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第1話

「サイ・キサラギを|周回軌道刑《コスモループ》に処す。以上」 西暦2300年代の地球において、|周回軌道刑《コスモループ》は死刑より重い極刑に定められている。 周回軌道刑を命じられた囚人はまず等身大のカプセルに入れられる。ハッチが閉じれば当然真っ暗、身じろぎする隙間もない。閉暗所恐怖症なら五分ともたず発狂する。 これだけでも地獄なのに、囚人を詰めたカプセルポットは宇宙に廃棄され、永遠の闇をさまよい続けるのだ。 一応全身に繋いだ管で栄養補給と排泄はできるが、かえって生殺しが長引くだけ。 俺はその宣告をしらけて聞き流した。 「待ちくたびれましたよ。三年も拘留してやっとこさ確定ですか」 ついでにあくびを一発かます。 「で、俺専用の棺桶……カプセルポットはどこですか」 喋んのは久しぶりだから、錆びた舌を剥がして回すのに苦労した。 官僚が嫌な顔で咳払いし、居丈高に顎をしゃくる。 思わず目を疑った。 官僚の視線の先に待ち構えていたのが、小型の潜水艦……深海探査艇によく似たフォルムの宇宙船だったから。確かにコンパクトだが、カプセルポットに比べたら豪邸だ。 官僚が恩着せがましく続ける。 「船内には一年分のビタミン剤とドライソープ、およびドライシャンプーが積み込まれている」 「至れり尽くせりですね、罪人風情に」 「全身に管を繋がれる方がよかったか」 黙って肩を竦める。看守に挟まれてタラップへ赴けば、宇宙船の前にほっそりしたシルエットがたたずんでいた。 「アンドロイドか」 すぐにわかった。人間には存在しない鮮やかなピーコックグリーンの髪と瞳は、人造人間の特徴だ。 アンドロイドは優雅な身ごなしで挨拶した。 「当船の備品です。よろしくお願いします」 |流刑船《スポイラー》には備品が積まれていた。聞いてない。 首をねじって官僚に説明を促しゃ、キザったらしい髭をねじってこういいやがった。 「君は確かに罪人だが、軍属時の貢献度を鑑みておまけを付けてやったんだ。元上司にあたるマル博士の意向でもある」 「餞別ってヤツですか」 「独房ではぼちぼち精神を病み始めてたみたいじゃないか」 「だったらハツカネズミでも積んでくださいよ」 「動物は話し相手にならない」 「人間と話すのは煩わしい」 「だからアンドロイドにした。感謝したまえ」 ドヤッと踏ん反り返った顔をぶん殴りたくなる。官僚とは会話が成立しねえ。 そして船は発射された。 「ライカ犬の気持ちがわかった。動物実験反対」 窓の外の青い星を眺めて呟く。 今は遠い故郷、俺の地球。ちっぽけでまん丸い星。 ただ見るだけ、手が届かないんじゃ生殺し。この罰を考えた政府の連中はそうおもったに違いない。 お生憎様、地球になんて綺麗さっぱり未練がねえ。|穢土《えど》を離れていっそせいせいする。 闇を切り取った丸窓に半ば透けて映っているのは、痩せぎすで冴えないモンゴロイドの男の顔。険を帯びた切れ長一重の目元は眼鏡でもごまかせない。三年に及ぶ独房暮らしのせいで髪はボサボサ、むさ苦しい無精ひげが散っていた。 「剃刀は?」 「どうぞ」 アンドロイドが恭しく剃刀を献上する。俺は小さく頷いて受け取り、洗面台の鏡で髭を剃る。 「ふー。さっぱりした」 なめらかになった顎をなで満足し、寝かせた刃を見下ろす。 投獄中は刃物なんざ持たせちゃもらえなかった。理由は簡単、自殺を警戒してやがるんだ。 「用がお済みでしたら回収します」 俺の視線を何と思ったか、アンドロイドが抜け目なく申し出る。ムッとして剃刀を突っ返す。 「個体識別コードは」 「A-102131―XYです」 「じゃあ備品って呼ぶな」 「お好きにどうぞ」  控えめにはにかむ。表情豊かなのが癪だ。 あらためてまじまじ見直す。ユニセックスとでもいえばいいのか、無個性に整った顔立ちは作り物めいて薄ら寒い。睫毛の長さすら均等だ。 ミディアムショートの髪は人間にはありえないピーコックグリーンで、同色の虹彩はメタリックな輝きを放っていた。 「備品の分際で服を着るのか」 「マル博士の指示です。全裸は見苦しいと言われました」 「無毛のアンドロイドでも?」 「性器を露出して歩くのはいかがなものかとご指摘をうけました」 率直に疑問を述べれば、備品が真面目に返す。 マルは俺の元上司、どうでもいい情報を付け足すなら染色体XX。俺を慮ったってより、自分の美意識を優先したんだろうな。 XYって事は男型か……女ならよかったのに。しかしまあ、使えない事はない。 こうして俺と備品の日々が始まった。 起床してから就寝するまで、俺は何もやることがない。 言うなりゃここは宇宙船仕様の独房で、あらゆる娯楽が没収されてる。手元には本の一冊もない。 俺に許された趣味といったら窓から地球を眺めるのと…… 「何をなさってるんですか?」 「ラジオなしラジオ体操」 布で計器を拭いていた備品に聞かれ、そっけなく答える。膝を曲げて伸ばし曲げて伸ばし、お次は両手を組んで裏返し伸びをする。 一連の動作をしげしげ観察し、備品が無表情に口を開く。 「その行為には一体どんな生産的な意味があるのでしょうか」 「非生産的な暇潰し……と見せかけ、運動機能の衰えを防げるからまるきり無意味って訳でもない」 以前も……というか、三年前まではよく気分転換にやっていた。研究に行き詰まるとおもむろに席を立ち、ラボで体を動かす。そしてまたデスクワークの再開。 適度な運動のあとは食事の時間だ。瓶を振って錠剤を二粒とりだし、口に放り込んでバリボリ噛み砕く。無味乾燥に尽きる。 「マル博士からメッセージを受信しました」 「繋げ」 「了解しました」 内容物を嚥下して促す。備品が瞬きする。 瞼の下から露出した瞳の色が微妙に変化し、二条の光線が放たれた。備品の瞳から虚空へ投影されたのは、懐かしい女上司の|立体映像《ホログラム》だ。 『久しぶりね』 気取った声音が鼓膜を叩く。虚空に浮かんでいるのは白髪を上品に結い上げたコーカソイドの老婦人。 俺はお愛想程度に口角を上げる。 「かれこれ三年ぶりですか。すいませんね、投獄以来時間の感覚がわからなくて」 『嫌味ねえ。見送りに行けなかったから拗ねてるのかしら』 「気にしてませんよ、お忙しいんでしょ。マル博士もご愁傷様ですね、俺の穴埋めでプロジェクトを任されて」 『おかげ様で充実した日々を過ごしてるわ。宇宙の旅は快適?』 「最低限の生活環境を整えてもらったんで万事恙なくやってます。あの窓がない狭っ苦しい独房よりマシですね、なにより自殺防止用のクッションが四面に張られてないのが快適だ」 椅子にかけて足を組む。 立体映像の上司が嘆かわしげに首を振る。 『自殺したいならお好きにどうぞ、止めないわ。ただハッチを開ければいいだけだから簡単でしょ、星海の藻屑になれるなんてロマンチックじゃない』 「お空のお星さまになったら見付けてくれます?」 『望遠鏡越しに合図をくれるなら』 「せいぜい汚い花火になって弾けてやりますよ」 『楽しみだわ』 「そんなこといって、マジに死なれたら困るくせに」 『自意識過剰だこと』 眼鏡のブリッジに指をあて、毒気を含んだ表情を遮る。 「間違ってますか?まだ利用価値があるから、流刑なんて回りくどい方法をとったんでしょ。じゃなきゃとっとと静脈注射で処分してる」 図星を突かれたマル博士が、批判がましい一瞥を投げてよこす。 『個人的には自白剤で片が付いてほしかったんですが』 「さじ加減が難しいですよ。失敗すりゃ国で二番目に優秀な頭脳をぶっ壊して廃人を作るだけだ」 『今は一番よね』 ……くたばれ。 『思い出しました、自白剤の注射はあなたが大暴れして取り止めになったのでは?舌を噛むと脅したのをお忘れかしら』 「宇宙に捨てんのは悪い案じゃないってのは認めます、現状考えうるかぎり最善の落とし所だ。俺は国家転覆を企む危険分子だから地球にいられちゃまずいんですよね?その点大気圏外なら安心安全、スパイと接触して情報を流す恐れもない」 饒舌になってる自覚はあった、そもそも人と話すのが久しぶりなのだ。ただの映像に過ぎないとしても、多少興奮しているのは許してほしい。 元上司が話題を変える。 『備品に名前を付けてあげた?』 ムッとする。 「何故俺にアレを。いやがらせですか」 『長旅には話し相手が必要でしょ』 「ハツカネズミとトレードしてください」 『穴が小さすぎるのでは?』 ……お見通しかよ。さすがに後ろめたい。 『恥じることはありません。三年も独房暮らしだった健康な成人男性が、人より美しく従順なアンドロイド相手に考える事は大体同じです』 「下の世話をさせるために積んだんですか」 答えを濁して悪戯っぽく微笑むマル博士に対し、おどけた素振りで肩を竦め、率直な感想を述べる。 「家電を使ってオナニーするみたいなもんです。反応ないんじゃ抱いた気しません」 『アンドロイドには学習AIが搭載されています。エモーショナルなリアクションが欲しいならあなたが直接教えてあげてはいかが?』 なんだか気分が悪くなってきた。懐柔を企んだところで無駄だとわからせたい。 大きく息を吸い、立体映像の博士を睨み据える。 「身の周りの世話なら間に合ってます。体の洗浄はドライソープとドライシャンプーですむし、栄養補給はビタミン剤二錠。俺が生きてくのに必要なのはたったこれだけです。人型の粗大ゴミはいりません、今すぐ真空に蹴り出したい」 『在庫は一年分。それが切れたらどうするの、老廃物がたまるわよ』 「備品、通信遮断」 『待』 「了解しました。失礼します、マル博士」 備品が瞼を下ろして通信を切る。俺は深々と息を吐いてコンソールに突っ伏す。 我々は本能を否定できない。人間には性欲がある。 予め断っとくが、俺は清廉潔白な人間じゃない。投獄前は歓楽街で女を買ったりしていた。独房にぶちこまれてからセックスはしてない。できるわけもない。 現在。 地球を遠く離れた周回軌道の|流刑船《スポイラー》の中で、俺は人間を完璧に模した備品と向き合っていた。 備品は備品でも自立思考ができる働き者の備品だ。四六時中計器の手入れなど掃除だのとこまごま動き回る背中に、椅子に後ろ向きに跨って質問を投げる。 「お前さ。穴は付いてんの」 「どこの穴でしょうか」 「肛門」 「ございます。排泄はできませんが」 「なんで出せないのに付いてんの」 「開発者の遊び心でしょうか」 「こだわりの匠か。見えないところにも手抜きをしない心意気はあっぱれだな」 アンドロイドは用途によってデザインが異なる。幸いにして備品にはケツの穴がもうけられていた。 俺が「横になれ」と命令すると、備品は掃除を中断し体ごと横を向く。 そうじゃない。でも今のは俺が悪い、アンドロイドは人間の機微に疎い。行間を読むなんて高度なテクは使えない。 ぶっちゃけめんどくせえ。 「あー、ベッドに仰向けになれ」 ぞんざいに|コマンド変更《言い直す》。今度は正しく意を汲んで、備品はベッドに仰向けた。白衣を脱ぎ、眼鏡を外し、無垢な顔の備品のズボンを脱がしにかかる。 「何をするんでしょうか」 「性欲処理」 備品が眉を八の字にする。 「繁殖行為をお望みなら申し訳ございませんがご期待に添えません。私はただの備品なので、生殖機能は搭載されてないのです」 「アンドロイドに欲情する変態と一緒にするな」 「ならば何故?」 「穴がありゃ突っ込みたくなるのがホモサピエンス染色体XYの本能だから。しばらくご無沙汰でたまってたんだ。わかりやすくいうとむらむらする」 「理解不能です」 「だろうな」 俺は好き好んでアンドロイドを抱きたがる性倒錯者じゃない。ただ、こんなヤツでも女の代用品にはなる。 投獄されてた三年間、監視カメラに見張られておちおちマスもかけなかった。というのは嘘ではないが誇張で、途中から吹っ切れて自慰をした。仕方ない、男は一か月に21回射精しないと死ぬ生き物なんだ。大昔の統計データで見た。 独房に取り付けられたカメラでマスターベーションを見られるのは妥協したが、看守がモニター越しに見張ってない状況で致すのは久しぶりだ。 備品はどこもかしこもすべらかだった。 最近のアンドロイドは本当によくできてる。あるいはコイツ自身、政府の要職の払い下げかもしれない。お偉方には変態が多いのだ。 「感じるか」 「いいえ特には」 「ハッ、正直は美徳、だな!」 備品は不感症だった。張り合いがない。いや、備品に反応を求める俺の方がお門違いかと苦笑する。 この世界には夜しかない。 時間の流れは停滞している。 緩やかに過ぎ行く日々の中、むらむらするたび備品を犯した。 備品を抱くのは自分でヌくよりマシだから。 不感症のでくでも、自分でシコシコ慰めるより人の形をしたものを犯す方が気が晴れる。 「気持ちいいですか博士」 「うる、さい、萎える!」 ああもうだいなしだ、せっかくイけそうだったのに。仕方なくブツを抜き、自分で擦って処理する。 「うッ!」 低く呻いて達する。指に絡む白濁に惨めさが募りゆく。ベッドに仰向けた備品が瞬きもせずこっちを見ている。 「たくさんでましたね」 「……」 いけすかないアンドロイドめ。お前なんてオナホール以下だ。 そそくさズボンをあげて胡坐をかき、備品に指示をだす。 「喘げ」 「?」 「あッあっ、アーッ!って」 「あッあっ、アーッ?」 鸚鵡返しに叫ぶ備品に対しがくりとうなだれる。マジで演技力がない。 「まずは腹式呼吸からだな。続けよ」 その後しばらく二人で発声練習をした。 「あ・め・ん・ぼ・あ・か・い・な・あ・い・う・え・お」 「あ・め・ん・ぼ・あ・か・い・な・あ・い・う・え・お」 「イくーッ、て言ってみ」 「イくーッ?」 「無表情じゃねえか。全ッ然エロくねえ」 俺が表情や声に強弱を付けてお手本をしめしても、備品は困惑するだけだ。仕方ない、アンドロイドには性欲がインプットされてないのだ。 女型なら不感症でも萎えずに抱けたのに……。 「もういい、わかった。お前はただ寝っ転がってりゃそれでいい、及第点の演技力は求めねえ。あとはこっちで勝手にやる」 アンドロイドに演技指導する不毛さに嫌気がさし、毛布をまとってごろんと横たわり、ほどなくして眠りに落ちる。 夢の中に懐かしい男がでてきた。 清潔な白衣を羽織ったなで肩の青年。三年前の記憶と寸分違わぬ容姿に、ああ、夢なんだなあと実感する。 『頼む、サイ』 思い詰めた眼差しで男が懇願する。 『楽にしてくれ』 俺の前に跪いて、縋り付いて懇願する。 俺は断った。当然だ。コイツはいけすかないヤツだが、偉大な天才だ。国の財産だ。コイツと俺はずっと切磋琢磨してきた仲で、ライバルで、共同研究者で。 手の中にプラスチックの質感。見下ろせば注射器がある。シリンダー内の薬液を静脈に注射すれば…… 「!ッあ、」 下半身の違和感に目を開ける。しめやかな衣擦れの音が耳をくすぐり、振り返れば備品がのしかかっていた。 「お前なにして、ぁぐ」 俄かには信じがたいことに、備品に夜這いされていた。 ズボンは足首までずり下げられ、しなやかな指が尻穴をほじくっている。 「博士がとても上手に喘いでいたので、もっと教えてもらおうと思いまして」 「喘いでたんじゃねえ呻いてたんだよ!」 「どうちがうんですか?」 「喘ぐは快楽の信号で呻くは苦痛の信号だ!」 無垢なるピーコックグリーンの瞳が覗き込む。このアホアンドロイドには、三年越しの悪夢にうなされる俺の醜態が喘いでいるように映ったらしい。 「やめ、ッあ、よせ、ふぐ」 「性器が膨張してきましたね。陰茎への刺激で海綿体が充血しています。勃起というんですか?普段の姿勢ではお目にかかれませんでしたが……」 「まじまじ見んじゃねえ!なんでやめないんだ、ご主人様が命令してるんだからどけよ!」 「私は政府の備品、船の備品であり、博士の所有物ではございません」 「な……」 名前を付ければ俺の物。 備品なら公共物。 「搭乗前、マル博士に|命令《コマンド》をインプットされました。どんな手段を使っても構わないから、サイ博士の脳内情報を引き出せと」 音をたて血の気が引いていく。 「それが狙いか」 「私は効率的な拷問手段を知りません。もし力加減を間違え博士の脳細胞を破壊してしまえば、情報を引き出せなくなります。なので博士に教えていただいた手段をトレースします」 「待てよ。お前、俺がしたこと拷問だと思ってたのか?痛みも快楽も感じねえアンドロイドのくせにいっちょまえに根に持って、ヤリ返そうってのか」 胸の内が急速に冷えていく。酷くやけっぱちな気分になって、嗜虐心まで煽られて、せいぜい憎ったらしい顔で人間ぶったアンドロイドを嗤ってやった。 「オナホール以上セクサロイド以下、名無しの備品の分際で」 備品は考える、ふりをする。アナルをほぐす指遣いの再開と同時に、平坦な声音を紡ぐ。 「わかりません。ですが博士は私に挿入する時、毎回辛そうな顔をしていました」 俺は。 「アレは『苦痛』の|信号《シグナル》ではないのですか?」 「っあぐ、ッ」 射精を我慢してたんだ。反論の言葉は喘ぎに散らされ、下肢を引き裂く激痛にシーツをかきむしる。 「アンドロイドのくせにっ……」 激痛と恥辱で生理的な涙が膜を張る。濁る視界の向こう側で、地球がどんどん遠のいていく。備品が人工の声帯で囁く。 「私に『むらむら』を教えてください。博士」 この日から俺達の立場は逆転した。 備品は備品の分際で俺に「拷問」を加えてくるようになった。宇宙船内は逃げ場がない、追い詰められたらおしまいだ。何度も備品に犯された。最悪な事に、備品に人間の犯し方を教えたのはこの俺だ。 「くる、な」 必死に床を這いずって逃げ出す。備品が無関心に歩を詰める。喘ぎすぎて掠れた声で牽制し、壁にもたれてあとずさっても追いかけてくる。 「『拷問』を始めますよ、博士」 アンドロイドには学習AIが搭載されてる。最初は下手でも回数をこなす都度上手くなる。人間もそれは同じだが、アンドロイドが技術や知識を習得するスピードは何百倍も速い。 備品がテクニシャンになるには然程時間がかからなかった。 「今回はデータベースに繋いで人体の構造を学びました。前立腺への刺激で感じる快感は、性器への刺激で感じる快感を上回るんですね。訓練を積めば尿道でも感じるそうなので、いずれ試してみましょうか」 「お前が与えたいのは苦痛だろ、快感を与えてどうする」 備品が機械的に首を傾げる。冴えたピーコックグリーンの瞳に純粋な疑問の色。 「SМを発明したのは人間です。苦痛と快感は脳で接続されると学びました」 「殴る蹴る痛め付けたほうが楽じゃねえか」 「マル博士になるべく傷は付けるなと厳命されています」 俺の体を心配してるんじゃない、俺の頭の中身を心配してるんだ。クソババアめ。 「これはサイ博士の生体反応を解析した結論ですが、度を越した快楽は苦痛に裏返るんです」 アンドロイドの力は強い、俺ではろくに抵抗もできない。素早く白衣を剥がれ、痩せた腹をさらされる。備品がキュッと右の乳首を抓り、左の乳首を揉み転がす。 「ぅあ、ああ」 気持ち悪い。吐き気がする。備品の指が尻に出入りして前立腺をめちゃくちゃに突きまくる。やめてくれと泣いて頼んでもシカトされる、何故なら備品は俺の物でないから。所有者でもない赤の他人、それも囚人の命令を聞く義務はない。 「悪かった、謝る、から!お前をレイプした事反省する、アンドロイドの人権を無視した行いだった!」 「穴があったらむらむらするのがホモサピエンス染色体XYの本能ですよね」 博士が教えてくれたんですよ、と無感動な声音が囁く。 助けを求めて薙いだ手が丸窓に当たり、強化ガラス越しの地球がぼんやり滲む。 「帰りたい、ですか?」 「誰、が、あぐっ」 精一杯虚勢を張って切り返す。直後に尻をこじ開けて偽物のペニスがめりこんだ。圧倒的な質量に息が詰まる。 なんでただの備品にご立派な物が付いてやがんだ、下半身まで人間をまねなくていいだろうに……。 「痛ッぐ、ぁッ抜けッ、死ぬ」 「抜いてほしいなら情報を譲渡してください」 鎖に巻かれた金庫を強くイメージし、くじけそうな気力を立て直す。 「いや、だね」 備品が俺の腰を抱えて乱暴に揺すり始める。悲鳴を噛み殺し、窓に両手を突く。額をあて、頬を潰し、抽送の動きに合わせて擦り削る。 地球を見ながら犯されると情緒がぐちゃぐちゃになる、本当に捨てられたのだと思い知らされるみたいで……。 あの美しい星の誰も、俺の身に今起きている事を知らない。 「身体に負荷がかかっています。可及的速やかに情報の譲渡を推奨します」 世界の底が抜けたような絶望感。あるいは孤独感と疎外感にうちひしがれ、へたれた腰を引き上げられる。 「痛くて苦しくて哀しくて辛いですね、博士」 「黙れ、よ、ぁッあ」 窓枠にしがみ付き、俺もお前も何もかも今すぐ壊れてしまえと指を食い込ませる。 「苦痛から解放されたければ、頭の中の金庫を開けてください」 地球は遠く手が届かず、俺は笑っちまうくらいひとりぼっちだ。 『そろそろ話す気になったか?』 地球が霞む。 青が滲んで広がる。 備品の片手が股間に回り、萎れかけたペニスをしごきたてる。 「ンっあ、やめ、そこさわんなっ、ィっく」 宇宙船の窓からは遥か遠い地球が見える。強化ガラスは固く冷たく、押し付けた顔の火照りを吸い取っていく。備品はちっとも手を緩めない、裏筋にくぐらせた指を操り容赦なく責め立てる。鈴口に膨らむ透明な雫がパタパタ床を叩き、前立腺を打ち抜く衝撃に全身がわななく。 「地球に欲情してるんですか、博士。変態ですね」 「ちが、ぁあっ」 「故郷に帰りたいですか?」 窓に五指を開いた手をあて、地球を掴む。どんなに狂おしくあがいても無駄だ、距離が離れすぎている。直後に体内が不規則に痙攣し、勢いよく仰け反る。 「~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッ!」 ドロリとした白濁が窓にとぶ。 精液が垂れ流れる窓を一瞥、涼しい顔で備品が呟く。 「地球を汚してしまいましたね。白い雨が全域に降ってるかもしれませんよ」 「……多分酸性だな」 以来、備品は俺を窓辺で犯すようになった。ヤる時は後ろを向かせ、両手を窓に突かせる。俺は強化ガラスに映る自分の痴態と向き合うはめになり、死ぬほど恥ずかしい。 「データーベースに接続して亀甲縛りの情報を取得しました。試してみましょうか」 「どこに縄が」 「シーツを縒って作ります」 「研究熱心なこって」 俺と備品は地球を見ながらセックス漬けの毎日だ。備品はどんどん上手くなる。俺は俺の体の奥の前立腺の存在と、コイツがXY型である現実を呪うしかない。一方、意地でも名前は付けなかった。相手が人間じゃなくても……だからこそ、馴れ合いはごめんだ。 ある日のセックスのあと、ベッドにぐったり寝転がって聞いてみた。 「お前、勃起はできるのに射精はできないのか」 「必要ありませんので。その方が衛生的ですし」 「後始末の手間は省けるけど……」 開発者の脳味噌を解剖してえ。他のアンドロイドもこうなのだろうか?備品と出会うまで、ろくに接してこなかったからわからない。ロボット工学は専門外だ。 体液が乾いた全裸によれた白衣を羽織ってため息を吐く。素肌には痛々しい縄目が残っていた。床にはシーツを縒って作った縄が落ちている。 「私の亀甲縛りはいかがでした?」 いっそ無邪気に感想を求められ、憮然と返す。 「60点。100点満点で」 「そうですか……」 備品が落ち込む。なんで俺は亀甲縛りの採点をしてるんだ?人間臭いリアクションがおかしくて、ほんの少し吹き出しちまった。 そろそろ頭がおかしくなり始めてるのかもしれない。独房にいた頃から兆候はあった。 備品が不思議そうな顔をする。 「博士……慣れてきました?」 「順応したんだよ」 人はどんな酷い環境にも順応できると、できてしまうと、三年間の経験則で痛感した。 「真っ白い部屋」 唐突に呟く。備品が表情が空白になる。俺は淡々と続ける。 「……真っ白い部屋にいたんだ、ずっと。その部屋には窓がなくて四方が白い壁に囲まれている。音は一切遮断されててクソ静かだ。天井にはカメラがあった。一日一回アナウンスが入ってこう聞くんだ、『そろそろ話す気になったか』って」 判で押したようなセリフが耳に甦り、乾いた失笑をもらす。 「しまいには上も下も前も後ろも、自分がどこにいるのかもわからなくなった。俺に時間を教えてくれるのは一日二回配給される飯と例のアナウンスだけ。一週間に一回だか一か月に一回だか、看守のお付きでシャワーは浴びられたけど」 三か月に一回だったかもしれない。わからない。独房にはカレンダーもなかった。 当時と比べたらドライソープとドライシャンプーで身を清められる今の方が衛生的かもしれない。 「最初の頃は暴れ狂った、ここから出せって訴えた。でも途中で諦めて、何日も何か月もただ白い壁を眺めて過ごした」 独房の壁には自殺防止用のクッションが敷き詰められていた。頭をかち割って死ぬこともできない。精神的拷問。 「俺を徹底的に隔離した政府の意図はわかる。看守に化けて潜りこむスパイもいたし」 俺が周回軌道刑に処された理由もわかる。ここなら誰も手出しできないし安全だ。近くにいるのは政府の備品、ただのアンドロイド。うっかり頭の中身を漏らしちまっても敵国に渡らないですむ。 「早い話、大気圏外に|厄介払い《スポイル》されたのさ。俺が地球にいる事は誰も望んじゃない」 枕元の眼鏡をかけ、汗と脂でべと付いた髪を無造作にかき回す。 備品が無表情に聞く。 「ご家族や恋人も?」 「いねえよ」 「友人は」 「死んだ。てか殺した」 俺がこの手で。 不安定な沈黙が落ちた。しけった髪の感触が不快で手をおろす。 「政府主導プロジェクトの共同開発者だった」 俺の帰りを待ってる人間はいない。膝を抱えて呟けば、備品が膝這いで近寄ってくる。 「洗髪します」 「え」 意外な申し出にたじろぐ。 備品の顔は大真面目だ。 「……それも拷問の一種?」 「いえ。なんだかしたくなっただけです」 「アンドロイドが?自分から?馬鹿げてる」 厭味ったらしく区切って念を押す。人工の表情筋は微痙攣すらしない……何考えてんだかさっぱり読めねえ。 即座に手を払おうとして思いとどまったのは、誰かに髪にさわられるのは本当に久しぶりだと思い出したから。 「博士に触れてもよろしいですか」 備品の細く美しい指が、俺の後ろ髪を優しく梳く。 「……馬鹿げてる」 潰れた声が負け惜しみのように響く。アンドロイドに自発意志があるなんて信じられない。 態度を決めかねている俺をよそに、備品はさっさとドライシャンプーの封を切って手に塗し髪に塗り込んでいく。 裸に白衣だけ纏ったあられもない姿でベッドに体育座りし、備品に背中を向ける。 静かだ。とても。 窓の外には出来すぎた書割みたいにぽっかり地球が浮かんでる。 「髪。切りたいですか?」 襟足に少しかかる程度に伸びた後ろ髪を備品がすくって訊く。 「ふたりぼっちで身だしなみにかまってもしょうがねえ」 ここには俺とコイツしかない。どうせもう二度と人前にでる機会はないのだ。 備品は至極丁寧な手付きで髪を洗い整え、頭皮に揉みこんでいく。 「昔は七三分けに眼鏡だったんだぜ、笑える。この白衣だってピンと糊が利いてた、服も中身もくたびれちまった」 厭世的に自嘲すれば、備品が俺のうなじをじゃれかかるようになであげて囁く。 「七三分けとは何でしょうか」 「ああ……そうか、知らねえのか。七三分けってのはこーして」 前髪をぴっちり7:3に撫で付けりゃ備品がぽかんとする。ド滑りして顔が火照った。 「今のナシ。忘れろ」 「了解しました」 膝を抱えて縮こまる俺の後ろで、頭髪全体にドライシャンプーを塗し終えた備品が身を引く。 「完了です。いかがでしょうか」 強化ガラスを鏡代わりにして仕上がりを確かめる。 「……70点」 「100点満点中?」 「さあな」 その日の悪夢は極め付けだった。 『お待ちかねのシャワーの時間だぞ、博士』 独房の扉がスライドし看守が出現する。逆光に塗り潰され顔は見えない。俺はベッドに腰掛けていた。そのままぼんやりしていると、前に回された両手に手錠が嵌まる。 『今って西暦何年何月何日』 『自分で考えな』 ここにきてから一年……二年……三年?わからない。独房には刺激がない、外の変化を知る手段は奪われている。普通の囚人なら差し入れも許可されている。俺は例外だ。ベッドから腰を浮かした瞬間よろめいた。 頼りなく泳いだ膝を伸ばし、辛うじて踏みこたえる。やっぱり最低限の運動はしないとだめだ、歩けなくなっちまうと反省した。 白い部屋の中をぐるぐる回るんだ、ぐるぐるぐるぐるぐる滑車を回すハツカネズミみたいに。 独房から引っ張り出された俺のすぐ後ろを看守が歩く。目の前には長く平坦な廊下が続く。 『アンタも強情だな、いい加減喋ったらどうだ。そうすりゃ娑婆に出れんのに』 『致死量の自白剤でも打てよ。その際は俺のオツムもパアになるだろうが、国家的にはとるにたらない損失だろ?』 シャワー室に連れてこられた。久しぶりに身体を洗える。ホッとした次の瞬間、でかい図体が背中にのしかかってきた。 『ッぐ!?』 分厚い手が後頭部を掴み、顔面を壁に押し付ける。荒い息遣いがうなじに湿らせる。性急な衣擦れの音に次いで体中を這い回る手。 『何、を、かはっ』 『言ったろ?上はじれてんだ。アンタに普通の拷問はきかねえみてえだから、今回から趣向を変えろってお達しだ。悪いがこっちも仕事なんでね、命令にゃ逆らえねえだろ』 看守がバルブを開栓する。シャワーの水音が声を消し、濛々と舞い上がる蒸気が視界を隠す。 下着をおろされ尻を剥かれた。 咄嗟に閉じようとした両足の間に膝が分け入り、肛門に太く固い剛直がみちみちめりこむ。 『~~~~~~~~~~ッあぁ』 激痛で瞼の裏が真っ赤に染まる。裂けた尻から血が滴り、タイルの水たまりで薄く伸ばされる。看守は下卑た舌なめずりをし、俺をバックで犯し始める。 熱と痛みで頭が朦朧とする。 『独房でマスかいてたよな。ありゃ挑発か』 『ふざ、け、お前が勝手に見たんだろ、ッぁあ』 『嘘こけよ、股おっぴろげて気分出してたじゃねえか。白衣着たまんまびんびんにおったてて、猿みてえによ。だるい任務にオカズを添えてだしてくれるとか親切だな、シコリ甲斐あったぜ』 壁にもたれ、キツくキツく目を閉じてこの生き地獄が一秒でも早く終わってくれるようにと祈る。 『まったくよぉ、お偉い科学者サマが考えてることはっ、わかんねえぜっ!政府のプロジェクトの主任に選ばれて将来安泰だってのにッ、せっかくの出世を棒に振ってッ!』 痛い。キツい。膝裏が体重を支えきれずがくがく痙攣する。ずぶ濡れの着衣が肌に張り付いて気持ち悪い。 『そろそろ話す気になったか』 憔悴しきった俺を激しく犯して看守が哄笑する。 『言えよ。なんで親友に薬を打った』 頭の中に金庫を思い描く。 『大学の同期だったんだろ?ああでも同い年じゃねえのか、むこうは飛び級だって話だもんな。手柄をとられて妬いたのか、あっちは天才でお前は秀才、所詮は努力の人どまり。年下のダチに追い越されちゃ屈辱だよな、気持ちはよ~くわかる』 ほらふきめ。 『目障りだったんだろ?蹴落としたかったんだろ?研究成果を独り占めしたかったって認めちまえよ、ほら』 『ぐ……』 奥歯を砕けるほど噛み締めて声を殺す。シャワーの音がうるさい。誰も助けに来ない。看守がちゅぱちゅぱ耳たぶをしゃぶる。 『ひょっとしてデキてたのか。痴情の縺れが原因か』 『俺、はッ、ヘテロセクシャルだ』 反論の声は弱々しすぎて説得力を持たない。パンパンに詰め物された腹が苦しい、胃袋を底上げされて喉に吐き気が閊える。 『下になんのはどっちだ?お前……じゃねえな、たった今処女切ったし。別れ話がこじれてブスっといっちまったのか、おっかねえ!何とか言えよ変態科学者サマよぉ、共同でナニを開発してたんだ』 『あッ、ぐ、ふぅッぐ』 でかいペニスが出たり入ったり前立腺をぶっ叩く。シャワーから注ぐ湯にむせてえずく。 『東洋人は華奢で小柄で体毛が薄いな。おまけに童顔だ、ガキをいじめてるみてえで興奮する。29って本当か?サバ読んでんじゃねえの』 『ッぐ、は』 想像上の金庫を鎖でぐるぐる巻きにする。 それからはシャワーを浴びるたび看守に犯された。行為は次第にエスカレートし、本番の前と後には跪いて、口での奉仕を強いられるようになった。 『涙目がそそるぜ。全然声ださねェのな。不感症かい』 ……せ、博士?」 間一髪、息を吹き返す。全身が寝汗でぐっしょり濡れていた。ベッドに上体を起こし、手探りで眼鏡をかける。 「……喘いでたか?」 夢の中で。 犯されて。 フラッシュバックして。 備品は何も言わない。その瞳は痛みを堪えているように、俺に同情しているように見える。 「……アホくさ」 目尻のしずくを弾く。涙なんかただの生理現象だ。組成は海と大体同じ、塩辛いだけの水。 ピーコックグリーンの瞳に疑問符が浮かぶ。 俺は無理して笑った。 「上の命令なんて大嘘だ。上に報告行ってんなら、力ずくでいうこと聞かせんのは無理だってわかりきってんじゃねえか。お前と抱き合わせで送られるはずねえ」 何度犯されても口を割らなかった。靴をなめさせられても、アレをしゃぶらされても、シャワーヘッドを使った自慰を命じられても。 俺はシャワーが嫌いだ。怖いのだ。ドライソープは有難い。 備品を犯す時に顔をしかめたのは、コイツの姿に俺自身がだぶったから。 犯す側に回り、罪悪感に襲われたから。 あんなのはセックスのうちに入らない、ただのレイプだ。 だからこそ早急に記憶を上書きする必要があった、備品を犯すのがトラウマを乗り越える近道だと信じていた。 でもなんで。 看守に無理矢理された時は勃起も射精もしなかったのに、なんでコイツの時は。 「かはっ!」 ヒューヒューと不規則に呼吸が詰まる。突然、人工の腕に抱きしめられた。 「今のは『喘ぐ』とは違います。痛くて苦しくて哀しく辛そうでした」 「痛いのも苦しいのも哀しいのも辛いのもわかんねえくせに」 俺はコイツを見下してた。なのにコイツは、こんなどうしようもねえ俺に寄り添おうとする。 備品が俺を包み込んでポツリと零す。 「誤解していました。博士は拷問に慣れてきたのではなくて、予め慣らされていたのですね」 「順応って言え。それか学習性無気力」 至近距離で覗き込まれて不覚にもドキリとする。備品の瞳は地球と同じ色だ。 俺が失ってしまった居場所、帰りたくても帰れない場所とコイツの瞳は通じている。そんな錯覚にとらわれる。 ふいにコイツを俺の物にしたくなった。備品の胸に寄りかかり、小声でおずおず提案する。 「……名前。ラビはどうだ」 「ラビ、ですか」 「ユダヤ教の聖職者の意味。ヘブライ語じゃ〈私の主人〉って呼びかけだそうだ」 「私の方が主人でいいのですか?」 「皮肉が利いてるだろ」 俺は備品に|「ラビ」《ご主人様》と名付けた。突然の命名に困惑するラビに近付き、唇をはむ。柔らかい。生意気なことに、人間の感触を完璧に再現してやがる。 片手をラビの頬に添え、片手で眼鏡を取り払い、不敵な笑みで唆す。 「抱いてくれよ、ラビ。今度はちゃんと喘がせてくれ」 俺はラビとヤりまくった。 俺たちは前にも増して拷問にのめりこんだ。ラビは調子こいて色々な体位を試したがる。 「ッぐ、キツっ、ぁ」 「苦しそうですね博士」 「お前の深、ぁぐ、奥まで届くんだよッ……」 俺は慎重にラビに跨る。今日は騎乗位に挑戦した。ちなみにどちらも仲良く全裸だ。ラビのペニスはラビの指に似て長くしなやかだ。 「は……」 顎先に合流した汗が滴り、ラビの胸板で弾ける。ピーコックグリーンの瞳に戸惑いめいた淡い感情が浮かぶ。 「イケますか」 「るせ……んッ、あっ、ふぁ、ああン」 腰を落とすなりずくんと芯に響き、甘ったるく媚びた声が迸る。 見下ろす胸板では乳首がはしたなく尖ってた。俺の体もすっかり淫乱になったもんだ。 今じゃラビに性感帯を開発し尽くされて、じかにさわられてもねえのに勃っちまってる。 「正常位より挿入の角度が深いですね。直腸の温度が上がってます」 「いちいち萎える報告すんな、ぁあっ!」 この姿勢だとどっちが犯してるのかわからねえ。さらなる快楽をねだって腰を揺する俺に手を伸ばし、相変わらず無垢な瞳でラビが尋ねる。 「勃起してますね。気持ちいいですか、博士」 『そろそろ話す気になったか』 俺を後ろから犯す看守の顔がフラッシュバックし、たまらずせがむ。 「その呼び方やめろ。サイって言え」 「サイ博士」 「呼び捨て」 俺はただのサイ、コイツはただのラビ。 ラビが「了解しました」と返事をよこし、俺の腰を掴んで固定する。アンドロイドの手でしっかり支えられ、今度は激しく突き上げられる。 「あッ、ぁあっイっ、そこっイくっ、止まんねッ、ぁッ、らび」 抉り込むように捏ね回す。さらに結合が深まって、もどかしさに浮かされて自分の乳首をじくりまくる。 「括約筋が収縮しました。私のペニスが前立腺の真裏にきているのがわかりますか」 「ンあっ、あたッ、や、ィくっすげ、ンなの初めて、でけえのくるッ」 「臀部が跳ね回ってますね。情報を譲渡していただければ早く楽にしてあげますよ」 頭の中に何重にも鎖で縛り上げた金庫が像を結ぶ。 「鍵、は、捨てた、んでね」 息も絶え絶えに返し、前屈みに弾む俺の乳首をラビが摘まんで引っ張り、カウパーに粘るペニスがヒク付く。 「乳首イくッ、ラビ」 「心拍数血圧上昇、陰茎が肥大し体表温度も急激に上がっています。射精欲の高まりに比例してドーパミンが過剰分泌されていますね」 アンドロイドは射精をしない。したがってペニスは萎えない。 「ペースを速めるのでオーガズムに達してください」 「待」 数値でも読み上げるように生体反応を解析され、勢いも体積も衰えることを知らないペニスで前立腺を責め立てられ、脊髄から脳天へと稲妻の如く快感が駆け抜ける。 「ぁ――――――――――――――――ッ……」 俺たちは数えきれないほど体を重ねた。拷問の建前は既に消滅していた。ラビは俺を求め、俺もラビに縋り、途方もなく長い|周回軌道刑《コスモループ》の虚無を耐え忍ぶ。 セックスのあとはラビに髪と体を洗ってもらうのが習慣化した。 ラビはベッドで後ろを向いた俺の髪を梳き、丁寧にドライシャンプーを塗していく。ラビの手にさわられると、神経が通ってない髪の毛が何故かくすぐったくなる。 とはいえ一日中セックスをしてても飽きる、何より体力が続かないし腰が死ぬ。起きてから寝るまでの間、俺はラビを生徒にして雑駁な知識を教えることにした。 「地球は何故青いのですか」 「諸説ある。地球の広範囲を占める海とオゾン層が青く見せているとも太陽の光のせいともいわれる。太陽の光は虹の七色が混ざり合ったもので、その中で最も深い所まで届くのが青の光なんだ。他は海水に吸収されて消えちまうわけ」 「そうなのですね」 「空気の粒や微小な塵に青い光が反射すんのも一因だな。ちなみに人間も体ん中に海を持ってる」 「?」 「涙だよ。コイツは塩分を含んでる、血と汗と同じ成分でできてるからしょっぱいんだ」 「サイは物知りですね」 「義務教育でやった所だよ」 気のせいか、ラビは知識が増えるにしたがって感情表現が豊かになっていった。 「お願いがあります。もっとサイの事を教えてください」 「まだ諦めてねえのかよ」 「そうじゃありません。いえ、そちらも話してくださればマル博士が喜ぶのですが」 「じゃあ何」 「サイはどこで生まれどう育って、今ここにいるのですか?」 残酷な質問だった。跳ね付ける事もできた。そうしなかったのは俺も大概暇してたからだ。 小さく息を吐き、窓の外の地球に視線をやって語り始める。 「俺は難民だった。元いた国は戦争で滅んだ、らしい。親がそういってたよ。ガキの頃はキャンプで暮らしてた。父親は四歳の時に、母親は九歳の時にくたばった。そのあとはボランティアに保護されて施設送り。園で受けた知能テストの結果が上々だったんで、政府の援助を受けて大学まで出してもらえた。奨学生ってヤツ」 親の顔はもうおぼろげにしか思い出せない。ラビが声をひそめる。 「ずっと一人だったんですか」 「ダチはいた。一人だけ」 俯けた顔が自然と和む。 「ソイツとは大学で出会った。研究分野が同じだったせいかよく喋るようになって、気付けばお互いんちを行き来して、飲み歩くようになっていた。共同で論文を発表したこともある」 縋り付く手。 潤む瞳。 『頼むサイ』 「……アイツは天才だった。年は6歳下だけど俺よりずっと出来がよくて、教授の覚えもめでたかったよ。次々と画期的な発表をして持て囃された。正直妬けたよ、対抗心バチバチ。向こうは一切気にしちゃなかったが」 「以前サイが言ってた、サイが殺した友人ですか」 ラビの言葉が心臓を切り裂く。のろくさと顔を上げて振り向けば、ラビが切なげに顔を歪めていた。 「そうだよ、ぶっ壊してやった。すっとしたね」 あっさり肯定する。ラビが何か言おうと口を開き、また閉ざして話題を変える。 「サイがいた国はどこですか」 整った横顔を見せ、窓へと向き直るラビ。視線の先にはちっぽけでまん丸い地球があった。 「生まれた国?育った国?」 「両方とも」 「生まれた方は小さすぎて見えねェな……|シーホース《タツノオトシゴ》みてえな面白え形の島」 「検索しました。こちらで間違いありませんか」 「そーそーこんなの」 ラビが手乗りシーホースの立体映像を映し出す。俺は立体映像を握り潰し、またパッと離す。特に意味はない、ガキっぽいきまぐれだ。ラビの口元がかすかに綻ぶ。 「今の行為に生産的な意味はねえ」 「したくなったからしただけですね。育った国は」 「海を隔てた向こうの大陸」 窓辺に歩み寄り、指をさして教える。ラビは熱心に聞いていた。ピーコックグリーンの瞳には初々しい好奇心が芽生えている。 「宇宙じゃ国境なんか見えねえのに、そんなもん広げる為あっちこっちにでっかい戦車や兵器送り込んでよ。お偉方は無駄遣いが好きなんだ。まあ、研究資金が潤ったのは有難かった」 強化ガラスに映る自分の顔は老けていた。眼鏡の奥の瞳には乾いた諦観が沈殿している。 ラビの瞼がピクピク痙攣しだす。 「マル博士からメッセージを受信しました」 「繋げ」 ラビが瞼を上げて虚空に立体映像を投影する。 『前回の通信から三か月ぶりですね』 「もうそんなにたってたんですか。姦淫、もとい光陰矢のごとしですね」 『少しやせました?』 「周回軌道式ダイエットです。体重計がないんで実際の所減ってんのかわかりません」 『今回は催促に来ました』 嫌な予感が掠める。 マル博士が固い表情で告げた。 『まだ気は変わりませんか』 「はい」 『頭の中のデータを渡せばすぐにでも地球に帰ってこれるのに』 「人間の頭の中ほど完全に安全な金庫はないらしいですよ。友人のうけうりですが」 『戦局は悪化しています。形勢逆転には例の作戦を実行するしかありません』 「式もわからないのに?あてずっぽうは無意味です、天文学的な数列の組み合わせになる」 マル博士の瞳は冷たい。 『あなたや彼ほどではないにしても、研究所にはまだ有能な人材が残っています。彼等の叡智を結集すれば式の余白を補填できます』 「俺を殺さず宇宙にほっぽりだしたのは情報をしぼりとりたいからでしょ。お願いですから地球に帰してくださいって、泣き付いてくるのを待ってんですよね」 口元が毒々しい弧を描く。 「反吐が出ます」 『サイ・キサラギ』 「地球には帰りたくありません。冗談じゃない。戻ったところで独房行きでしょ、それとも詫びを入れて主任に復帰しろと?」 『我々のプロジェクトにはあなたが必要です』 「俺の頭脳がね」 『ラビウイルスの完成にはあなたの』 拳に衝撃が走る。 力任せにコンソールを殴り付けたのだ。 「付けるなら俺の名前にしてくださいよ、サイウイルスの方が断然イケてるじゃないですか」 立体映像がノイズでブレる。マル博士な沈痛な表情で黙り込む。 『しかたありません。この手は使いたくなかったのですが』 マル博士が誰かに指示をだす。映像が切り替わる。そこは俺がいたのと同じ、真っ白な独房だ。窓は一切なく、四面の壁には自殺防止用のクッションが敷き詰められている。 息が止まった。 『あぁ、あ―』 真っ白な独房のベッドに、拘束衣を着せられた男が腰かけている。しまりのない口から垂れ流される涎。目の焦点は合ってない。だらしなく弛緩した表情のどこにもかつての天才の面影はない。 俺がこの手で殺した、俺のただ一人の友達がそこにいた。 『自分が殺した……いえ、壊した男を目の当たりにした気分はいかがですか』 手から腕へ、全身へと震えが広がっていく。 『よく見なさい。あなたが薬を投与して廃人にしたんですよ』 マル博士が淡々と責める。俺は見当識を失い、現在か過去かもわからない無重空間に放り出される。 なあサイ頼む。もういやなんだよ、耐えられない。俺には良心があるんだよ。こんなもの世に出しちゃいけない、作り出そうとしたのが間違いだったんだ。ばかげてる、何が新種の細菌兵器だ。 俺はこんなものの為に勉強したんじゃないぞ、お前だってそうだろ、母親がウイルスにかかって死んだから防疫の研究を始めたって学生の時に話してくれたじゃないか。 こんなものあっちゃいけない、作っちゃいけない。特定の遺伝子配列にだけ感染して絶命させるウイルスなんて……コイツが世に出たらどうなる?特定の肌の色の人間だけ殺し尽くせるようになるんだ、染色体異常の人間だけ選んで殺せるようになるんだ、何百年も前の誰かが勝手に決めた優生学の悪夢を実現できるんだよ! 頼むサイ、その手の中の薬を打ってくれ。二度ともとに戻れなくてかまわない、俺の頭を完膚なきまでぶっ壊してくれ。兄さんのように思ってるお前にしか頼めないんだ。 俺達の国は戦争してる。俺もお前もこの国を勝たせるために研究にうちこんできた、それが最高学府まで出させてくれた国への恩返しだと信じてきた。 でもだけど、コイツはだめだ。 |絶滅《ジェノサイド》のトリガーになる。 『あなたがしたことは殺人未遂です。ラビ博士のご家族に恨まれてる自覚がありますか』 お前の手で終わらせてくれ、サイ。 コイツは金庫にしまって、ブラックホールに捨てるんだ。 『拘束衣を着せているのは目を離すと自傷行為に走るからです。髪の毛を抜いたり顔中かきむしったり……我が国最高の頭脳と一人の人間の尊厳を破壊して、罪の意識は感じないのですか』 立体映像のラビはあはあは笑っている。そろそろ話す気になったか、と聞き飽きたアナウンスが響く。 『答えなさいサイ・キサラギ』 そろそろ話す気になったか?あはあは。そろそろ話す気になったか?あはあは。そろそろ話す気に…… 「強制終了します」

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