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世はなべてこともなし

周回軌道刑は膨大な時間を持て余す。無限の宇宙空間では退屈自体が拷問だ。 退屈を忘れる手段ときたらセックス位なもので、それだって長時間しまくっていたら体力を使い果たす。 「はっ、ラビ、も、イくっィきすぎておかしっ、また飛ぶぁあっ」 激しい抽送に応じてベッドが軋む。前立腺を打たれるたび直列電流に似た快感が駆け抜け、汗の粒が目に入り視界が滲む。 「括約筋の収縮を確認。ペニスも勃ってきました」 「いちいち報告すんな、ぁあっ!」 肘で体重を支えきれず腰砕けに突っ伏す。さんざん搾り取られた後だってのに、無機質な言葉責めと巧みなテクに翻弄され、また股間がもたげてきた。 「抜けっラビ頼むぬけっ、ぁぁっ腹くるし、嫌だうあっ、休ま、せて」 「射精の寸前で止めていいんですか?苦しいですよ」 「ッ……」 懇願は聞いてもらえない。わかりきってた事だ。丸窓にはアンドロイドに犯される俺の痴態が映し出されて、羞恥心をかきたてる。 中途半端にはだけた着衣が全裸よりもいやらしく感じられるのは何故だろうと、ぼんやり考える。 「よそ見しないでください」 「痛ぐ」 耐えきれず顔を背けるも、敬語の命令に続いて顔の向きを固定された。 「~~お前本ッ当性格悪いな」 ラビはサディストの拷問官だ、俺の頼みなんて聞いたくれた試しがない。 珍しく着衣でセックスしてるのは俺が「白衣を汚したくない」と訴えたから、窓のそばでヤってんのはそっちの方が締まるから。本当にくそったれのろくでなしだ。 「んっぐ、ぁっふ」 肉の楔が前立腺に当たって甘ったるい吐息が漏れる。神聖な白衣を皺くちゃにし、体液で汚す背徳感と罪悪感。膝まで下ろされた股間からは絶えずカウパーと精液が滴り、シーツに水たまりを作っていた。 地球にいた頃の事はできるだけ思い出さないようにしていたのに、思い出したくねえのに、この格好で犯されるとそうもいかなくなる。 『ははははは久しぶりのシャワーだ嬉しいだろ博士!アンタ潔癖症だもんなあ、ケツん中に突っ込んで水圧上げてやろうか、浣腸プレイは初体験だろ!?』 収監中に一度、着衣のまま看守にシャワーをぶっかけられて風邪をひいた事があった。あの時も着たまま強姦され、その後独房に突っ返されたんだっけ。 ベッドの上で二の腕を抱え、両足を体に押し付けて震えていた記憶が甦る。 「ッは、ぁっあっ、ンっぐ、やめて、くれ、ぁっ抜け」 現実と記憶、二重に犯されて膝裏が震える。思考に雑念が走って息を荒げる俺を見下ろし、完全に主導権を握ったラビが非情な宣告を下す。 「サイは寸前まで追い上げられて放置されるのが好きなんですか?ならばそうします」 「~ンなことは一言も……」 「では続行します」 「!ンああっあ」 一方的に責め立てられる後背位から対面座位に切り替わる。 華奢な細身からは想像できないほどラビは怪力だ。優男なのは見た目だけ、アンドロイドの強化フレームは成人男性すら軽々抱え上げる。 「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッぁあ」 挿入されたまま急に角度が変化し、はずみでまたイッちまった。小刻みな痙攣が伝わったのか、ラビが不思議そうに首を傾げる。 「またオーガズムに達しましたね」 言葉を返す余裕がない。中がビクビク波打ち苦しい。射精のし過ぎで思考力が鈍ってきた。ペニスは殆ど痺れて感覚がない。 なのに中はまだ貪欲にヒク付いて、アンドロイドの疑似ペニスを物欲しそうに食い締める。絶頂の余韻にシーツを掻いて耐える俺の髪の毛をラビが優しくなで回す。 「今ので七回目の射精、一日の新記録達成ですね」 「宇宙一嬉しくねえ記録だ……」 「次は頑張って十回を目指しましょうか」 あらゆる体位を試された。あらゆる事をされた。途中からは我を忘れてラビにしがみ付いていた。コイツは体幹が丈夫で、俺がどんなに暴れても倒れねえ。最後の方は白衣はよれて酷い有様、ボタンが外れたシャツには淫らな染みができていた。 「起きてますかサイ」 体から何かが抜かれる感覚。喪失感と寂寥感。玲瓏と澄んだラビの声が遠く近く歪んで響く。不安定に傾いだ所を咄嗟に抱き止められた。 「サイ……」 「ほっとけ、自分で後始末する、から」 震える手を胸元に伸ばし、まずは上から四番目のボタンを留めようとする。できない。何度やっても指が滑って空振る繰り返し。 畜生、今の俺はボタン一個まともにとめられねえのか。じんわり熱を帯びた瞼をしばたたいて涙をごまかす。 「私がやります」 「いらねえよ」 「やらせてください」 「介護人も兼任な訳?仕事が増えて大変だな、一体誰のせいだと」 長さと関節のバランスが絶妙な指が俺の手を制す。ラビは真剣な顔をしていた。 「事後処置を怠ったせいで、あなたが風邪をひいたら困ります」 振り払おうと思えば振り払えた。なのに押し切られちまったのは、美しすぎるピーコックグリーンの瞳に魅入られたから。単純に指一本動かすのもだるかった。 コイツの目的は俺を殺す事じゃない、死なない程度に生殺しの拷問を加え続ける事だ。 「好きにしろ」 無駄な抵抗は諦めて大人しく身を委ねる。しなやかな手が俺に代わり、下から器用にボタンをはめていく。掛け違えるようなベタなヘマは犯さなかった。 「!ふッ、っ」 シャツの裏生地が偶然乳首に擦れ、鋭い快感に呻く。不覚。ラビが一瞬手を止め、上目遣いにこっちを見た。 「吸い過ぎて血が滲んでますね」 「敏感になりすぎて痛いんだよ、ちょっとは加減しろ」 今ならシャツの上からいじられただけでイっちまいそうだ。ボタンを全部留め終えて仕上げに襟を正し、凪いだ声でラビが囁く。 「体が消耗してるので睡眠をとることを推奨します」 「横になるから消えろ」 「サポートはご入用ですか?」 消えろと|命令《コマンド》入力したのに無視された、完全に立場が逆転してる。ムッツリ黙り込む俺に寄り添い、ラビが待機する。仕方ない、半ば自暴自棄で言った。 「じゃあ本でも読んでくれよ」 「本、ですか」 「流刑船にゃ現物がねえ。前に持ってたのは全部没収されちまったし」 「まさか|紙媒体《アナログ》で所持してたんですか?」 「電子データは性に合わなくてね」 これでも数年前までは本の虫で、一日最低二時間は読書に充ててた。読むのは主に免疫学の専門書だが……。 ベッドの隣に掛けたラビが、束の間の思案を経て告げる。 「了解しました。読みたい本のタイトルを入力してください」 「まかせた」 「まかせないでください」 「お前が好きなのでいいよ」 「私が好きな本……」 人生最大の難問に直面した、といった表情で固まるラビ。アンドロイドにはハードルが高かったか。しかしまあ、俺もいざとなるとリクエストが浮かばない。 周回軌道刑の途中で専門分野の本を読む気にはなれないし、さりとて夢と希望と絶望を与える|物語《フィクション》の類もあんまり読んでこなかった。 いっそピノキオでもリクエストしてやろうか、とひらめいてやめた。コイツなら本当に実行しかねない。 そういえば、俺にピノキオのあらすじを教えてくれたのはオリジナルのラビだった。 『鯨の腹の中で好きな人と会えたピノキオは、案外幸せだったのかもしれないぞ。そこは一個の世界だったんだ』 『閉じ込められたまま終わっちまっても?バッドエンドじゃん』 『俺が言いたいのは好きな人たちが一緒ならどんな状況でも幸せを見付けられるってこと』 稚気に溢れた声を追憶して自然と口元が綻ぶ。アイツはでかい子どもみたいなヤツだった。 「ピノキオはいかがでしょうか」 「え?」 びっくりして起き上がる。心を読まれたのかと思った。呆然とした俺を見返し、ラビがゆっくり繰り返す。 「ご存じありませんか、地球の作家カルロ・コッローディの童話です。現代は『Storia di un burattino』、操り人形の物語」 「いや知ってるけどどうしてよりにもよって……自虐ギャグか?」 「データーベースに検索をかけました。そうしたらたまたまタイトルが目に入り……私も同属なので、人形が数々の困難を経て人間に生まれ変わる話に興味を引かれました。嘘を吐くと鼻が伸びる設定も斬新です」 大真面目に主張するラビに反論の気力が萎む。世の中星の数ほど物語があるのに、こんな偶然できすぎだ。 「駄目でしょうか」 「いいよそれで。久しぶりに聞きたい」 無造作に手を振って許可をだす。直後にラビは思いがけない行動をとった。ベッドに寝転がる俺の頭を抱え、自分の膝へと移植したのだ。 「何の真似?」 「こちらの方が聞きやすいのではと判断しました」 俺に膝枕したラビが柔らかく微笑む。手を伸ばせばすぐ届く、ピーコックグリーンの瞳に吸い込まれそうだ。付き合いきれるかと起き上がり、また押し返される。否、俺が勝手に倒れたのだ。情けない話、まだ疲労が回復してないせいでちっとも力が入らねえ。 「人間の母親は子どもに絵本を読み聞かせる際、この姿勢を好むとデーターベースに載っていました」 「本当かよ、絵本見えねえじゃん」 しなやかな人さし指が唇を封じ、長い睫毛に縁取られたピーコックグリーンの瞳がきらめく。 「始めましょう」 たった一人の聞き手が口を閉じるのを見届けて、ラビが古い古いおとぎ話を語りだす。 人形職人の老人が作った人形に心が宿り、やがて彼はピノキオと名付けられる。 ピノキオは相棒のコオロギと旅に出て、行く先々で大冒険を繰り広げ、最後にはゼペット爺さんの家に帰ってくるのだ。 ラビの朗読は音楽みたいな美しい抑揚で鼓膜に馴染み、俺を陶酔に誘った。激しい行為がもたらす疲れと痛みを癒す穏やかな時間。 しばらくすると瞼が重くなり、渦を巻いてコーヒーを侵すミルクの如く睡魔が忍び寄ってきた。 お話がラストにさしかかる頃、俺の髪の毛を梳きながらラビが独りごちる。 「ねえサイ、人形が人間に生まれ変わるなんて事が本当にあるのでしょうか。分子や素粒子の段階、種の基盤から作り替えられてませんか」 「ないとは言えねえ。世界は広いんだよ、嘘を吐きゃホントに鼻が伸びる人間だってさがせばどっかにいるかも」 「それは染色体のエラーではありませんか。だから人と異なるピノキオは排斥されたのではないのですか」 「人と違うことは|欠陥《エラー》じゃねえ、進化の過程だ。人類はすごいんだ」 俺もお前も地球の連中も、エラーで生まれる命なんかない。マジョリティの傲慢で間引かれていい命が、この世界にあるはずない。 俺は宇宙に捨てられた今もなお自分の信念を信じてるし、その為に死ぬ覚悟をした。 「個々の違いに進化の可能性を見出さねえで何が科学者だ、俺はサイ・キサラギだぞ」 半ば寝ぼけて呟いて膝枕で頬を潰す。温かい手が頭に触れた。きっと俺の体温が伝染ったのだ。 「おやすみなさい」 静かに囁く声が耳をくすぐり、誰かの手が眼鏡を外していく。気持ちいい。ずっとこうしていたい。 鯨の腹の中に宇宙があって、そこをたゆたっているような浮遊感に包まれる。 「ラビ」 「ここにいます」 額に柔く熱い感触が落ちた。目を開けて確認するまでもない。 俺は俺に、今だけ寝ぼけたふりをすることを許す。 アンドロイドの片手をとり、それを頬に押し当て、もうなにも見なくてすむように視界を|遮断《シャットアウト》。 「さみしいよ……」 目元を優しく覆うてのひらに水を吸わせ、仮初の暗闇に母なる地球を思い描く。 マル博士はなんで連絡をくれないんだ。 どうしてだれも迎えにきてくれないんだ。 どうしてアイツは、俺をひとりぼっちにしたんだ? 目隠しをして寝たふりを続ける俺を見下ろし、ラビが淡々と言葉を紡ぐ。 「サイが以前教えてくれましたよね。人間の体の中には海があります。それが目から溢れ出したのが涙です。でしたらサイの体の中の海にも、ピノッキオを飲み込んだ鯨がいるかもしれません」 『鯨の腹の中で好きな人と会えたピノキオは、案外幸せだったのかもしれないぞ。そこは一個の世界だったんだ』 「もし鯨の腹が宇宙に通じてるなら、人間の中には小さな海があり、その海が宇宙を包んでいることになります」 ラビじゃねえくせにラビみてえなこと言いやがって、となんだかおかしくなる。 「ラビ。俺が眠るまで手ェどけんな」 「了解しました」 「あと……膝枕、もうしばらく貸してくれ」 「お安いご用です」 アンドロイドの膝はちょっと固いが、寝心地は悪くない。 その後しばらくしてレム睡眠に陥り、本当に久しぶりに悪夢じゃない夢を見た。 夢には宇宙を泳ぐ巨大な鯨が出てきて、生前のラビがその背中にたたずんでいた。 俺が手を振るとラビも振り返す。鯨が大きな弧を描いて潮を吹き上げ、七十億の人類が犇めく地球に恵みの雨を降らす。 鯨が泳ぐ。世はなべてこともなし。 地球は今日も美しく、ちっぽけな人間の運命に関係なく廻り続けている。俺がいずれ|重力場《ブラックホール》に飲み込まれ、砕け散るその日まで。

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