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 モニターを見る限り、陽向の知っている管理人とは違う。しかしオートロックの外ではなく陽向の部屋の前にいるし、管理人が変わることは今までにもあった。  陽向はふうん変わったんだ、と思いながら「ちょっとお待ち下さい」と返した。  鍵を開きドアを開ける。 「はい」 「どうも、管理会社の者です」  陽向より長身の男性は手に持ったチラシを見せながら、開いたドアの間に身体を滑り込ませてきた。  陽向が驚いて後退した隙に後ろ手でドアを閉めカチャっと鍵を閉めた。  え、と思うまもなく侵入者は眼鏡を取って微笑んだ。 「陽向先生、待たせてしまって申し訳なかったです。私のために仕事も辞めて待っていてくれたんでしょう?」 「え、……え?」  早口でそう言った男は狼狽える陽向に近づいてきた。 「な、なに、やめろ」  後退した陽向を追うように部屋に入ってきた男は「ああ、なんていい匂い」と呟きながらはあと息をついた。 「前に比べて強くなっているね、僕を誘うためかな。可愛い人だ」 「……」  誰、誰なのか分からないが、ヤバイやつなのは分かる。  どうしよう、ドクドクと心臓が大きく脈打っている。  逃げようにも出口は、この何言っているか分からない侵入者の背後にあるし、ベランダはあるがここは七階だ。 「あの、ど、どちら様でしょうか、その、」 「何を言っているんですか、あなたから誘惑してきたくせに」  ふんと鼻を鳴らして男はジャンパーを脱ぎ捨てた。  男はさっきから荒く息をついている。この男がαだからだろうか、Ωの陽向に興奮しているのだろうか。  テーブル越しににらみ合う体勢になってはいるが、そう長くは持たない。  陽向は何か身を守れるものはないかと精一杯考える。 「可愛いね、震えているのかい。ほらこっちにおいで。Ωはαが欲しいんだろう」  よれたカッターシャツの首元を緩め始めた男が陽向の震える手を見てにやっと笑う。  歪んだ笑顔にぞくっとした。  怖い、どうしよう。  陽向は自分の手を隠すようにして冷静に、冷静にと自分に言い聞かせる。  この男は陽向先生と言っていたから幼稚園関係者だろう、そしてαで、そしておそらく、考えたくないけど、ここに来た理由は陽向を犯すためだ。  気持ちの悪さに泣きそうになるが、ぐっと堪える。  陽向より大きい男だ、一瞬の隙を突いて逃げなければ掴まる。  ああもう、どうしてΩに産まれたんだろう、Ωじゃなければこんな屈辱は……、と己を恨みそうになるがそんな場合じゃない。  ゆっくりと距離を詰めてくる男に陽向もテーブルを回るようにして玄関側を取れるようにじわじわ移動する。足にカツッとゴミ箱が当たった。  「ほおら、おいで。そろそろ我慢も限界だよ」  にゅっと伸ばされた手をよけ陽向は足下のゴミ箱を素早く取り中身を男にぶちまけ走り出した。  狭いから玄関はすぐそこ、扉にどんと当たりながらノブを回すが鍵が掛かっていてすぐには開かなかった。  泣きたい気持ちで開錠しようとタブを回した瞬間、ガツンと鈍い音と後頭部に脳が揺れるほどの痛みと衝撃がきた。 「ぐあっ……うう」  殴られた部分を庇うように右手のひらをあてしゃがみ込んだ陽向の頭上から「手を煩わすのはやめようね」と低い声がふってくる。  後頭部に当てた右手の手首を強く握られ、力一杯後ろへ引かれた。 「いっ、いたっ」 「痛くされたくなかったら、大人しくしないとね」  細身に見えるのに陽向を引きずり部屋の中まで連れてこられるのは、この男がやはりαだからなのだろう。  男は殴られたところも手首も痛くて唸っている陽向をベッドへ放り投げる。  なんなんだこいつは。  睨みあげた先の男はうっすら微笑んでいて本当に気色悪い。  陽向は息を荒げ乗り上げてきた男へ拳を振るい、怯んだ隙に腹部を蹴ってベッドから抜け出した。後頭部がツキッと痛むが気にしていられない。  こんな男に触られるのは嫌だ。絶対に。 「くっそ変態が、」  立ち上がり一歩踏み出そうとしたとき、今度は髪を乱暴に握られ、ベッドへ引き倒された。 「うう、」 「痛い目みたいんだな、ドMが」  唸るような恫喝あと、陽向は拳を振るう男に顔を殴打された。  口の中が切れ、顔に頭に痛みが渦巻き力が抜ける。男は自分のネクタイを引き抜きぐったりしている陽向の手首をひとまとめに縛り上げた。  着ていたセーターを捲られ腹部に外気が当たりひやっとする。 「ああ、綺麗な肌だ。そしてこの匂い」  素晴らしいとため息をついた後、男は陽向の首元に顔を寄せた。陽向の匂いを嗅いでうう、はあ、と声を上げているが、陽向にはなんの匂いも感じられない。  この男は本当にαだろうか。  αならもうちょっと、なにか、腐ってもΩな陽向にも分かるような、「なにか」を発していてもおかしくないのに。  ただただ気持ちが悪く、痛みに慣れてきた陽向は足をばたつかせ逃げようとするが、足に乗られびくともしない。それどころか腹に顔を戻した男にべろりと舐められぎゃっと声を上げた。 「ああ、柔らかい肌だ」 もう最悪だ。 「い、いやだ、」 「どうした、ここの方がいいのか」 「い、いやだ、ひ、へんたい、んあ、」  腹から舌を這わせ乳首をじゅっと吸い付かれ陽向の視界が滲む。  こんな男にいいようにされるなんて、絶対嫌だ。 「気持ちいいだろう、Ωは淫乱っていうからな」 「いやだっ、やめろ、い、いや、」  身体をくねらせ逃れようとするけれど上の乗る男は動じない。それどころか陽向のベルトに手をかけ外そうとしている。 「や、やめろっ、やめろよ」 「もう我慢が出来ないよ。君が誘ってくれたときから早くつながりたいって思っていたんだ。君もだろう」 「は、誘ってなんかない、ちがうっ」 「そんな匂いを垂れ流してかい? うちのは俺と同じαだからつまらなくてね。やっぱりΩは違うなあ、この卑猥な匂いは本能にくるね。Ωもだろ?」  ベルトの次はワークパンツのボタンに指をかける。足をばたつかせるとまた頬をはたかれた。 「ふ、ふざけるなっ、さわるなっ」  ずるりとワークパンツを足から抜かれ、すぐに膝上に乗られる。下着の上から萎縮している性器を撫でられぐっと喉が鳴る。 「俺にやられたくて堪らないんだろう。ここは使わないのにあるんだなあ。小さくて可愛らしい」 「いやだ、い、いや、」  まだ信じられないし、そうだと思いたくないけれど、今の状況で、この男に犯されない可能性はかなり低い。  初めてなのに、初めてするのに、レイプかよ。  泣きたくなるほど悔しいけれど、もう半分諦めはじめている。少しの間我慢していれば死ぬまでのことはない、はずだ。  涙がにじむ視界をぎゅっと閉じた。  なにも知らない、なにも見ない、なにも感じない。  唇をかみしめて今死守しなければならないのはこいつにうなじを咬まれることだと言い聞かせる。うなじを咬まれたらこんな男と番になってしまう。  それだけは絶対にさせてはならない。  陽向の抵抗が止んだのをいいことに男は下着に指を差し入れ、ゆっくりとずらしていく。  太もも、膝、ふくらはぎ、下着が徐々に脱がされてゆく。陽向は怖くてひゅっと息を飲んだ。  足首に下着が来たとき、男の手が止まった。それからなんのアクションもないのでそっと目を開くと男が玄関をにらみつけている。  陽向の頭の位置からは玄関が見えないが、かすかにとんとんと扉を叩く音が聞こえた。 「た、……たすけ、たすけてっ、だれか、ぐっ」  喉が張り付いて上手く声が出ないが、陽向は精一杯叫んだ。玄関扉の向こうに人がいる。身じろぎするが声を上げた途端殴打され、枕で口を塞がれた。 「五月蠅い、黙れ」 「ん、ぐう、」  息が出来ない。苦しい、苦しい。手足をばたつかせ渾身の力で動くが枕は鼻と口を塞いだまま。  苦しい、もう、駄目かも。  意識が落ちかけたとき枕から力が抜けた。  隙間からひゅっと息が吸えるようになったが、急に吸い込んだせいで陽向はごほごほと咳き込んだ。  枕を退けると男の襟元を掴みあげ拳を振り上げている東園が視界に飛び込んできた。 「え」  なんでここに、と思う間に東園は男を床に引き倒し、さっき陽向がやられたようにガツガツと男を殴りはじめた。 「か、かお、ゴホッ、か、」  東園が、来てくれた。  呼吸を繰り返してやっと咳が落ち着いてくると、無言で殴り続ける東園とピクリともしなくなった男にぞっとした。 「か、かお、かおる、かおる、やめ、やめっ」  中途半端に脱がされ、手も縛られている。陽向は這うようにしてにじり寄り機械のように殴る東園のスーツを引っ張り頭をぶつけた。 「かお、しんじゃう」  ぴたりと振り上げた腕を止めた東園はゆっくりと陽向に目を向けた。  顔をゆがませ殺気立った眼差しの東園に陽向の身体がビクッと震える。 「か、かお」 「なにされた? こいつになにを」  止めた腕が再び男の顔を殴りはじめる。 「なにも、なにもだから、ちょっと腹舐められたくらいだから」  縛られたままの腕を、東園の腕に絡ませなんとか止めようとする。  これ以上殴ったら、過剰防衛になっちゃうと涙声になった陽向が東園を見ると、ぐっと鼻に皺を寄せた東園は動きを止め、今度は陽向を抱き寄せた。  広い胸に顔を埋め、息を吸うと東園の匂いが鼻からふわっと入ってきた。  この香り。もう身体に入れちゃ駄目だと思う香り。  これは「α」の匂いではないのだろうか。    横で伸びている自称αの男からは一切感じられなかった。そういえば康平も無臭というかなにも感じなかった。  じゃあこの匂いは東園特有の匂いだというのか。  自分はαじゃなく東園に欲情したのか。  そう思うと余計いたたまれないんだけど。  そんなことをもんもんと考えていると、発情した自分が東園になにを頼んだか思い出し、息をのんだ。 「くそっ、もうちょっと早く来ていれば」 「……いや、十分だよ。未遂だもん、ありがとう」  どんどん力の入ってゆく東園の胸をそっと押す。  もう当分会いたくないと思っていた相手だ。恥ずかしさが高い波となって押し寄せ、東園の顔を見る事が出来ない。 「あの、これ、これなんだけど、解いてくれるかな? ちょっと痛くて」 「ああ」  陽向は目を伏せたまま顔の前に手首を持ち上げる。大きな舌打ちが聞こえ、育ちのいい人間でも舌打ちするのかとこっそり思う。 「殴り足りない、こいつ知ってる奴か?」 「ううん、顔、ちゃんと見れなくて。……でも陽向先生って言ってたから、園児の保護者かも」 「最低だな」  陽向の手首を拘束していたネクタイを解き、東園は全く動かない男の手首に巻き付け縛る。  その間に陽向はベッドに放り投げられたワークパンツを取り、そそくさとなにも身につけていない下半身を元に戻してほっと息をついた。セーターがオーバーサイズで尻まで隠れる長さだったからまだ良かったがやっぱり下半身がむき出しだと寒いし恥ずかしい。

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