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75.結婚式(8年後の話)
「お母様、ここ、痛くないの?」
まろい小さな手が僕の項に触れてきて、そのくすぐったさに笑みがこぼれた。馬車に揺られている時間は初めこそ外の景色を見て楽しそうにしていたものの、途中から飽きて何ないかと思った時に僕の項の噛み跡が目に付いたらしい。
「これはねお父様とお母様の愛の証なんだよ」
そっと彼の手を取ってそういうと、まだ幼い彼はよく分からないのか小さく首を傾げた。
「アステルも大きくなったら分かる日が来るからね」
「僕もお母様と同じものができるの?」
「うーん、アステルには出来ないかもしれないね」
今年6歳になるアステルは最近性別検査で天人だと分かったから。
アデルバード様と結婚して今年で8年が経った。
その長いようで短い期間の間に沢山の変化が起きて、僕は今こうしてアステルという大切な宝物を授かった。
ルートヴィッヒ様は相変わらず宰相としてアデルバード様を支えてくれている。僕の先生としても健在だ。
ラナも僕の専属メイドとしてずっと傍にいてくれている。結婚はしないのかと聞いたら、独身が楽だと言われてしまった。
ラセットさんはなんとユンナと結婚したんだ。毎日尻に敷かれていると話を聞かされる。
シシィもまだ僕のメイドとして傍にいてくれている。
それから、僕の項には一生消えない痣がある。
その時に授かったのが、アステルだ。
僕によく似た黒髪とアデルバード様と同じ琥珀色の瞳はクリクリとしていて可愛らしく、僕の隣で落ち着かない様子でそわそわとしている様も微笑ましい。
「もうすぐ着くからあと少し我慢しようね」
「はーい!」
にぱっと笑顔を向けてくるアステルが可愛すぎて思わず頬が緩んでしまう。
僕達が今向かっているのはエーデルシュタイン公爵家だ。
今日はそこでエレノアの婚姻の儀が執り行われる。ずっと結婚しないと言っていた彼女も愛する人をようやく見つけてくれた様で少しだけほっとしている。
相手は子爵家の次男で、僕も何度か顔を合わせたことがある相手だ。エレノアは家を継ぐ夢は諦めていないようで、今はお義父様の傍について公爵家のことを学んでいる。
「エレノア叔母様元気にしてるかな〜」
「こらっ、叔母様なんて言ったら怒られちゃうよ」
初めてアステルがエレノアのことを叔母様と言った日は、エレノアは1日中落ち込んで涙目になっていた。
彼女はまだ22歳だから確かにそう呼ばれるのは辛いかもしれない。
「ほら、見えてきたよ」
「お祖母様とお爺様にも会える?」
「勿論。皆アステルに会いたがっているからね」
アステルの頭を優しく撫でてあげると、ふにゃふにゃと嬉しそうに口元に笑みを浮かべる。
馬車が公爵家の前で止まると、僕はアステルと手を繋いで馬車から降りた。
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