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第48話 ヒロインの役割が分担されている?

 その週は公務をしたりしつつ過ごし、祝日に備えた。予想通り、ツァイアー公爵家の人々も訪れたので、二人きりではないが、食事会の席にはシュトルフの姿もあった。  隣り合わせの席に座った俺は、さりげなくシュトルフの横顔を伺う。会いたかった。  ダイクとクリスティーナの婚約の件は、先程王宮担当の報道官が公表した。  そちらの二人も並んで座っている。  他にテーブルには、勿論国王陛下、そして正妃である俺の母上や第二王妃様の姿などがある。懐妊中の第三王妃様は、本日は体調を鑑みて欠席だそうだ。 「クリスティーナとダイクの婚約内定を祝した夜会は、急ではあるが来週の金曜日に行う」  国王陛下の言葉に、皆が頷いた。  正確には、俺とシュトルフほど明確な発表ではなく、許婚関係を再構築したという発表の体を保つのと、まだ二人が王立学院に在学中である事を踏まえての、小規模の夜会になるらしい。卒業後に、より大々的に発表が行われるという日程は、俺も聞いていた。  リュゼル叔父上と国王陛下が仔細を詰めながら、子羊の肉を切り分けている。  今回は、王宮の第二大広間で夜会を開くそうだった。  祖父を偲びつつも、その場には明るい雰囲気が漂っていた。  ――その週は、急遽開かれる事になった夜会の準備に追われているようで、シュトルフとは公務が無くても会えなかったが、俺側にも夜会の準備があった為、多忙だった。ダイクはまだ学院の学生であるから、俺が代わりに招待状の手配に駆り出された結果だ。 「はぁ……」  こうしてやってきた夜会当日。  本日のシュトルフは、クリスティーナの保護者役を叔父上と共に務めるようで、俺と同伴するわけではない。身支度を整えて会場入りした俺は、既に会場にいて挨拶客達の対応をしているシュトルフを遠くから眺めた。  近衛騎士のジークが俺の後ろに入る。  本日の主役はダイクとクリスティーナなので、俺はあまり目立つわけにはいかないので、ジークと共にひっそりと壁際により、時折挨拶に訪れる人々と言葉を交わした。それ以外の時間は、遠目にシュトルフを見て過ごしていた。  最近は並んでいる時間が多かったから忘れがちだったが、傍から客観的に見ていると、シュトルフは実に洗練された物腰の貴族で、端正な顔をしている。敵としか認識していなかった時は考えた事も無かったが、今ならば――モテるのも分かる。  分かる。それは、分かる。  だが俺は、イラっとしてしまった。フェリルナ侯爵子息のダニエル卿が、シュトルフのすごくそばにいる。歩み寄ろうとしているのが、遠くから見ていると良く分かった。思わず俺は目を据わらせた。 「やぁ、my推し!」  その時、真横から快活な声をかけられて、俺は我に返った。視線を向ければ、いや、向けなくとも呼び名で分かるが、そこにはヴォルフ殿下が立っていた。 「壁の花の推しも、本当に尊い!」 「ごきげんよう、ヴォルフ殿下」  気分を切り替え、俺は作り笑いを浮かべた。するとヴォルフが、少し屈んで俺を見た。 「あのな、俺は再び大変な事に気づいてしまったんだ」 「気づきすぎだろう!? 今度はなんだ!」  小声ではあったが、俺は思わず語調を荒げてしまった。 「本来、ダイクとクリスティーナの婚約内定に関する夜会――つまり、今夜のこの催しは、本編ではクリスティーナをめぐる恋の政争が一段落した秋に行われるはずだったんだ。その際も、俺の愛するあの小説においては、俺という存在はまだクリスティーナを諦めない当て馬だった……!」  ボソボソとヴォルフが言う。俺は必死で耳を傾けた。 「つまり、時期が早くなっている!」 「そ、そうか。それで?」 「ストーリーがやはり僅かに変化しているんだ。先日の俺の推測の信憑性が増した」 「……」 「だが、大筋は変わっていない。やはり、クラウスは断罪される可能性がある!」  ヴォルフの言葉に、俺は嫌な汗をかきそうになった。 「俺は断言して、クリスティーナを愛してはいないから、当て馬にはならない」 「――メインヒーローがダイクに固定されたから、時期が早まったという事は無いのか?」 「推しがメインヒーローという用語を覚えてくれて、俺は嬉しい。いいや、しかしそこは問題ではない」  俺は自分もまた記憶を保持しているとは伝えていない為、視線を一瞬背けて誤魔化した。 「問題、は! 俺にはクラウスしかいないという事だ! 好きだ、my推し!」 「悪いな、俺にはシュトルフだけなんだ」  きっぱりと断言してから、俺はシュトルフに視線を戻した。そして眉を顰めた。  なんとダニエルが、シュトルフの真横にいて、その腕に触れている。思わず口を開けて、俺は唇を震わせた。何も触る事は無いんじゃないのか? 「……シュトルフ、楽しそうだな」  すると俺の視線を追いかけたらしく、ヴォルフが呟いた。俺の胸にグサっとその言葉が突き刺さった。 「ク、クリスティーナの祝いの席だからな。兄として嬉しいんじゃないか?」 「あんなの、俺から見たら浮気だ」 「っ」 「俺は、絶対にクラウス以外に手を触れさせたりはしないぞ」  ヴォルフの声は冷静だ。いつものテンションの高さが無い。真剣に聞こえる。 「今ならまだ間に合う。俺を見てくれないか?」  それを耳にし、ふと俺は考えた。いくら前世の記憶があるとはいえ、ヴォルフはクリスティーナの攻略対象の一人である。当て馬だとは言え。だとすると……ヴォルフの推測とやらに俺はまだピンとはきていないし、シュトルフとクリスティーナの役割が混じっているかは不明だが、その理屈でいくと俺とクリスティーナの役割も混じっているという事にならないか? つまり、俺の一部もクリスティーナの役割が入り込んでいるのか?  と、若干混乱したが、俺は改めてヴォルフに告げるべきだと思った。 「本当に悪い。俺は、シュトルフが好きなんだ。ヴォルフ、お前は友達だ」  するとヴォルフが目を丸くした。 「そうか――ただ、友達だと思ってもらえるだけでも嬉しい。今後も俺は、全力で推しを推していく! 何かあったらいつでも相談してくれ!」  そう言って笑ったヴォルフは、ちょっと目を惹く格好良さだった。だが俺は別段、シュトルフ以外の同性に心を動かされた事は無いので、言葉をそのまま受け取っておく事に決めた。

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