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64.ばいばい

アデルバード様は僕の存在を確かめるように顔をぺたぺたと触って、僕の額に自分の額を当ててもう一度だけ良かったってホッとしたように言った。 「心配させてごめんなさい……。伝言聞いてくれたんですね」 「リュカが攫われたと聞いて心臓が止まるかと思ったよ。本当に無事でよかったっ」 「ラセットさんが護ってくれたから」 「……そうか……だが、髪が……それに怪我もしている……」 アデルバード様が僕の髪を見て眉を寄せた。 ラセットさんを助けた時にまとめていた髪が切られてしまって不揃いに髪が短くなってしまっていた。それに、殴られた所も今更痛みが出てきて、痛みに眉を寄せる僕をアデルバード様が心配げに見つめてきた。 「陛下?」 僕達の様子を黙って見ていたアデレードがボソリとそう呟いて、アデルバード様が彼へと視線を移した。 「……アデレード=ロペスだな」 冷えきった目でアデルバード様がアデレードを見下ろす。 「……そう、僕が本物のアデレード=ロペス」 「リュカに何をした」 「……リュカ……ね。名前で呼び合う仲ってことは上手くいってるんだ」 「質問に答えろ」 噛み合わない会話にアデルバード様が苛立つのが分かったけれど、アデレードはそれでも喋り続ける。 「おかしいと思ってたんだずっと。会ったことも無いのに僕に求婚するなんて……最初から陛下は僕のことなんて必要としてなかったんでしょ」 「そんなこと随分昔に分かっていたのではないか?」 「……そう、かも」 そう言って悲しげに笑みを浮かべたアデレードは俯いてまた涙を流す。 それを相変わらず冷めた目でアデルバード様が見つめながら、周りにいた護衛の人達に男達とアデレードを連れて行くように指示を出した。 「……アデルバード様、命だけは取らないで」 「酷いことをされたのに庇うのかい?」 彼が僕に尋ねてくるから、僕はしっかりと頷いて、お願いしますって伝える。 命さえあればきっとチャンスは巡ってくる筈だから。 「……この国で起きたことだから、この国の刑を執行することが出来る。だが、ライヒトゥム国の意見も無視は出来ないから何とかしてはみるけれど確約は出来ないよ」 「……それでもいいです」 「わかった」 僕の頭を撫でながらアデルバード様が安心させるように微笑んでくれる。それに微笑み返すと、アデレードに再び視線を戻して僕はそっと彼に手を差し出した。 「……なに」 「最後に手を繋がせて欲しい」 「……」 「もう、会うことは無いかもしれないから最後に兄として僕の手を取ってくれないかな」 「……お前は甘ちゃんすぎる……僕なんかを助けようとするなんて」 「返す言葉もないよ」 そう言ってヘラりと笑った僕の手をじっと見つめていたアデレードは、1度だけ視線を逸らしてから、そっと僕の手を小さくて真っ白な自身の手で掴んでくれた。 しっかりと握りあって、お互いにお互いの存在を刻み込む。 人を許さないことは簡単で、突っぱねることも容易いけれど、受け入れる勇気を持つことはとても難しいと実感する。 「ばいばいアデレード兄さん」 「っ!……お前はっ」 僕はアデレードの言葉を聞かずにそのまま手を離して、アデルバード様の隣へと戻った。 もう、彼と話すことなんてない気がしたから。 あとは彼次第。 「連れて行け」 アデルバード様の冷たくて硬い声を皮切りにアデレードと男達が屋敷の外へと連れて行かれる。 それを見つめながら、終わったんだとどこか他人事のように思った。

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