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第14話 主導権
食後俺は、ツァイアー公爵家に用意されていた、俺の降嫁後の部屋へと案内された。一流の調度品が並んでいる。王宮の部屋とも遜色ない。さすがに部屋数は王宮の方が多いが、公爵家は十分広い。そこに完璧な部屋が用意されていた。本当に準備が早すぎる。
「好みの品があれば、教えてくれ。用意しておく」
「現状でも俺は満足だぞ。シュトルフは趣味がいいんだな」
「クラウスが好きそうなものを手配しただけだ」
さらりと言われて、俺は複雑な心境になった。そこへ侍女がカップを運んできたので、俺とシュトルフは向かい合って長椅子に座した。食後の紅茶かと思ってみていたら、何やら違った。
「これは?」
「お体を綺麗にする魔法薬茶でございます」
「そうか」
侍女の返事に、俺は自分の手を見た。
最近は断罪の件で顔色こそ悪かったかもしれないし、寝不足も続いたが、元々俺は自分の容姿がどちらかといえば綺麗で優れている方だと自負していた。しかしわざわざ綺麗にするお茶を用意されたのだから、公爵家の伴侶となる者として、暗に気を遣えと言われているのだろうか? 男でもそういう部分は気遣うべきなのか?
一口飲んでみると、甘い味がした。シュトルフの方には、普通の紅茶が用意されている。俺がカップを傾ける姿を、静かにシュトルフは見ていた。視線が気になる。かなり真面目な顔でシュトルフは俺をまじまじと見据えていたからだ。
「寝室は宣言通り、別に用意させた。今後は、滞在時は同じ部屋で寝てもらうぞ」
「ああ。本当に準備が早いな」
俺が頷くと、シュトルフが非常に複雑そうな眼差しに変わった。
「一切隙が無いようで、隙だらけにも思えて、俺はクラウスの事がよく分からなくなってきた。いいんだな?」
「どういう意味だ? 何が?」
「お茶を飲み終わったら、寝室を見に行くつもりだ」
「案内感謝する」
「……っ、ああ」
正直俺は別段、枕が変わろうとも眠れなくなったりしないので、適当な客間でも大丈夫だ。その後俺達は、主に天気の話をしながら、お茶を飲んだ。俺とシュトルフが二人でいて自然発生する会話は、やはり天候の話題が多い。
「そろそろ行くか」
お茶を飲み終えたので、俺は窓の外から視線を戻し、シュトルフに提案した。
「――良いんだな?」
「ああ、構わない」
俺は寝室には、本当にそこまでこだわりはない。
大きく頷くと、一度ギュッと目を閉じてから、シュトルフが立ち上がった。
その後俺達は執事に先導されて、寝室へと向かった。道中でも本日の空模様について、これでもかと語り合った。そうして到着した寝室で、執事が扉を開けていたので、俺は中に入った。そのまま窓際まで進む。だんだん雲が増えてきた。追加の話題は、明日の天気の話にでもしようか。そう考えていた時、ガチャリという音を耳にした。鍵が閉まる音だ。
「?」
振り返ろうとした俺は、真後ろにいるシュトルフに気がついた。
他の部屋の時と違って、使用人や執事達は、入ってきていない。
「優しさを発揮させてもらう」
「近い!」
なんとか振り返るべく体を動かした時、シュトルフがそっと俺を抱き寄せた。ここに来て俺は、目を見開いた。寝室で、二人きり……! 男同士であるし、相手はシュトルフであるしと警戒心などゼロだったが、考えてみればシュトルフは現在俺の婚約者ではないか! 一番警戒すべき対象だった!
旧宮殿での力強い腕とは異なり、今は、本当に優しく軽く、肩と腰に手を回されているだけなので、取り押さえるのは易い。だが一般的に、婚約者に抱きしめられて取り押さえるというのは変ではないか? それこそ断罪コースに近づきそうだ。
「離し――」
離してくれ、と、言おうとした時、片手で頬に触れられた。俺が目を見開いた時には、真正面には端正なシュトルフの顔が迫っていた。え。呆然としていると、そのまま唇に触れるだけのキスをされた。
「キスがしたい」
「今お前、既にしたよな?」
「足りない」
「ン」
そのまま続けてキスをされた。触れるだけの啄むような口づけを繰り返され、俺は必死に頭を回転させる。キス、キス……キスくらいなんだというのだ! キスごときで怯える俺ではない! そうだ、ここで主導権を握ってしまえば、シュトルフは俺に従うかもしれない。我ながら名案だ。
次に唇が離れたタイミングで、俺は己の唇をぺろりと舐めた。するとシュトルフが驚いた顔をした。俺は無理に笑顔を浮かべ、余裕ある風を装い、そうして自分からシュトルフにキスをしかけた。口を開いて、より深いキスを誘う。
「っ、ん……」
するとシュトルフがすぐに応え、俺の口腔に舌を挿入してきた。片腕では俺の腰をより強く抱き寄せ、もう一方の手では俺の顔に触れながら、深く深くキスをしてきた。俺の歯列をなぞったシュトルフは、それから俺の舌を絡めとる。俺も負けじと舌を動かす。一瞬息が苦しいと思ったのだが、丁度そのタイミングでシュトルフが角度を変えて、呼吸を促してくれた。
「ッ、ふ……」
何度も舌を絡め合っていたその時、シュトルフが不意に俺の舌を甘く噛んだ。
瞬間、俺の体がビクンと跳ねた。その直後再び歯の裏側を舐められると、体の奥が熱くなり、ふわふわした感覚が襲ってきた。
――気づくと俺は、キスに夢中になっていた。シュトルフ、ちょっとキスが上手すぎる。俺は俺の方が絶対に巧みだろうと根拠なく確信していた。だが、手腕が違いすぎる。口が気持ち良い……! ま、まずい、勃ちそうだ……!
次第に息が上がり始めた俺は、さりげなく首元の服を緩められている事など全く意識しないまま、その後もキスに浸っていた。
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