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第10話 外堀
王宮に戻った俺は、とりあえず自分の部屋へと帰った。期限が今日だと言われても、今日中に俺が行動を起こす予定はない。
「だめだ、考えがまとまらない。少し寝るか」
昼食は、本来であれば見合いの席で食べてくる予定だったが、帰ってきてしまった。とはいえ、色々考えすぎて、食欲はお世辞にもあるとは言えない。それよりもここ数日の寝不足が優った。
寝室に引き上げて、俺は毛布に包まった。するとすぐに睡魔に飲まれた。
次に目を覚ますと――なんと、翌朝になっていた。誰も俺を起こす事は無かったようで、侍従が朝食だと声をかけに来た。期限の件は、どうなったのだろうか。そう思いながら着替えて、俺は朝食をとる事にした。すると侍従がアイロンをかけた新聞を、目立つ位置に置いた。俺は食べながら読む事は無いので、いつもは食後に届けられる。こういう場合は、何かの重大ニュースが王国新聞に記載されている時に限る。
なんだろうかと手に取り、俺は思わず勢いよく新聞を広げた。
『次期ツァイアー公爵シュトルフ卿と第一王子クラウス殿下のご婚約が内定』
一面に書いてあった。俺とシュトルフが、テラスで食事をしている写真付きだ。え。どこから漏れた? いや、隠していないから別段おかしくはないが、まだ内定はしていない。片隅には、『クリスティーナ嬢との婚約は破棄』『ダイク第二王子殿下の立太子の儀の日取り選定中』などと記載されている。
単純に憶測が記載されているだけではない。俺が卒業パーティで熱烈に告白した事を含め、どころか父である国王陛下『祝福する』、母である正妃『母として嬉しい』、宰相閣下の『現在調整中』――これは遠隔的に認めている、といった言葉まで並んでいる。
唖然とするなという方が完全に無理だった。
「こ、これは――」
俺が侍従達を見ると、彼らはみんな満面の笑みだった。
期日って新聞の期限だったのか? そういう事か? どう考えてもシュトルフが手を回したとしか思えないような卒業パーティの記事の内容、宰相閣下は確実に噛んでいる他の記事……!
……じっくりと寝て空腹だったはずなのに、この朝食べたパンの味を俺は思い出せない。
寝ている間に、俺の外堀は、完全に埋め立てられていた。そんな、そんな……シュトルフには振られる予定だったんだぞ? 俺は、シュトルフと結婚するのか? 真面目に?
「クラウス殿下、陛下がお呼びです。正式なご婚約の手続きのために、シュトルフ卿がおいでだそうです」
「……! そ、そうか」
断るわけにもいかないので、心の中では大混乱状態だったが、俺はやって来た侍従の言葉に頷いた。こうして食後、俺は近衛騎士に先導されて、謁見の間へと向かった。そこには、父・母・宰相閣下、そしてシュトルフの姿があった。
「誠にめでたい事であるな」
国王陛下が両頬を持ち上げ、ニコニコしながら俺を見ている。母も白磁の頬を桃色に染め、ゆったりと頷いている。宰相閣下は書類を片手に、顔を上げた。
「今後の日程を決定しよう」
「ツァイアー公爵家にて、ある程度の草案を固めてまいりましたが」
「さすがはシュトルフ卿」
シュトルフの言葉に、宰相閣下の顔が明るくなった。過去、この二人はどちらかといえばつかず離れずを維持してきた上、あまり親しかった記憶は無いが、宰相閣下は仕事が出来る人間が基本的に好きだというのは知っているし、シュトルフにも実力があるのは分かっている。
「ま、待っ……そんな、急な――」
俺はなんとか回避すべく、最後の悪あがきをする事にした。すると一同の視線が俺に向いた。
「善は急げであるぞ?」
「そうですわ。陛下の仰る通りです。クラウスももう十八ですものね」
このアクアゲート王国の王侯貴族は、大体の場合、王立学園の卒業直後、即ち現在の俺と同じように十八歳から遅くとも二十歳の間に、許婚か見合いで結婚する事が多い。現在二十一歳のシュトルフも、初婚は十九歳だったはずだ。
「ダイク殿下の立太子の儀を卒業後にするとして、来年の春から夏となる。その前には、式を終わらせてしまった方が何かと国の行事運営上はやりやすい。各国に招待状も出す事になるしな。つまり今年中には、結婚して頂きたい。婚姻前にダイク殿下が立太子するという噂が流れた場合、クラウス殿下に問題があったと勘繰られる可能性もある」
宰相閣下が大きく頷いた。するとシュトルフが微笑した。
「宰相閣下、ツァイアー公爵家では、既に降嫁の用意を整え、クラウス殿下のお住まいをご用意し、今後の侍従や護衛の手配も全て終えております」
「本当に有能だな、シュトルフ卿は。これまで敵……別陣営であった事が惜しくてならない。今後はどんどん仕事を振っていく所存だ」
「有難きお言葉」
ニコリとシュトルフが卒のない笑みを返している。宰相閣下も嬉しそうだ。
俺の話なのだが、俺を抜きにして、爆速で話がまとまっていく。
もう今更、結婚しないと言える状況ではない……!
「良かったな、クラウス。幸せにな」
国王陛下がうっとりとした様子で俺を見ている。母は扇で仰ぎながら、隣で頷いている。宰相閣下とシュトルフは相変わらず仔細を詰めている。展開が早すぎて、俺はチラッチラとシュトルフを見てしまった。すると、不意にシュトルフが顔を上げ、スっと双眸を細めると、口角を持ち上げた。してやったり顔に、イラっとした。
「も、勿体無き……あ、有難き幸せで……」
抗議してやりたい気持ちでいっぱいだったが、国王陛下達が俺の言葉を待っていたため、俺は必死で笑って、それだけ答えた。
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