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第2話

アンドロイドのラビの声が割り込み、映像がプツンと途切れる。 俺は立ち上がる気力も尽きてへたりこんだまま、自分の膝を見下ろしていた。 「ラビ、とはご友人の名前だったのですね」 「ああ」 「私は代用品だったんですか」 ラビの声色が寂寥を含んでいるように思えたのは、きっとくだらない感傷だ。 「自分がぶっ壊したダチの代わりにしたってのか?悪趣味な発想だ」 話し相手が欲しかった。 暇を潰せる何かが欲しかった。 ラビが人間をよくまねた表情でもどかしげに言い募る。 「サイはラビ博士に恋愛感情を抱いていたのですか」 「オリジナルに妬いてるのか?」 立体映像のラビとマル博士の顔が錯綜し、噴き上げる激情に駆り立てられるがまま、脱いだ白衣を壁に叩き付ける。 「ラビは社会的に死んだ。今のアイツは廃人だ。ラビは痛みに滅法弱いから、ああしなけりゃ拷問で口を割ってたに決まってる。俺はラビが望んだようにしただけ。一人で死ぬ勇気もない臆病者を手伝ってやっただけ。 なのに何で」 何で俺だけ、貧乏くじを? 「お前はあの女が送り込んだ|流刑船《スポイラー》付きの備品だ、俺の頭の金庫から情報を引き出すのが目的でそれ以外はどうでもいいんだろ。お生憎様、ウイルスは未完成だ。俺の式をあてはめて、初めて活性化するんだよ。連中が俺を生かさず殺さず閉じ込めてんのは俺がいなきゃ戦争に勝てねえからさ!」 なにもかもがどうしようもなく理不尽だ。 俺にはラビと違って科学者の高尚な良心とかンなもんないし出世できりゃどうでもよかった、だけど弟みてえに可愛がってたアイツが泣いて頼むからほだされちまった、人生めちゃくちゃにされたのは俺の方だ。 なのになんで、まだ義理立てしてるんだ? 金庫を開けて全部まるごと渡しちまえよサイ・キサラギ、それで万々歳じゃねえか。 俺は地球に戻れて、復職が叶って、なにもかも元通り上手くいくじゃねえか。 俺の一存で地球が滅んだって…… 「開けよ!早く!このポンコツ!」 ガンガンと蹴り付けてガンガンと殴り付ける。コイツは内側から開かない仕様になっている。クソ上司はそれを見越して自殺を唆したんだ、全くいい性格だ。ラビが俺を羽交い絞めで引き剥がす。 「宇宙空間には酸素がありません、外に出たら窒息死します」 「どうせぐるぐるぐるぐる永遠に回り続けるだけだ、死ぬまでずーーっと指咥えて地球を眺め続けるだけの一生だ!ビタミン剤は一年で切れる、そしたらどっちみち飢え死にじゃねえか!教えてやるよラビ、|周回軌道刑《コスモループ》の別名!どこの誰が言い出したんだか|廃棄物刑《デブリ》ってんだ、|流刑船《スポイラー》に帰投ルートは入力されねえ、俺たちはばらばらの|宇宙ゴミ《デブリ》になるんだよ!」 ずっとずっと心を殺そうと努力し続けてそれは半ば成功していたのに、全部おじゃんだ。周回軌道刑を宣告された時も、本当は膝から崩れ落ちそうだった。 どうせ俺はゴミになる、くそったれアンドロイドと心中を運命付けられてるんだ。 「やめてください」 アンドロイドに自傷行為を阻まれた。俺に傷が付くのは「上」の意向に反するらしい。 「金庫の中身が目当てなんだろ、ならかち割ってやるよ、手ェ突っ込んで取り出せよ!」 自分の命すら自分の好きにできないのが惨めで悔しくて情けなくて、めちゃくちゃに暴れても振りほどけず、狂った絶叫を上げる。 二の腕に鋭い痛みが走った。見ればラビが構えた注射器が刺さってる。 「鎮静剤です」 視界が歪む。意識が遠のく。倒れ込んだはずみにラビの上着を掴み、ゆっくりとずりおちていく。 ラビは哀しげに見守っていた。 この日から俺は、生きるのをやめた。セックス以外何もしなくなったというのが正しい。 「栄養補給の時間ですよ、サイ。口を開けてください」 「…………」 ベッドの上で体育座りして呼びかけを無視する。俺が一言も発さずにいると、遠慮がちに白衣の裾を引いて促す。 「もう3日も食べてません」 「俺たちが宇宙に捨てられて何日目だ」 「182日と18時間2分12秒です」 ラビが即答する。自分が空腹かどうかはよくわからない。咀嚼も嚥下も億劫だ。 「さあ」 握らされた錠剤を力なく放る。赤と青のカプセルが床で転々とはねる。ラビは文句も言わず拾いに行く。 「む」 色気のない呻き声。口移しで飲まされた錠剤が舌を経て、喉を滑り落ちていく。両手をばた付かせ抵抗するもあっさり組み敷かれ、器用に蠢く舌に二粒目を押し込まれた。 「やめ、ンっぐ」 「きちんと飲めたら『拷問』してあげますね」 拷問。その単語に脊髄反射で快感が駆け抜け、股間が固くなる。ラビの舌が口ん中を大胆に這い回り粘膜をとろかしていく。唾液を捏ねる音がぐちゃぐちゃ淫らがましく耳を犯す。 ラビは|断食《ストライキ》すら許してくれない。錠剤の摂取を拒めば無理矢理飲ませてくる。俺の体はキスだけで浅ましく反応し、シャツに乳首の尖りを透かせる始末。 「ラビ、もっと、めちゃくちゃしてくれ」 金庫。鎖。俺の罪。忘れたい。 あんなちっぽけな星に住んでる顔も知らない連中の生き死になんて、さっさと売り渡しちまえりゃ楽なのに。 『お前の手で終わらせてくれ。コイツは金庫にしまって、ブラックホールに捨てるんだ』 たった一人の友達と交わした約束に縛られて、ありもしないはずの良心が疼いて、できないんだ。 何も考えたくない。頭が空っぽになるまで拷問してほしい。 欲望と衝動に駆り立てられ、ズボンを剥いだ股ぐらにしゃぶりつく。コイツはセクサロイドじゃないから都合よく潤滑剤は分泌しない、したがって口でやるしかない。 「ん、ふぁ、んぐ」 「サイ……一気に頬張ると咽頭に閊えますよ。ペニスの体積が口腔を圧迫しています、酸欠に気を付けて」 「お前、の、キレイだな」 股ぐらに顔を突っ込んで亀頭を含み、美しく反った陰茎をまんべんなく舐め回し、裏表に唾液を塗していく。 上方のくびれに手を添え、浅く早く深く激しく吸い立てる。ちぢれ毛に覆われた看守の醜悪なペニスとは大違いだ。 「唾液の分泌量が増えました。口内の粘膜が蠢動しています」 「気持ちいいって事か?回りくどいな」 棒読みで実況するラビに失笑し、フェラチオを続けながら後ろに手を回す。じれったげにズボンを下ろし、十分に唾液を絡めた手でアナルをほぐす。 「んッ、はぁ」 「サイは肛門に指を挿入するだけで気持ちよくなれるのですか」 「俺、みてえなのを、ド淫乱っていうんだよ。覚えとけ」 「了解しましたド淫乱なサイ。排泄器官で自慰をするのは楽しいですか」 「お前ッ、のを、奥まで咥えこむためにッ、はぁ、気持ちわりぃのがまんして下ごしらえ、ッしてんだ、ふぁ」 ぞくぞくして言葉にならない。フェラチオとアナニ―が気持ちいい。ピーコックグリーンの瞳が冷え冷えと俺の痴態を記録する。ラビの肩越しに見える地球は今日も無関心に美しい。内股のもぞつきが伝わりペニスが勃起する。 「ンっぐ、 ぁッあうッ、んっふぅっ」 ぐちゅぐちゅとアナルをかき回す。三本指を束ねても前立腺に届かずもどかしさが募り行く。俺の視線が自分を素通りして地球に注がれてるのに気付いたのか、急に肩を掴まれた。 「地球に欲情するなんて倒錯しています」 前と同じ事を言われた。前と違って切羽詰まっていた。まるで嫉妬。俺は堂々と開き直った。 「上等。地球にぶっかけて、俺の子を孕ませてやる」 「させません」 ラビがきっぱり告げ、銀のトレイに乗せた医療器具を取り上げる。 「性行為用ではありませんが、データベースにはその用途にも使えると記載されていました。感染症対策は万全ですのでご心配なく」 思いがけない成り行きにヒュッと喉が詰まる。恐怖と驚愕に目を剥く俺ににじり寄り、ラビが柔らかく囁く。 「人間の男性は尿道でも快感を感じるようにできてるんです。人体構造的に尿道は前立腺に接しており、管に抜き差しされるとダイレクトに刺激が伝わるんです」 「ッ、嫌だ、さわんな」 「めちゃくちゃにしてくれと|命令《コマンド》を入力されました」 「傷口から雑菌入ったら膿むだろ、絶対いてえ……ケツなら好きにしていいけどそっちは」 シーツを蹴ってあとじさるも、足首を掴んで引き戻される。 「折角ほぐしていただいたのに申し訳ありませんが、今日は『前』だけでオーガズムに達してもらいます」 ラビが噛んで含めるように言い、医療用カテーテルの管をぷくりと膨れた鈴口にあてがう。管の先端がカウパーのぬめりに乗じ尿道にさしこまれ、激痛が駆け抜ける。 「いぅッぐ、ぁあぅぐ痛ッぐあ」 今まで経験した事ない痛みと掻痒感が思考を乱す。 「まだ先端だけですよ」 ラビが調律師と紛う手付きでカテーテルを操り、鈴口に挿入した管を抜き差しする。ずぼずぼほじくられる痛みがやがて痛痒さへ代わり、恥骨の奥で弾ける快感に悶え苦しむ。 「やッあらびっ、ッそれ変っよせ、ずぼずぼおかし、ッなる、じんじん熱ッくて、なんかヤバいッ、あぁ漏れるッ」 無機質な管に尿道を犯され、前立腺に送り込まれる刺激に我を忘れて喘ぐ。尿意に似たじれったい快感が管の動きに合わせ駆け上がり駆け下りて、絶頂の寸前でまた引き戻される生き地獄……丸めた爪先にシーツを巻き込んで泣き喚く。刺激が強すぎて達せない。死ぬほど苦しい。 「あッ、ぁッ、あぁンっ、ふぁっあ」 「医療用カテーテルを尿道に挿入されるのがそんなに気持ち良いですか。インポテンツの治療ではないのですが……前も後ろもあなたの排泄器官は性器と一緒ですね、開発するほど性感が高まります」 「ッは、抜け、頼むッも、無理」 「医療用」を強調され熱くなった耳に、アンドロイドの冷えた声がもぐりこむ。 「尿道を塞いでるから射精は不可能ですね」 「ッ……」 「カテーテルを抜かない限り苦痛の信号は続きますよ」 エゲツない脅迫にもペニスは一向に萎えず、濁流の如くカウパーを垂れ流す。カテーテルで栓をされ、出口のない尿道に痛みを感じる。ラビが俺の頬に片手を添え、コツンと額をあててきた。 「射精したいですか」 「……だしてえ……」 「出さなくてもオーガズムは味わえます。人間の身体はそうできているのです」 「んン゛ッ!」 カテーテルがさらに深く挿入される。肉襞越しに前立腺を擦られ、手を噛んで仰け反る。 「許してくれラビ、これ抜いて、ッは、普通に突っ込んで……」 俺の髪を繰り返し梳き、鼻の横や唇の端にキスをする。 「涙は血や汗と同じモノでできているから、海の組成に近いとサイに教わりました。サイの身体の中に海があるなら、それは地球と繋がっている証拠です」 「俺、は、データベースより上位?」 「最高の先生です」 ふいに泣きたくなって手を翳す。ラビはよけず、俺のてのひらを受け止める。人さし指の先端がコツンと瞳に当たり、固い感触に驚く。 ……コイツ、人間じゃないんだよな。 一緒にいすぎて忘れかけてた。 ラビが俺の手を包んで頬ずりし、地球によく似た美しい瞳を瞼の裏側に隠す。 「まだ地球に帰りたいですか」 「ポンコツとぐるぐる回り続けるだけなんてごめんだね。そんなの生きてるとはいわねえ」 ラビが切なげに顔を歪め、奥まで差し込んだカテーテルを一気に入り口付近まで引き抜く。不意打ちだった。 「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッぁああ!」 尿道を滑走する衝撃が前立腺を殴り付け、シーツを掴んで激しく仰け反る。 痙攣と硬直、のち弛緩。ドライオーガズムの快感は凄まじく、身も心も虚脱しきってベッドに沈み込む。 「可哀想なサイ。どんなに生まれた星を恋しがっても帰投は不可能です。あなたはこれからずっと、死ぬまで一生、周回軌道の密室で終わらない拷問を受け続けるんです」 ピロウトークめいたラビの声が遠く響いて三半規管を揺るがす。 「……何日目?」 「281日と12時間2分12秒です」 「今は」 「319日と7時間53分44秒です」 「ラビ」 「330日と3時間23分52秒です」 ラビは秒単位で正確に時間を教えてくれる。 「起きてくださいサイ。ラジオなしラジオ体操をしないと運動機能が衰えてしまいます」 「……腰だる……」 「栄養補給の時間です。口を開けてください」 「ん」 相変わらず錠剤は口移し。起きている間はぼんやり虚空を見ている事が増えた。視線の先には壁がある。地球はなるべく見たくない、麻痺した心が鈍く疼くから。 でも、ラビは許してくれない。俺が嫌がっていると知って、わざとセックス中に地球を見せ付けるようになった。そのくせ自分を見てないといらだって、もっと意地悪い「拷問」を加えてくる。 「ッあ、もっ死ぬッ無理、体辛ッぁ、ィってからも、イってンのにやめ、ぁあぁッ、止まんねッは」 「また地球を見ていましたね。何度目ですか?何光年離れていると思っているんですか?物理的な障壁と距離があって帰投は不可能なのに、触れない物を欲しがるのは無意味です」 オーガズムに追い上げた俺をなお休みなく責め立て、手を掴んで自分の片目に導く。義眼の表面にカチリと指先が当たる。カツカツ、小刻みに弾く音。 「あなたが今さわっているのは私の瞳です。きちんと手が届いて、指でさわれているのがわかりますか?」 「わかッ、ラビ、もうやめ、ンああっ、ふぁッぐ、イくっィかせて」 カツカツカツカツカッカッカッカッ。 行為中、指紋認証でもするみたいに冷たく固い義眼をつつかされた。 ラビの瞳は確かに綺麗だが、俺が追い出された星の代用品にはならない。 心の中で拒絶しているのが伝わったのか、ラビの「拷問」は日増しに過激になっていく。 「今は」 「340日と21時間35分22秒です」 俺はラビが縒ったシーツで窓辺に吊られている。両手は頭上で束ねられており、一切の抵抗が封じられた。無理な体勢をとらされて腕が攣る、脱臼しちまいそうだ。 目の前には窓があり、遥か彼方に小さく地球が浮かんでいる。 「怒らせたんなら謝る。ほどいてくれ。対面座位でも背面座位でもやっから」 「顔を上げてください」 後ろに回ったアンドロイドの手が顎を掴み、正面に視線を固定させる。 「サイは地球に欲情するから、地球を見ながら犯されるのが一番良いんですよね」 ごくりと喉が鳴る。ラビが怖い。逆らえない。搭乗時は備品と見下していたアンドロイド風情に完全に下剋上された。 「もう勃起しています。地球に精子をかけて、孕ませたくてたまらないんですね」 「地球は受精卵じゃねえよ、ポエティックなオツムだな」 ほどけないかと揺すってみるが無駄だった。 窓辺に立たされた俺の白衣を割り、ラビの手が裾をめくる。 「地球に住んでる人類はサイの事なんて覚えていません」 「……るせ……」 「あなたの自己犠牲を知らない。あなたの葛藤を知らない。サイの献身に報いない人類に、はたして尽くす価値があるのか疑問です」 ラビの手がズボンの前を寛げて陰茎を握り、強弱緩急自在にしごきだす。 「んッ、ぅッ、ぁ」 「目を閉じないで。しっかり開けて」 「はぁ、は」 「地球で繁殖行為をしている全人類に射精の瞬間を見せ付けてください」 なんで俺、ここにいるんだっけ。 なんで我慢してるんだっけ。 涙と汗が流れ込んだ目を眇める。地球の青が滲んでぼやけていく。 「サイが犯される所を産まれて殖えて地に満ちた70億人が見ていますよ」 猛烈な羞恥に全身が燃え上がり、金庫がカタカタ動く。 「ラビ、ぁッく、手が痛てっ、肩ぬけるッ、続きはベッドで」 ラビの手が優雅に動いて肌をまさぐり、俺の痴態を暴き立てる。暗黒の宇宙を切り取った丸窓が、喘ぐしか能のないみっともない男の顔をまざまざ映し出す。 「あなたの事なんてどうでもいい全人類に痴態をさらけだしてください」 助けはこない。誰もいない。マル博士も諦めたのか、随分とご無沙汰だ。 前回のメッセージ受信は70日前……ペニスがカウパーでぬるつき、喘ぎ声が止まらなくなる。 「手えどけろラビ……他は全部好きにしろ、ッは、尿道ずぼずぼやんのも縛るのも目隠しも耐えっから、ふぁッん、地球は見せんッ、な、胸くそ悪、ぅぁ、見せッ、ぁッふ、たくね」 「カウパーを過剰分泌してるのに?」 ラビの片膝がトントンと股間を押す。突く。押し上げられたペニスがわななき、ぱたぱたと床にしずくをたらす。 「ッふ……」 ラビのズボンの膝に恥ずかしいシミができる。狂ったようにペニスをしごいてイきたいがそれもできず、顔は引き続き正面にねじられたまま。準備が整ったのを見計らい、ばちゅんと衝撃がきた。ばちゅんばちゅん、空気の泡が潰れる音。 「あッ、あッ、あッっ」 「サイが地球と受精する手伝いをしてさしあげます」 柔和な囁きと裏腹の激しさで犯される。抽送に応じて一本に縒り合されたシーツが撓みねじれて、手首が擦れる痛みが生じる。 帰りたくても帰れない場所、俺を放りだした惑星を見ながら突っ込まれるみじめさと情けなさが、激烈な怒りに裏返る。 「ポンコツ、が。ぶっ殺してやる」 殺意が滾った眼光を涼しい顔で受け流し、ラビが口に指を押し込む。 「人間ではないので死にませんよ。壊れるだけです」 「ふッ、ぐ、むぅ」 口の粘膜をめちゃくちゃに蹂躙される。息苦しさに涙が滲む。前と後ろと上を同時に犯され、酸素が回らない頭が朦朧とし始める頃、真っ赤に弛緩しきった孔からずちゅりとペニスが抜けた。 事後にラビが言う。 「マル博士からメッセージを受信しました」 無機的な声が鼓膜を打ち、だしぬけにシーツがほどかれた。どさりと床に倒れこむ。手首は痺れて感覚がない。 「着替えを手伝いましょうか」 さしだされた手を払い、ズボンを引っ張り上げてコンソール前の椅子へ這っていく。 「一個だけ勘違いしてるよ。だんまりを続けるのは俺のエゴだ」 声をだすのもだるい。深々とうなだれるや、両手の窪みに疲労の色濃い吐息を逃がす。ラビは黙って見ている。 「繋げ」 感情をそぎ落として一声命じる。 立体映像が投影された。約70日ぶりの再会にホッとする。見捨てられたんじゃなかったんだ、よかった…… 「お久しぶりです。元気でしたか。白髪が増えたんじゃ」 『ラビ博士が死にました』 思考が停止した。 「なん、で」 反射的に椅子から腰を浮かし、ブレる立体映像へ手をのばす。白衣の袖口がはらりとめくれ、痛々しい痣が付いた手首が覗く。マル博士はちらりと一瞥しただけで何も言わない。彼女の目にはどす黒い隈があった、殆ど寝てないのだ。 『心臓発作です。医者は自然死だと言っていました。もともと体が衰弱していたと……最低限の栄養補給は点滴で賄っていたのですが』 そろそろ話す気になったか。あはあは。 「嘘でしょ。笑えない。だってアイツは俺よりずっと若くて健康で、看守はどうしてたんだよ監視カメラで24時間見張ってたんじゃねえのか」 『眠っている間に息を引き取ったそうです』 「サイ」 ラビが一歩踏み出す。瞳には労りの色。 「俺のせいですか」 『薬物注射がトリガーになった可能性は否定しません』 殺してくれと頼まれた。できなかった。だから壊すだけにとどめた。薬の分量に間違いはなかった、はずだ。世の中例外は付き物だ。 世界が瓦解した。膝から崩れ落ちて突っ伏す。金庫がガタガタ鳴っているガタガタガタガタ怪物が出てこようとしている。 『もはや我々の頼みの綱はあなただけとなりました。ラビウイルスを完成に導く最後の切り札』 「くたばれババア」 ラビが何か言ってる。聞こえない。俺の肩を掴んで揺すってる。 「アイツが、俺たちが必死に止めたのに、てめえらが勝手に|ラビウイルス《救世主》だとかだっせえ名前付けたんじゃねえか」 『そろそろ話す気になりましたか』 「ハッチの開け方を教えろ」 『死ぬ前に金庫を開けて。中身を渡して』 「自殺は止めねえって言ったな」 『私が手を出さなくてもお目付け役がいるしね』 ラビが積まれた意味を理解した。どうりで壁にクッションが張られてねえわけだ。 やっとわかった。 ラビが毎回の如く錠剤を飲ませてくれんのも、俺を気持ちよくしてくれんのも、俺を自殺させないためだったんだ。 『あなたの頭脳は国の財産です。勝手に死なれては困ります。アンドロイドを尋問係に任命したのは間違いだったかもしれません、金庫が開き次第連絡が来るはずだったのにまるで音沙汰なし……独房で孤独に過ごしたなら、コミュニケーションに飢えて人型アンドロイドに依存するはずと精神科医は言ったのよ』 「ラビはアンタの教え子だったじゃないですか、マル教授」 懐かしい呼び方にマル博士が顔を歪める。 彼女は細菌学と免疫学を修めた俺たちの恩師で、天涯孤独の俺の後見人だった。 『我が国にはサイ・キサラギが必要なの。兵器を完成に導く最後の1ピースを教えてくれるなら、すぐにでも地上へ戻すわ』 「俺は|廃棄物《デブリ》だ」 ラビの手を払い、ブレブレの立体映像を睨み、洗面台に走って剃刀を掴む。マル博士の顔が強張る。ラビが叫ぶ。 「いけません!」 「来るんじゃねえよ裏切り者!」 掴みかかってきたラビと揉み合い、あっちこっちの壁にお互いを叩き付ける。 「教えてくれよラビ、340日間俺とさんざんヤリまくった映像全部地球に送ってたのかよ!?」 「サイの妄想です!」 「馬鹿にしやがって、俺がどれだけ」 「サイが死ぬほど寂しがっていたのも死ぬほど地球に帰りたがっていたのも全部知っています、でもあなたは絶対口を割らなかった、オリジナルとの約束を立派に守り抜いたじゃないですか!そんな自分こそが英雄だってどうしてもっと誇ってくれないんですか、私に抱かれるたび死にたそうな顔するのをやめてくれなかったんですか!」 胸ぐら掴まれたラビの顔に激情が炸裂、ピーコックグリーンの双眸が煉獄と化した地球めいて冴え渡る。 「私に名前をくれて、涙と海の成分が同じだと教えてくれて、今だって頭の中の金庫を守り続けているあなたはとても素晴らしい人なのにどうして生き汚くなるのを恥じるんですか!」 「俺はウイルスだから地球の外にださなきゃだめなんだ、じゃねえとみんな迷惑なんだよ!」 アイツに注射した薬を自分に打てば簡単なのに、怖くてできなかった。 ぶっ壊れた天才の末路を見ちまったから。 「英雄とか頭沸いてんぞポンコツ、俺はただの最低最悪の臆病者だよ!」 「お願いだからもっとちゃんと生きようとしてくださいよ、あなたは生きるのに値する人なんですよ、私の中では地球上の七十億人より目の前のあなた一人が値するんですよ!」 突如として激しい震動が襲った。床が斜めに傾いでフッ飛ぶ。 『なにごと!?』 マル博士がヒステリックに喚く傍ら、ラビが俺を抱きかかえて窓辺へ急ぐ。 「廃棄物と衝突しました」 過去に周回軌道刑に処された囚人を搭載したカプセルポッドの一部が、流刑船に深々突き刺さっている。バチバチと電気系統に火花が爆ぜ散り、船内が暗くなった。 「驚くなよ、たまにあるんだ。カプセルポットの瓦礫や隕石のかけらと事故って船がぶっ壊れるの……だから周回軌道刑は一番重いんだ。神様がピンボールしてんの。死のロシアンルーレットだよ、ぐるぐるぐるぐるぐるぐる」 「しっかりしてください、サイ」 「340日21時間35分22秒、よくもったほうだ。新記録じゃねえか?」 一時間一分一秒後、今日か明日か明後日か。廃棄物にぶちあたって砕け散るかもしれないとビクビクし続けるのが、罪人に課された罰。 窓に手を突いたラビが報告する。 「動力部が破損しました。早急な修理が必要です」 「ほっとけ」 「え?」 「何もするな」 ピーコックグリーンの瞳が見開かれた。 動力部が破損したなら、じきに稼働停止に追い込まれる。周回軌道を外れてどことも知れない場所へ漂っていく。 「何故ですか。外宇宙まで流れていくんですよ」 「ぐるぐるするの飽きた。下りさせてくれ」 ここはずっと夜だ。 地球は遠い。 周回軌道の密室にふたりきり、出口のないセックスに溺れる日々。 震える手から剃刀が落下し、傾いだ床で円を描く。 「お前といるとどんどん弱くなる。マル博士の差し金だってわかってんのに全部ぶっちゃけて、楽んなって、許してもらいたくなっちまう」 |ラビ《救世主》なんて付けるんじゃなかった。 救ってもらいたがってるって、認めるようなもんじゃねえか。 「じき食料も尽きる。一緒に|塵屑《デブリ》になってくれ」 死ぬほど寂しいまま終わりたくない。 誰も彼も俺の頭の中を覗きたがる、俺の頭の中身を欲しがる。だけど俺はコイツを誰にも渡す気ないし、そうなる位ならやっぱりブラックホールに飛び込む方がマシなのだ。 真っ暗な船内を沈黙が包む。 マル博士の通信はとっくに途切れていた。 ラビが閉じていた瞼をうっすら開き、いもしない神様みたいに微笑む。 「お断りします。私は当船に搭載された備品なので、メンテナンスの義務を負います」 「待てよ」 また船が揺れる。|廃棄物嵐《デブリストーム》だ。流刑船にガンガン瓦礫が当たって右に左に激しく傾ぐ。重力制御装置がイカレたのか、俺とラビが宙に漂う。咄嗟に伸ばした指先がほんの一瞬触れ合い、離れ、ラビが壁を蹴ってハッチへ向かう。 「んなことしなくていい、帰ってこい!」 止める暇もなかった。俺の腕力では開かないハッチをあっけなく開け、宇宙空間に身を躍らす間際に振り返る。 「ビタミン剤、一人でもちゃんと飲んでくださいね」 ラビが軽やかに床を蹴る。 手はあと少しで届かない。 外には廃棄物の残骸が流星雨さながら降り注ぐ。丸窓の向こうにラビがさしかかる。肩越しに地球が浮かぶ。 「ラビ!」 ラビが儚げに微笑んで窓の表面に手をあてる。そこに手を重ね、額を重ね、口パクで伝えられる言葉を目と心で聞く。流刑船が一際大きく揺れて弾き飛ばされる。 目が覚めた時、俺は床に横たわっていた。船内は散らかり放題で酷い有様。頭痛を堪えて周囲を見回し、窓の向こうを漂っていく片腕にぎょっとする。 切断面ではちぎれた回路が放電していた。思い出すラビの腕。俺の髪を優しく梳く指。 『涙は血や汗と同じモノでできているから、海の組成に近いとサイに教わりました。サイの身体の中に海があるなら、それは地球と繋がっている証拠です』 お前がああいってくれたら、もうすこし頑張ろうと思えたのに。 流刑船は周回軌道に復帰していた。修理は終わっていたらしい。 なのに喜びや安堵は切り離され、胸にブラックホールを穿たれたような喪失感だけが居座った。 枯れ果てた目をのろくさ動かし、息を止める。ハッチのバルブが回り、開かれ、ボロボロになったアンドロイドが上がってきた。 右腕はもげていた。付け根ではバチバチ火花が散っている。服は焼け焦げて申し訳程度に端切れしか残ってない。他にも外装があちこち剥がれて、中の回路や電線が剥き出しになっていた。 「ただいま帰投しました」 初めてコイツの瞳を、地球よりきれいだと思った。 言葉を失った俺に自然体で歩み寄り、当たり前のように抱き締めようとして、付け根の放電に困惑する。 「これでは感電させてしまいますね……『拷問』の継続は不可能です」 「ボロボロじゃねえか」 「|日常的な《デフォルト》動作は可能ですが、部品の四割を失いました」 「デブリにあたったのか」 「破損部の修理にも使いました。私は痛覚がないので、知識と技術さえダウンロードすれば不備はございません」 「どうあっても、道を踏み外すのは許しちゃくれないんだな」 満身創痍のラビが不思議そうに瞬きし、無事な方の手指を目尻に添えてきた。 「体の中の海が流れ出てしまいますよ、サイ」 大きく深呼吸し、一度は開きかけた頭の中の金庫を閉じ直す。 ゆっくりと。 「なんで行くなって行ったのに行ったんだ、アホか」 拳でおもいきり胸板を叩く。 「サイを生かす事は私が生きた事になるからです」 「わかる言葉で言えよ、翻訳機能もぶっ壊れちまったのか!」 「体内の部品を多く失ったので稼働年数が大幅に減りました。もってあと三年でしょうか」 「結構長いぞ三年は。独房で痛感した」 「でしたら『拷問』以外の事をしませんか」 ラビが左腕だけで不器用に俺を抱き締める。俺は火花を避けておずおずのべた両腕をラビの背中に回し、今度こそまっすぐに目を覗き込む。 「俺がウイルスでもいいのか」 「サイがウイルスなら喜んで感染します。サイは私に『むらむら』を教えてくれた素晴らしい人です」 「あのなあ」 げんなり脱力し、次の瞬間には泣き笑いしていた。 ラビの手がまどろむように髪を梳く。 「オリジナルが死んだのはサイのせいじゃありません、稼働年数が切れたんです。あらゆる生物の遺伝子には耐用限界のトリガーが仕込まれてます。私はただの備品です。アンドロイドです。サイを地球へ帰す事はできません」 一呼吸おき、ピーコックグリーンの瞳がこの上なく幸せそうに笑む。 「ならせめてサイの孤独を癒せる『何か』になりたい。あなたが生きているのは絶対に正しいと肯定して、どこまでも底抜けに肯定し続けて、器用に曲がれず周回軌道上に閉じ込められてしまった人生を祝福したい。心から」 私にひびが入るまで。 地球に捨てられた俺を改めて迎え入れ、胸の中に居場所を与え直して、ラビは言った。 「よく頑張りましたね、サイ」 「……100点満点中120点」 コイツと一緒なら、永遠に回り続けるのも悪くない。 サイ・キサラギ博士と備品を搭載した流刑船が宇宙へ射出され、370日と2時間4分8秒が経過した。 ……ええ、きっとあれだわ。周回軌道をゆっくり移動してる、深海探査艇みたいなフォルムの|流刑船《スポイラー》。 |廃棄物嵐《デブリストーム》に巻き込まれて星海の藻屑と化したと思ったら、しぶとく生き残ってたのね。やっぱり悪運が強い。 怒ってるかしら?……怒ってるに決まってるわよね、恩師に裏切られたんだもの。謝っても許してくれないでしょうね。 国に家族を人質にとられて仕方なく、なんて。 そんなの言い訳にならない。サイ博士は徹底的に抗い抜いたんですもの。 あの子がそれを知ってるかって?……知らないでしょうね、言ってないもの。立体映像のフレーム外で銃を突き付けられてたって知ったら、ちょっとは情状酌量してもらえるかしらね。なんて。 ともあれ、廃棄物嵐は結果的に幸運な方向に働いたの。アレで通信が途絶して、サイ博士を乗せた流刑船は行方不明で処理された。搭乗員の生存は絶望的。 国からすれば大誤算でしょうね、金庫が開いてないのに本人が死んじゃうんだもの。 国もそれだけ追い込まれてた。戦況は日に日に悪化していた。皮肉よね、あの廃棄物嵐の日から一か月もたずに負けちゃうなんて。 実をいうと、ラビウイルスがばらまかれずにすんでホッとしてるの。サイ博士は頭の中の金庫を命がけで守り抜いたのね。 私は戦勝国の研究所に引き抜かれて、遅まきながら教え子をむかえにきたってわけ。 船に積まれた食料は一年分……きちんと分量を守っていれば間に合うはず。どうかそうあってほしい。もちろん、博士の身柄はきちんと保護してもらえるように掛け合ったわ。 見えてきた。もうすぐね。あの子が生きてるかどうかわからない。周回軌道刑の孤独に耐えかねて、心が壊れてしまったかもしれない。 ごめんなさい本当に。もし生きていれば……まだ間に合えば……流刑船から救出して、一緒に連れ帰りたい。 明かりが漏れてる窓に近付いて。そっと覗いてみましょ。 あ。 ―まるで周回軌道上のアダムとイブ。 片腕のないアンドロイドと白衣の男が踊ってるでしょ。楽しそうに笑い合って……。 お互いまっすぐ見詰め合って。私も地球も、助けにきた船すら目に入ってない。 お邪魔だったかしらね?

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