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第7話 見合い前

 退室を命じられて、俺は自室へと戻った。  ――新しい難題が来てしまった。お見合い……。 「どうやって失敗させれば良いんだ……!」  やはり失言を繰り出すしかないだろうか。いかにシュトルフがダメかを述べて、シュトルフの怒りを買……いいや、待てよ、あんまりにも怒らせすぎても追放されてしまうかもしれない。それは望ましくない。 「適度に、そうだ、適度に破談を目指そう」  いずれにせよ、お見合いで聞かれるだろうことを想定し、シュトルフが破談を強く決意する文言は用意しておくべきだ。では、シュトルフのダメな所とは、どこだ? 「……」  改めて考えてみると……思いつかない。何という事だ! どういう事だ!  個人的に冷酷な面が欠点だと感じているが、振り返ると冷酷エピソードが即座には思い返せない。俺との口喧嘩くらいのものである。毒舌なのは欠点として構わないだろうが、俺以外と声を上げて口論するような場面は、あまり見た記憶が無い。奴は、それだけ俺の事が嫌いなのかもしれない。  俺が知る限り、シュトルフはよく怒っている。  だが普段は冷静沈着であるし、氷のようだと言われている姿も見た覚えがある。  弱点があるとすれば、シュトルフはクリスティーナを始め、身内に対して非常に甘い。だからざまぁも容赦なく実行すると考えられる。 「上手い断り文句……好きでもない相手に告白して振られるって難易度が高いぞ」  うんうんと唸りながら、俺はギュッと目を閉じた。  その日は夕食までの間そうして悩みぬき、晩餐の席へと俺は向かった。すると同席した宰相閣下が満面の笑みで俺を見た。 「ツァイアー公爵家と見合いの日時を決定しておきました」 「!」  さすがは敏腕宰相閣下。行動が早い。 「三日後。場所は旧宮殿二階の、現在国民に開放している人気の店を貸切とします。それまでに外堀を埋めるのは任せて頂きたい」  急だ。急すぎる。俺はひきつった顔で笑っておくしか出来なかった。  ――それから三日かけて、俺はあまり怒らせないが致命的となる失言を考えた。しかし何度頭を捻っても、上手い言葉が見つからない。緊張して眠れぬ日々が続いた。 「今日は頑張って下さいませ!」  見合い当日の朝、俺を着付けた侍従達は、皆良い笑顔をしていた。  胃が痛い……。  何度か頷いて返しつつ、俺は軽く朝食を取った。  見合い会場の旧宮殿は、俺の祖父である前国王と亡くなったその正妃が初めて顔を合わせた場所でもあるという。朝、出立前、俺は後宮に呼び出された。そこには、現正妃である俺の母が待ち構えていた。 「本当に王位を諦めるのですね……?」  母は俺と同じ緑色の瞳を揺らすと、白磁の頬に華奢な手を添えた。 「申し訳ございません……」 「私としては、貴方が幸せになってくれるのであれば構いませんが……まさかクラウスがそのように情熱的だとは思いませんでした。真っ直ぐだとは思っておりましたが」  母は俺を見ると、桜色の唇に力を込めた。 「ただ、一つ申しますが、破談を望む勢力は多いと考えられますの。そうすれば、貴方を政略結婚の道具と出来るのですから」 「クリスティーナとの事は――」 「ここまでくればクリスティーナは問題ではないのです。例えば貴方を他国の婿とする、国内の他の有力貴族の縁者を娶らせる、政略とはそういうものなのです」  俺は、それは想定していなかった。だが、考えてみるとそれはそれで悪くはない。シュトルフとの破談後の想定をしていなかった事に、ここへと来て気がついた。なるほど、見合いに失敗した後は、傷心のふりをして、他の相手を探せば良いのか。断罪されないような相手を。 「しかし貴方は、バルテル侯爵家の血もまた引く、誇り高き私の息子! そのような外野は蹴散らせるのですよ!」 「――え?」 「貴方にならば出来ます!」  俺の母の生家は、この国でも歴史が古い、バルテル侯爵家である。爵位上は、公爵であるツァイアー家の方が現時点では上だが、歴史の長さでは敵わない。建国当初からの貴族中の貴族、それがバルテル侯爵家だ。 「バルテルの敵は、容赦してはなりません。シュトルフ卿を巡る恋の政争、必ずや勝利するのですよ」 「母上……」 「ここにこの三日間で調査させたツァイアー公爵家の全資料があります。熟読するように。シュトルフ卿の好みを網羅しておりますわ」  母が俺の前に、分厚い書物を置いた。唖然としながら表紙を捲れば、そこにはシュトルフの好みの食べ物から嫌いな飲み物まで様々な記載があった。はっきり言って読む気が起きないと思ったが――考え直した。ここに書いてあるシュトルフの嫌いなものを好物として挙げ続けたら、シュトルフも俺とは気が合わないと判断を下す可能性が高いではないか! 「有難うございます、母上」 「良いのですよ。それに今後の王家の事も気にしなくて良いのです。第二正妃様とは、私上手くやっておりますもの。陛下もまた、私の掌の上ですし」  可憐なかんばせに、母が妖艶な笑みを浮かべた。上手くとは、どういう意味合いなのだろうな……? 俺の方こそ、母がこんなに熱い性格だなんて知らなかったし、母がバルテル侯爵家の人間だなんて事は、ほとんど忘れていた。 「さぁ、行きなさい。幸運を祈ります」  母が良い笑顔で俺を送り出した。俺は必死に頭に資料の内容を叩き込んでから、その資料をおいて、後宮を後にした。  その後は、近衛騎士に先導されて、旧宮殿へと向かった。道中、破談後の道筋が見えてきた事を、母には悪いが喜んでしまった。

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