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第9話 期限

「そう、俺は……ただ自分の気持ちを知ってもらいたかっただけで……シュトルフ。絶対に、お前に迷惑はかけない」  俺はダメ押しとばかりに、王子様然とした微笑を浮かべた。ちょっと苦しそうに見える笑顔を心がけた。するとシュトルフが、愕然としたような顔をした。 「っ……、め、迷惑……いや、あの……」 「俺の幸せは、好きな相手の幸せだ。だからシュトルフ、俺はシュトルフの幸せを祈っている」  言い切った俺は、静かに立ち上がった。 「破談となるのは辛いが、想いを伝えられて俺は満足した」 「待ってくれ!」  すると激しくテーブルを叩いて、シュトルフが立ち上がった。ちょっと演技を盛りすぎてしまっただろうか? 「その……――本心なのだとすれば、クラウス殿下の気持ちは……だから、その……」 「無論本心だ。俺は、己に素直になった。だからシュトルフも、自分の気持ちに正直になるといい……幸せにな」  俺は微苦笑を浮かべてそう告げ、そのまま歩き出した。ポカンとしているシュトルフは置き去りにした。良かった、無事に破談となった。良し、良し! よく頑張った、俺!  嬉しい気持ちで俺は、入口を目指して歩いた。  ――その時だった。 「クラウス!」  唐突に後ろから抱きしめられて、俺は硬直した。目を見開く。護身術もそれなりに極めてきた俺の背後をこうもあっさりと取るとは……――視線を下ろせば、そこにはシュトルフが着ていた衣を纏った腕があるし、反射的に振り返ろうとすれば、横には目を閉じているシュトルフの横顔があった。え。 「待ってくれ」 「……」 「俺はお前が大切だ」 「……え?」  耳元で囁かれ、俺は目を瞠った。 「どういう腹積もりかはさっぱり分からないが、もう良い。偽りでも構わない。先に俺を愛していると、それが真実だという嘘をついたのは、お前だ。俺は自分の気持ちを弄ばれる事は耐え難いと思った、でもな――……俺の腕の中に落ちてきたのはお前だ」  なんだって?  俺は事態が飲み込めず、呆気にとられながら、シュトルフから香ってくる良い匂いに浸っていた。 「大方、王位を継ぐ重責に耐えかねたといった理由なのだろうが――もう良い。クラウスが立太子しないと本気で言っているのならば、そうして何処かの誰かのモノになると考えなしに言っているのならば、俺が手に入れる」 「シュトルフ……?」  ギュッとシュトルフの両腕に力がこもった。俺はビクビクしながら、両手の指先で、その腕に触れてみる。俺達の家系は皆、細マッチョである。 「お前が言ったんだからな、クラウス。自分の気持ちに素直になれ、と」 「あ、ああ……」 「手に入るわけがないと確信していた。だが、俺は――機会は決して逃さない。もう決めた」  シュトルフはそう言うと、俺を腕から解放した。  ぎこちなくシュトルフへと、俺は向き直った。完全に自分の頬が引きつっているのが理解できる。 「クラウスの気持ちが今現在、俺に無くても、もう良い。必ず、手に入れてみせる」 「え」 「俺のモノになるのが嫌ならば、今日中にこれまでの嘘を撤回し、立太子すると陛下に弁明する事だな。今日一日だけ待つ。だが明日からは、俺は次期ツァイアー公爵としての全ての人脈と力を駆使して、お前を手に入れる」  そう言ったシュトルフの瞳の色は、僅かに冷たく見えた。  ――だが、ちょっと待って欲しい。  これは、ええと、即ち……? 「シュトルフ、お前は俺の事が好きなのか……?」 「自分の好きな相手が誰を見ているかさえ気づいていない愚か者の立太子を防ぐ事にもなって、良いのかもしれないな」  シュトルフはいつも通りの嫌味を返してきたが、その内容は、多分甘ったるい。 「根回しがあるから先に失礼する」  呆然としている俺の隣をすり抜けて、シュトルフが出口へと向かっていった。その背中をポカンとしたまま眺めていると、近衛騎士達が俺に歩み寄ってきた。 「やりましたね殿下!」 「相思相愛とは!」 「素敵なお二人です!」 「感動しました!」  いやいやいや、ちょっと待って欲しい。切実に待って欲しい。  嘘だろう? シュトルフが、俺の事を好きだった? 一体いつからだ? お互いに嫌いあっていて険悪だと確信していただけに、焦りばかりが浮かんでくる。俺は、危うくあいつの恋心を弄ぶ所だったのか? それは人として最低である。だ、だ、だが……真面目な話、シュトルフは、俺側には好意が無いと確信している様子だ。それでも良いだと?  純愛じゃないか!  断罪されるのは絶対に嫌だが、人として俺は、誰かの気持ちを弄ぶのも無理だ。  と、すれば、シュトルフに提示されたように、俺に残された選択肢は立太子し、次の国王となることだが、それではダイクを敵に回す事になるのは変わらないし、既に父・母・宰相閣下は俺がシュトルフを好きだと信じてしまっている。  まずい。今更、立太子するとは、どう考えても、言えない。  色々な意味で、後が怖い。  かと言って、シュトルフと結婚? シュトルフは俺の気持ちが無くても良いと言っていたが、本当に? 本当か? 清々しいほどまでに断言されたが。  ――期限は今日中。  その言葉が脳裏でぐるぐると回る。俺はひきつった顔で笑いながら、とりあえず王宮へと戻る事になったので、近衛騎士達に先導してもらった。

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