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第6話 演説
「さて、そろそろ外の者を待たせるのも悪い。見合いの成功――無事の婚約を願っているぞ」
父が微笑した。俺はひきつった笑みを返しつつ、ダラダラと嫌な汗をかいた。
国王陛下が鈴を鳴らすと、勢いよく扉を開けて宰相閣下達が戻ってきた。
――見合い、から?
なんだって? 俺は立ち尽くしたままで、父の言葉を脳裏で反芻していた。
「聞いているのですか、クラウス殿下!」
その時、宰相閣下の強い声がしたので、俺は我に返った。動揺しすぎていて、全然聞いていなかった。顔を向けると、顎に手を沿え、宰相閣下が俺を睨んでいた。国王陛下は玉座から、こちらを見守っている。
「確かに現在、国外との関係は良好、大陸の情勢は落ち着いております。このアクアゲート王国に侵攻しようとする国も無い。その為、余計な火種をうまぬよう、国内での王家の威光を確固たるものにする事は、クラウス殿下の後ろ盾を強固にするという趣旨を超えて、寛容ではある。そのお相手として、ツァイアー公爵家の縁者との婚姻は最適ではありますな……だから、だから! クリスティーナ嬢と殿下はこれまでも許婚関係にあったわけであり――」
宰相閣下の長い話が始まってしまった。俺は八割くらい聞き流す事に決める。言いたい事は分かっている。クリスティーナと婚約破棄するなと、宰相閣下は俺に言いたいのだ。だったらそこだけを言えば十分だろうに、理論補強・理論武装を特技とする毒舌の宰相閣下は、時には貿易状態なども交えながら、俺に滔々と説教を始めた。
俺だって言われずとも分かっている。
本当に、思い出したのがあの瞬間でさえなかったのならば……もうちょっと早かったならば……別の方法で俺は、断罪回避を狙った自信しかない。しかし現実は残酷で、俺の頭脳では、こうするしかなかったんだ。
「クラウス殿下! 本当に聞いておられるのか!?」
「……宰相閣下が、俺の事を考えて下さっている事を、痛いほど理解しております」
素直に俺が頭を下げると、宰相閣下が唇を噛んだ。この人物は厳しい性格をしているが、基本的に昔から俺に目をかけてくれていた。擁立対象としては、シュトルフ派、ダイク派といった貴族派閥がある中で、宰相閣下は俺を王太子として推す筆頭の人物でもある。
「どうしてもクリスティーナ嬢とは、上手くやれそうにないのですか……?」
仮に俺がそれを選択した場合、今度は完全にダイクを敵に回す事になる。クリスティーナの世界において、つまり今現在――過去は確かに俺こそが万能だったが、今の最高の頭脳の持ち主はダイクになっているはずだ。
『俺は目が覚めた、クリスティーナとやり直したい』
これは追放前、ざまぁ小説で俺の役どころが述べる台詞である。つまり、宰相閣下の言葉に肯けば、間接的にざまぁコースまっしぐらとなってしまう。それだけは回避しなければならない。
「クリスティーナがダメなのではなく、断言してそうなのではなく、俺個人の問題だ。そして彼女は、ダイクにより相応しいと確信している」
「譲ると? 後ろ盾ごと」
「そ、そうではなく! それ以上に、俺は、だ、だからその――……シュトルフが好きなんです……」
自分で言っていて、再び悲しくなってしまった。ダイクにざまぁされるのもまずいが、やはりシュトルフは絶対に注意しておかなければならない存在だ。
「……事実なのですか? 本当に?」
宰相閣下の目が据わった。俺は必死に頷いた。すると腕を組んだ宰相閣下が、ギロリと俺を睨んだ。
「具体的に、どこが?」
「――え?」
「本心だというのであれば、一体いつから何処に惹かれどのような感情の変遷を経て、それが恋心だと気づいたか述べて頂きたい」
俺は口をポカンと開けてしまった。何か言おうと必死に唇を動かしたが、何も言葉が見つからない。だって、本心では無いのだから……!
「宰相よ、野暮ではないか」
「陛下は黙っていて下さい。仮に一時の気の迷いに過ぎないようであれば、全力で阻止させて頂く」
俺はぐっと息を呑み、目を閉じる。
シュトルフの好きな所……俺が聞きたい。ざまぁ小説の記憶の中においても、過去を振り返っても、冷酷で怖いという印象しかない。しかしここで言葉に詰まるわけには行かない……! 命がかかっているのだから!
「幼少時より切磋琢磨してきたシュトルフの背中は、いつも俺にとっては大きかったんだ」
俺は必死で言葉をひねり出した。
すると国王陛下と宰相閣下が揃って俺を見た。俺は、ギュッと拳を握る。
「いつから? 気が付いたら、自然とだった。いつの間にか俺は、目を惹きつけられ、離せなくなっていた。これまでこの想いは殺すべきだと確信していたし、それが辛かった。これを恋と呼ばないとすれば、この世界には真実の愛など存在しないだろう。俺は、シュトルフを愛している。そしてそれに気づかせてくれたのは、紛れもなくダイクとクリスティーナだ。クリスティーナを見るダイクの目、俺は当初、自分だけが我慢すれば良いと思っていたが、手を取り合いこの国をよりよく導くべき弟にまでそのような想いはさせたくなかった。弟一人幸せにできず、何が王族だ! そして、これまで寄り添ってくれたクリスティーナにも俺は報いたい。クリスティーナほどの淑女を、内心で裏切り続けるのは不徳だ! 俺は彼女の幸せも等しく願っているんだ」
俺は演説をぶちかました。攻略対象補正は取れてしまっているかもしれないが、昔から俺はさもその場にそぐうような言葉を発信する事には長けていた。
きっぱりと俺が言い切ると、一拍の間、玉座の間に静寂が訪れた。
直後――周囲が俺に拍手をした。ざわりざわりとそれは広がり、最終的に父である国王陛下も俺を熱い目で見て、微笑しながら拍手! ただ一人、宰相閣下だけが呆気に取られたように俺を見ている状態となった。
「……これが俺の素直な気持ちだ」
うん、我ながら大嘘つき! と、考えつつ、俺が真面目くさった顔で大きく頷くと、宰相閣下が目を眇め、腕を組んだ。
「それほどまでにとは……そうか、そこまでとは……――承知した。クラウス殿下擁立派筆頭ではあったが、それは殿下があってこそ。別段立太子せずとも、今後も殿下を応援する事には変わりはない。我輩は、クラウス殿下を、恐れ多くも我が子のように感じている。我輩と陛下の愛の結晶のように」
宰相閣下が力強く言った。それを聴くと、国王陛下が目を丸くし、頬に朱を差して、宰相閣下を見た。だが宰相閣下は気づいていない。なんだろう、この二人は両思いだったのか、それとも宰相閣下は無自覚の発言か?
「全力でツァイアー公爵家との見合いの準備、この手で行わせて頂く! そうと決まれば多忙になるな。それにしてもクラウス殿下――成長しましたな。宰相として、嬉しくてならない」
目元をきらりと涙で光らせながら、宰相閣下が唇の片端を持ち上げた。
俺は頷き返したが――内心で決意した。
お見合いは失敗しないと困るんだ! なんとしても破談を目指す!
そして俺は新たな爵位をもらって悠々自適に暮らすんだ! それこそが俺の正義!
その後も暫くの間、俺はみんなに拍手を送られていた。だから、玉座の間に入るタイミングを失ったシュトルフと、その父である俺の叔父、ツァイアー公爵リュゼル卿が隣室にいるなんていう事は、この時点では全く知らなかったし、当然俺の言葉を耳にした時のシュトルフがどんな表情だったのかも、知る由もなかった。
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