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第5話 国王陛下からの呼び出し

 ――卒業パーティから三日が経過した。  王宮の自室において、俺は必死に考えていた。何故突然俺の中に記憶が甦ったのかは分からないが、今後の展開で思い出せる部分は全て思い出しておくべきだと思った。  なお、『前世』の詳細については、全然思い出せない。思い出せるのは、俺が暇つぶしに『ざまぁ系小説を読んでいた』というその事だけであり、それ以外の個人情報は記憶にない。  しかし小説の内容は、覚えている。  卒業パーティでの断罪は、比較的前半部分で、その後のストーリーとして、俺は父である国王陛下に呼び出されて、廃嫡されるのである。次の関門は、そこだ。国王陛下の反応次第で、俺の今後が変わってくる。  俺はここを、何としても上手く乗り切らなければならない。卒業パーティの婚約破棄騒動は機転(?)で乗り切ったが、ある種の俺にとっての本番は、これからだ。  コンコンと、ノックの音がしたのはその時の事だった。 「入れ」 「失礼致します。国王陛下がお呼びです」  来た……。  侍従長が俺を呼びに来た……。  実際に呼んでいるのは、俺の父親。ここからが、勝負だ!  震えながら唾液を嚥下し、俺は静かに立ち上がった。壁の姿見を一瞥し、そこに映る俺の出で立ちがいつもの通りである事を確認する。暗い焦げ茶色の髪に、切れ長の緑の瞳。それなりに身長もあるし、体格も良い。そこに上質の衣を纏っている。 「今行く」  俺はそう返答し、侍従長と共に部屋の外へと出た。王宮の回廊の見慣れた風景……俺は今後もずっとここで暮らすと信じていたので、これまで特別な感慨は抱かなかったが、ミスをしたらお引越しだ。悪くすれば、あの世に!  その後俺は、緊張しながら謁見の間へと向かった。玉座に座っている父は、俺を見ると、俺そっくりの焦げ茶色の髪を揺らし、傍らにいた宰相を見る。 「人払いを」 「……我輩としてもお話を伺いたいのですが」 「先に余が話をする。兎に角、人払いを」 「御意」  複雑そうな顔で、宰相閣下が控えていた文官に指示を出した。そこから伝達が広がっていき、すぐにその場には俺達だけが残された。周囲の部屋や外で、近衛騎士を始め、皆が待機するようだ。 「クラウス、何故呼び出されたかは分かっておるな?」 「……はい」 「卒業パーティの件、余の耳にもすぐに届いた。本来であればその時点で話を聞きたかったのだが、政務の都合で今になってしまった。それで? 一体どういう事なのだ?」  じっと俺を見ている国王陛下の眼光は鋭い。ここをなんとか乗り切らなければ、俺に未来はない。 「クリスティーナとの婚約を破棄すると宣言したというのは真か?」 「……はい」 「なお言うと、シュトルフを好きだと申したとか……」 「……はい」 「本気なのか?」  国王陛下は俺の目をまじまじと見ると、窺うように首を小さく傾けた。  俺だって、どうしてこんな展開になってしまったのか、切実に自分に問いたい。だが、俺に導出可能な最適解はこれしかなかったんだ……! 「シュトルフを後宮に召し上げる事は、例え王家の全権力と威光を駆使しても困難だ。余にとっても優秀な甥であるシュトルフは、公爵家を継ぐ事に決まっている。分かるな?」 「はい。その……ただの俺の片思いですので、そのようなつもりは毛頭ございません」 「か、片思い……っ、血は争えぬな……」 「え?」  不意に父が呻いてから呟いたものだから、俺は顔を上げて首を傾げた。 「余も、叶わぬ恋をしている。長きに渡り。ただそばにいられれば、それだけで良いと思って生きてきた」 「……、……?」 「余は臆病であるから、クラウスのように己の気持ちに素直になる事は出来ず、同時にそれが王族の務めと考えて、後宮を得た」  国王陛下が語りだした。予想外の展開に、俺は何度か瞬きをした。つまり、俺の母である正妃やダイクの母である第二王妃とは政略結婚をしたという話がしたいのだろうか? 「王として述べるのならば、クラウスもまたそのように行動すべきだと余は考えている」 「陛下……」 「しかし一人の父として伝えるならば、己に向き合う強い気持ちがあるクラウスが誇りだ」  え? 「余はクラウスを次期国王にと考えてきたわけだが……そうだな……婚約破棄を決意するほどに真剣であり、クラウスは王位よりも恋心に偽らない姿勢を取ったのであろう?」  つらつらと語る父は、完全にロマンティストにしか見えない。これまで厳格で真面目だと思っていた分、意外な一面を見てしまった気持ちでいっぱいだ。 「余はクラウスを応援したい。余には出来なかった事でもあるからな」 「陛下は、そ、その……どなたを想っておられるのですか?」 「実の我が子にこのような話をするのもどうかと思うが、余は幼少時よりずっと宰相を好いてきた。クラウスも普段の態度からは、微塵もシュトルフが好きなようには見えなかったが、余も中々のものであろう?」  国王陛下が苦笑した。うん、全然知らなかった。そして宰相閣下が例えば後宮入りするなどしていなくなったら、それこそ政務が回らないという意味で国が傾いてしまうので、父が諦めたのも理解できる。  しかし俺は、本心では別段シュトルフが好きなわけではない。  単純にざまぁされたくないだけだ。 「お、俺は……陛下をいつも敬愛しております、家族としても」 「そうか」 「俺はその……想いは変えられないため婚約は破棄しますが、この気持ちを相手に押し付けたいわけではないので、今後はひっそりと気持ちを抱えて生きていこうと考えております」  そろそろ軌道修正を図らなければまずい。 「そ、そこで今後は、ダイクとクリスティーナの補佐を出来るよう実務能力を磨き、リュゼル叔父上のように必要な場面で支えられたらと思っている次第です」 「公爵といった立場でという事であるな?」 「ええ」  そう。それだ。俺が言いたかったのは、それだ。  国内の片隅に領地をもらって、俺はそこで暮らしたいんだ。 「シュトルフとの婚姻ならば、想いも叶う上、クラウスのやりたいように出来るという事になるな」 「――!! あ……いえ、で、ですので、シュトルフには別段気持ちを押し付けたいわけではなく……」 「シュトルフの気持ち、か……ツァイアー公爵家からは、『まずは見合いから』という返答を得ている」  続いた国王陛下の声に、俺は目を見開いた。なんだって?

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