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第42話 五日間の長短
若年層の夜会から数日――正確には、五日が経過した。俺は参加のお礼状を片づけた後、毎日暦を見ていた。だから五日と分かっているというよりは、シュトルフと顔を合わせない日を数えてしまった結果、正確な日数を記憶してしまっている。
正直俺は、毎日シュトルフについてばかり考えている。
……本当、俺はどうしてしまったのだろうか。これが、恋か。
いや、そもそもの話であるが、まだたったの五日しか経過していないのに、その五日が非常に長く感じる点が、俺はどうかしてしまっているだろう。
一つ言える事として……会いたい。
これに尽きる。
「シュトルフは、今頃何をしているんだろうな……」
気づくと呟いている俺がいる。次回公的に顔を合わせる予定は、来月だ……。遠い。別段、婚約しているのだから会う権利も自由もあるとは思うのだが、上手い用件が見つからない。
「手紙でも書いてみるか?」
俺は執務机の上に載せたままだったインク壺を見た。お礼状を書いた際に使ったからというよりも、俺にも時折公務がある為、その関連で常に置いてある。
「……天気の話から始めるべきか?」
ブツブツと呟きながら、俺は抽斗の中から羊皮紙を取り出した。そして執務机の上にそれを置いた時、ノックの音が響いてきた。
「はい」
『クラウス殿下、ツァイアー公爵家より使いの者が参り、シュトルフ卿からのお手紙をお届けするようにと』
「――! そ、そうか。入ってくれ」
俺がそう声をかけると、侍従が一人入ってきた。そして俺に蝋印された封筒を差し出した。受け取り、俺は慌ててペーパーナイフで封を開ける。
「……」
シュトルフからの手紙には、『降嫁時の持ち物を置く部屋について相談したい』と書いてあった。達筆な字で、『その為、一度公爵家で部屋を見てほしい』ので『都合が良ければ本日昼食でも』と記載されていた。
俺は丁度出した所だった羊皮紙に、返事をしたためつつ、侍従に伝えた。
「すぐに行くと伝えてほしい。返事も今書く」
「畏まりました」
俺は天気の話は割愛して、返事のみを書いた。そして最後に、『愛している』とでも書くべきか悩んだが、止めておいた。独り言ではいくらでも言えるのだが、口に出したり書いたりするのは中々に照れくさい。慌てて封筒に入れてから、俺は封をして、それを侍従に渡した。
「用意をする」
「こちらのお手紙をお届けしてから、お手伝いに参ります」
「有難う。それと、着替えの手伝いは不要だから、何か手土産を手配してもらえないか?」
「承知致しました」
笑顔で侍従は頷き、踵を返して出ていった。俺は我ながら浮かれつつ、隣室へと向かい、クローゼットの中を見る。この五日間の内に、実は俺は二着新調した。首が見えない服を……――正直、期待している。
昨日など……シュトルフを思い出して、ひっそりと自慰に耽ってしまった。だが、自分の手ではとても空しかった。後ろも弄られなければダメになってしまったのかと一瞬だけ蒼褪めたが、ためしに一本指を入れてみて確信した。そういう事ではなかった。シュトルフがそこにいなければダメだとしか言いようがない。
その後俺は常用している魔法薬茶を改めてもう一杯飲んだ後、鞄に着替え用のシャツと下着を念のため入れた。気合いが入りすぎだろうか?
無論、シュトルフは真面目な相談の為に、俺を呼んだのだろう。
だが俺は、シュトルフの体温が恋しい。
「殿下、馬車の手配もして参りました」
そこへ侍従から声をかけられ、俺は振り返った。慌てて鞄を片手に持ち、大きく頷く。
「助かった。いつ発てる?」
「いつでも可能です。手土産の品に関しては、先程王妃様の侍女が、『バルテル侯爵領からのお裾分け』だとして、果実酒を殿下にお渡しするようにとの事でしたので、それでいかがと」
「そ、そうか。母上が……」
母上はきっと、シュトルフが手紙を書いた事も知っていたんだろうな。
バルテル侯爵家の情報網は末恐ろしいが、今回は感謝だ。
「では、行ってくる」
「行ってらっしゃいませ」
俺は侍従から手土産の箱を受け取った後、近衛騎士のジークに先導してもらって王宮の内部を足早に歩いた。つい気が急いて、自然と早く歩いてしまった。その後、停まっていた馬車に乗り込み、走り出してからは胸の動悸に苛まれた。
シュトルフに会える。
会える! 会える!!
その事実が、尋常でなく嬉しい。早く顔が見たいし、声が聴きたい。
車窓から王都の街並みを見ながら、いつの間にこんなにも好きになってしまったのだろうと考える。こんな風に自分の考えが変わるなんて思ってもいなかったし、恋とは偉大だとしか言えない。
早く到着しますようにと祈りながら、俺は静かに目を閉じた。
「ようこそおいで下さいました、クラウス殿下」
ツァイアー公爵家に到着すると、シュトルフが出迎えてくれた。その姿を見ただけで、俺の胸は疼いた。シュトルフは何処からどう見てもいつも通りなのだが、無駄に格好良く思える。
「お招き感謝する」
その後手土産を執事に渡してから、俺はシュトルフに促されて中へと入った。
「先に昼食にしよう。クラウスの予定が空いていて幸いだった」
「ああ」
急いできた俺だが、確かに既に日が高い。頷きながら、俺はダイニングを目指して歩いた。並んで歩くようにしながら、俺は時々シュトルフの横顔を伺う。例えば雲の形といったような、馬車の中で車窓から仕入れてきた天候の話は腐るほどあるが、シュトルフに見惚れてしまってちょっと言葉にならない。
「降嫁時の持参物については、既に宰相府から書類が届いているが、他に何か私的に持ってくる予定の品はあるか?」
「今の所は、特に予定はないな」
「そうか。欲しいものがあれば、こちらで新調する事も可能だ。クラウスは身一つで来てくれても良いが――やはり降嫁となると品が多いな」
シュトルフが微笑した。俺も持参品予定物の一覧は見たが、確かに多い。特に王太子として育てられた俺は、産まれた時、俺だけのために設えられた品が数多くあるため、それらの扱いが検討されている。俺の出生を言祝いで打たれた剣なども多数ある。実用性は皆無で、普段は宝物庫に展示されている品が多いのだが、その内のいくつかは持参する事になる。
「この邸宅の宝物庫のほかに、今回新しく用意した部屋と、あとは彫像のいくつかは領地の城へと考えている。クラウスがこだわりのある品をなるべくこちらに残す形にしたいとは思っている」
「そうか。こだわりの品か……」
俺は車窓からトマトの形をした雲を発見して、脳裏のネタ帳にメモをするのではなく、きちんと用件について考えてくるべきだったと後悔した。俺には下心しかないわけだが、シュトルフは真面目だ。なんだか申し訳ない。
「肖像画に関しては、婚姻後にも画家を呼ぶ予定だが、過去のものの内持参する品は、俺としてはこちらにも飾りたい」
シュトルフの声に頷いた時、俺達はダイニングへと到着した。
本日のメインは魚で、俺の持参したワインも振る舞われた。食事の最後には、魔術で凍らせたのだという苺が出てきた。それが中々に美味で、あまり魔術調理した品は王宮ではお目にかからないので、俺にとっては新鮮だった。調理魔術師は、王国内でも数が少ない。なお、食事の席でも主に持参する品について話していた。
食後はシュトルフが珈琲、俺は魔法薬茶を飲んだ。自然と出されたのだが、意識しすぎの俺はそれだけでドキリとした半面、安堵もしてしまった。
「さて、部屋を見に行くか」
それぞれが飲み終えた所で、シュトルフが述べた。俺は大きく頷いた。
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