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第47話 語ってほしいのは湖についてだ!

 本日の昼食は香草焼きで、非常に美味だった。  食後、ヴォルフとダニエルが帰るのを、俺とシュトルフは門の所まで見送りに出た。 遠ざかっていくフェリルナ侯爵家の馬車を見送って暫くした時、隣でシュトルフが腕を組む気配がした。顔を向けると、シュトルフが視線を下げていた。 「クラウス、何を話していたんだ?」  まさかシュトルフに断罪される恐怖についてだとは言えない。俺が言葉を探している前で、シュトルフが続ける。 「王族同士の話題に俺が入るのは問題があるのではとは理解している」 「シュトルフ……」 「ただ、気が気ではなかった」  透き通るような声でシュトルフに言われ、俺は心苦しくなった。しかし説明は出来ない。 「悪い……秘密だ」 「そうか。理性的に納得する事にはするが、嫉妬せずにはいられないからな」  顔を上げたシュトルフは、それから首だけで邸宅に振り返った。 「もう少しゆっくりしていったらどうだ?」 「ん? ああ」 「迎えは夕方にと、昨夜王宮には伝えてある」 「分かった」  頷いてから、俺はシュトルフに一歩近寄った。そして祈る心地で、その手に触れてみた。 「シュトルフ、あのな」 「なんだ?」 「俺はシュトルフが好きだ」 「……」 「シュトルフ以外なんて考えられない。俺を信じてくれ」  必死で俺はそう告げた。浮気をする予定も無論皆無だが、何よりシュトルフに信じてもらいたい。  その時、シュトルフが俺の手を握り返してきた。 「クラウス、もっと言ってくれ。お前の言葉が欲しい。俺を信じさせてくれ」 「愛してる」 「――無論、言葉だけでなく、すべてが欲しいが」  シュトルフはそう述べると、漸く口元を綻ばせ、優しい目をした。それに安堵しつつ、二人で歩き始めながら、俺は視界に入ってきた庭を見て思わず告げる。 「シュトルフこそ、きちんと俺が信じていていいようにしてくれ」 「? どういう意味だ?」 「ダニエルとはどんな話をしたんだ?」 「主に植木の話をしたが?」  どうやらシュトルフは、ダニエルの好意に気づいていない様子だ。全く、先が思いやられる。 「他には?」 「婚約を祝福されたから、いかに俺がクラウスを好いているか伝えておいた」 「そ、そうか」 「こちらには、聞かれて困るような話題は一切無かったぞ」  嫌味ではなく事実を語っている様子で、シュトルフが述べた。俺は頷いて、その言葉を信じる事に決めた。  ツァイアー公爵邸に入ってからは、俺達は一度応接間に戻った。私室や寝室の他に、婚姻後は二人専用のリビングなども出来る予定だが、まだ家具などの選定などで使用できないようだ。  応接間には新しいお茶が用意されていた。  控えていた侍女や侍従が、珈琲や魔法薬茶を振る舞ってくれる。 「しかしいきなりの来訪には驚いたな」  シュトルフがカップを傾けながら呟くように言ったので、俺も頷いた。  その後は、王宮から迎えの馬車が来るまでの間、俺達はヴォルフ殿下達の事や先日の夜会の話、そもそもの用件だった降嫁後の荷物についてや、時折天気の話をしながら――合間に好きだとお互いに告げた。昨日今日との会話を振り返ると、天気の話よりも愛をささやいた回数の方が多い気がして、俺は内心で嬉しくなっていた。  茶会時を過ぎてから馬車が来たので、俺はシュトルフに手を振って、この日は帰還した。車窓から、いつまでもこちらを見送っているシュトルフを確認して、改めて好きだなと思ってしまった一日だった。  王宮へと戻ってからは、私室へと戻り――翌朝まで俺は熟睡した。  体がもたないというほどではないが、シュトルフとの夜は激しすぎる。一日に二回までの約束は果たしてどこに行ったのだろうかと、おぼろげに考えながら、翌朝俺は目を覚ました。夢すら見ず、深く深く眠って起きてから、そんな事を考えてしまった。  私室で朝食を食べてから、俺は届けられた新聞を眺める。  本日の天気は、雲は多めらしいが晴れらしい。  ……まぁ、何回体を繋ぐとしても、会えないよりは会いたい。どんどんシュトルフに絆されていく俺がいる。  ノックの音がしたのはその時で、声をかけると侍従が入ってきた。 「クラウス様、今宵、国王陛下がお食事を共にとの事です」 「父上が? ああ、承知した」  予定もないのですぐに俺が同意すると、頷いたこちらを見て、侍従が踵を返した。  婚儀までの間は、確かにやる事はいくつかあるのだが、学院時代と並行して行っていた公務とさして変化は無いので、そう多忙でもない。寧ろ、結婚後は家族と会う機会が減るわけだから、食事といった機会は大切にしたいなと漠然と感じた。  ちなみに今週の公務の予定は、明後日にまず王都の植物公園の植樹祭がある。その次は、金曜日に他国から外交に来る先方の大臣に面会だ。そうしてまた週末が来るのだが、次の月曜日がこの国の祝日の一つである、前国王である祖父の生誕祭なので、三日連続の休日となる。この日は王族で会食をするのが通例なので、王宮を開けるわけにはいかない。 「次にシュトルフと二人きりで会えるのは、連休明けか……」  五日ですら長いと思ったが、何も無い状態の五日間とは異なり、予定がある分には耐えられるような気がする。  そろそろ夏の気配も色濃くなってきた。俺は新聞を読み終えてから、この日は降嫁時に持参する品の確認などを行って過ごした。折角ツァイアー公爵邸で部屋を用意してもらったのだしと考えながら、色々と見て回った。  昼食後も同様の確認作業をし、俺は夕食に備えた。詳細な時刻は午後の七時半からと決まり、王立学院から戻ったダイクも招かれていると耳にした。ただの食事だとは思わないので、何の件かについて考えながら過ごし、俺は時刻を待った。  その後近衛騎士のジークに先導されて食事の席へと向かうと、既にダイクの姿があった。 「兄上」 「元気そうだな」  同じ王宮で暮らしてはいても、毎日顔を合わせるわけではない。  なんだか久しぶりな気がしつつ、俺は微笑を浮かべる。するとダイクもまた明るい表情になった。昔では考えられない笑顔だ。前世の記憶を思い出して良かった事の一つとしては、兄弟仲が良くなった事は挙げても良いと思う。  その後、宰相閣下と共に、父上が訪れた。宰相閣下も同席するという事は、やはりただの食事ではないはずだ。  開始こそ和やかに、皆で皿を前に座し、飲み物をグラスに注いでもらった。  壁際には侍従や給仕の者、近衛騎士らが控えている。 「さて、本題だが」  切り出したのは国王陛下で、父上はダイクを一瞥すると穏やかに笑った。 「ツァイアー公爵令嬢クリスティーナと、ダイクを婚約関係とする事を公表する件についてだ」  それを耳にして、俺は納得した。これは俺も呼ばれるのが分かる。 「本年中にクラウスはシュトルフと婚姻するだろう? よって、来年のダイクの王立学院卒業と立太子の儀の終了後に、クリスティーナをダイクが正妃として迎えられるよう、予定で考えている。なぁ、宰相?」  父上が微笑すると、宰相閣下が静かに頷いた。それを見てから、俺はダイクに視線を向ける。すると非常に嬉しそうな顔をしていた。 「クリスティーナの事は、必ず俺が幸せにします」  ダイクが力強い声で述べた。二人の仲が順調そうで、俺はホッとしてしまった。 「そこで次の、来週月曜の祝日に、クリスティーナ嬢とダイク第二王子殿下が婚約する事を正式に公表する方向で、宰相府としては調整を行っています」  宰相閣下が言うと、ダイクが目を輝かせた。元々王族は会食の予定で集まるし、最高の日取りだろう。慣例通りなら、他国にいるルゼフ叔父上は兎も角、ツァイアー公爵家の面々も招かれる。 「おめでとう、ダイク」  俺が頬を持ち上げて伝えると、ダイクが満面の笑みで何度も大きく頷いた。 「それでは、我輩は執務が残っておりますので、これにて」  用件が済むとすぐに、宰相閣下が立ち上がった。早いが華麗に食べ終えている。恐らくあとは親子三人でという配慮もあったのだと思う。宰相閣下が退出するのを見送っていると、国王陛下が咳払いした。 「ダイクの件は、まことにめでたいが、クラウス。そちらはどうなっているのだ?」 「え? ええと……」  水を向けられた俺は、言葉に窮した。実父に、惚気るような鋼の心臓が俺には無い。 「……さ、昨日と一昨日は、降嫁後の部屋についての相談などを行ってきました」  嘘じゃない。嘘ではない! 「俺とクリスティーナは、この週末は王立学院の林間学校だったから、一緒に湖を見ました」  頬を染めているダイクを見て、清純なお付き合いだなと内心で考える。俺は決してただれた関係にある事には触れたくない。だが、まだ痕が残る首筋を思い出し、本日は隠れる服を着ていて良かったと心底思った。 「今日の主役はダイクです。ほら、ダイク! もっと湖について教えてくれ!」 「ん? いやぁ、そうだなぁ。俺は水にはあまり興味がないから、どうやってクリスティーナの手を握るかばっかり考えていたけどな? 兄上達は? 初めて手を繋いだのはいつだ? どんな時に、どんなタイミングで?」 「俺の話はどうでも良いだろう……!」  俺は思わず、両手で顔を覆った。  するとクスクスと国王陛下が笑った。 「息子達が幸せそうで、本当に何よりだ」  このようにして、この夜の夕食の時間は流れていった。

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