞いても、俺は慣れられないでいる。
「きちんとご挨拶はした。安心しろ。もう何も問題はない」
「? 俺は友達の親に、そんなに丁寧に挨拶する奴をあんまり見ないから、やはり育ちや立場が違うと交流の仕方も変わるんだなぁと驚いた」
「だから……俺達は友達じゃないだろう?」
「お、おい! 運転手さんに聞こえたらどうするんだ!?」
「何か問題があるのか?」
「問題以外の何かがあるのか!?」
そんなやりとりをしていると、比較的すぐに別荘へと到着した。国内の某避暑地にある遠園寺の別荘は、槇原さんの家の近所にあったのだ。近場を遠園寺が選んでくれたとも言える。何でも別荘では完全に二人きりらしい。
「使用人等はいないが、お前は料理ができるし、掃除もできるし、俺様も手伝うし、問題は無いだろう」
「そうだな」
確かに寮では全てをこなしているし、逆に一般家庭で育った俺には、使用人さんがいる方が落ち着かないので、この提案は良かった。遠園寺の手伝いが無くとも正直問題はない。俺は家事に親しんでいる。母のしつけの結果だろう。
洋館の中に荷物を運び入れ、去っていく車を見送った。運転手さんは、一週間後に迎えに来てくれるらしい。
「それまでは二人きりだな」
「そうだな」
遠園寺の声に頷くと、遠園寺が心なしか赤面した。喉仏が動いているから、唾液を飲み込んでいるらしいのが分かる。この別荘の周囲には、自然が多く、逆に言うと自然以外はあんまり無いようだったが、避暑地というのは、そういうものなのかもしれない。
「部屋は?」
荷物を置きに行こうと思い俺が聞くと、玄関を施錠しながら遠園寺が頷いた。
「二階だ」
こうして二人で二階に上がる。俺は一人ひと部屋を想像していたのだが、眠る部屋はひと部屋であるようだった。巨大なダブルベッドが置いてある。まぁこのサイズならば、二人でも十分眠る事が可能だろう。俺は壁際に、適当にカバンを置いた。
「夕食までは何をする?」
「……っ、そ、そうだな……」
「明日は花火大会があるんだろう?」
「そうらしいな」
「今日はゆっくり休むか?」
「――まぁ夜になれば、蛍なんかもこの辺りは綺麗だし、星空も良いがな。プラネタリウムよりも生で見た方が心に響く」
「そうか。だがそれは、夕食後に見た方が良いだろう? まだ夕方にもなっていないぞ」
俺が窓の外を見ながら寝台に座ると、遠園寺が俺へと歩み寄ってきた。そしてそっと肩に触れた。
「遠園寺?」
「お前、状況は……どうせ分かってないんだろうな」
「状況?」
「恋人同士、二人きり、ベッド――全て足すと導出されるものは?」
「現在の状態だな」
「だ、だから……普通その場合、どうなる?」
「どうって? だから、どうするか今話し合おうとしてるだろうが?」
何をするかと最初に聞いたのは俺である。心外に思っていると、遠園寺が舌打ちした。そしてグイと俺の顎を持ち上げて、顔を覗き込んできた。距離が近い。
「あんまりにも無防備すぎると押し倒すぞ?」
「え」
その言葉で、俺はやっと理解したのだった。その発想は欠片も無かった。
驚いて、何か言おうと唇を震わせていると、触れ合いそうなほど近くまで、遠園寺の顔が近づいてきた。あんまりにもその瞳が真剣すぎて、俺は吸い寄せられたようになり、目が離せない。硬直したまま、僅かに口を開けた状態で、俺は遠園寺を見ていた。すると、遠園寺が静かに双眸を閉じた。
「ン」
そして、そのまま俺の唇を唇で塞いだ。初めは柔らかな感触がした。呆然としていて目を開いたままだった俺は、真正面にある端正な遠園寺の顔に狼狽える。すると一度唇を離して、遠園寺が目を開けた。そうして改めて俺の顎を持ち上げると、今度は深々と貪ってきた。俺の口腔に、遠園寺の舌が入ってくる。当初こそ狼狽えていたのだが、直ぐに俺は息苦しくなった。キスだ。これはキスだ。俺のファーストキス!
「っ、ぁ」
遠園寺が角度を変えた時に、俺は必死で息継ぎをした。変な声が出てしまった。しかしキスは終わらず、遠園寺は再び目を伏せて、俺の口を貪る。歯列をなぞられ、舌を絡め取られる内に、俺の呼吸は完全に上がった。そうして長い間、俺達はキスをしていた。
それが終わった時には、俺の体からは力が抜けていた。思わず遠園寺に倒れこみそうになると、抱きしめられた。そして耳元で囁かれた。
「嫌だったか?」
「……ッ」
俺はその言葉を理解した瞬間、真っ赤になってしまった。嫌じゃなかった……。だが羞恥がこみ上げてきて、それは言葉にはならなかった。
「何度お前にキスしたいと思ったか分からない。だから初めてするから、緊張した」
「緊張……」
「練習しようにもお前はお前しかいないから、お前とキスしたら練習じゃなくそれは本番となるからな……この俺様のファーストキスをくれてやったんだ。有難く思え」
それを聞いて遠園寺を見ると、遠園寺も真っ赤になっていた。
俺達はそのままお互いの真っ赤な顔を見ていた。
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