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 シャツの中に手を入れ、陽向の肌を弄る。手のひらが滑り、指先が乳首に当たり先端をゆっくり押し撫でた。 「あ、……ん、や、」 「どこもかしこも勃ってるな」  唇を離した東園は陽向の耳元で囁く。  それはそう、その通りで顔がかっと熱くなる。乳首を弄っていた東園の手が下肢に伸びる。 「ちょ、駄目だよっ」 「いい匂いだ」 「かお、かおるっ、もう、そろそろ着くんじゃないっ」  はっと顔を上げた拍子に東園を押しのけ座席に座って、前を見る。ドライバーは涼しい顔をしていてある意味すごいなと思う。後部座席でいちゃつく客って多いのだろうか。なかなか大変な商売だ。  適当にもう着くんじゃない、と言ったがどうやら当たっていたようで、程なく家の前に車が到着した。  降りるなり陽向の腰に手を回し東園は無言で玄関へと進む。 「ねえ、タクシーでああいうのはちょっと、」  横を見上げ、目は合うが返事はない。ぐいぐい押されるので、段差に躓きそうになって冷やっとした。夕暮れのオレンジが線のように浮かぶ空に反応し玄関の照明が灯っていた。 「馨聞いてる?」  開錠しノブを回すと陽向を家の中へ押し入れ、東園は靴を放るように脱ぐ。  なにをそんなに急いでいるのか、よく分からない。  分からないけれど腕を掴まれている陽向はバランスを崩しながらも靴を脱ぎ段差に足をぶつけながら着いていくしかない。 「ここならいいだろ」  リビングのソファに突き倒され、あ、衝撃はよくないかも、と思う。  柔らかいし転んだわけじゃないから大丈夫だろうけど。  こんな風に強く押されたり、引っ張られたりされたことはなかった。普通とは違う東園の様子に戸惑いながら覆い被さる東園を見上げた。 「いや、ちょっと、三浦さん、が」 「彼女はもう帰ったよ」  いつもの時間より早めだ。  理由を聞く猶予もなく東園の手が陽向の着衣を脱がそうと動く。引きちぎる勢いで胸を開かれ陽向は東園を力一杯押した。 「やめてって、」  東園は陽向の言葉に応えず、ベルトに手を掛ける。止めて欲しくて真ん中を強く握るとそれを上回る強い力で手を引き剥がされる。  見上げる東園は表情がなく、感情が読めなくて陽向はぞっとする。お腹に赤ちゃんがいる、もう陽向はその事実を知っているから、守る必要がある。今日の東園はちょっと怖いけれど。 「だからっ、いっ、嫌だって」  下から東園の足を蹴り上げ陽向は一瞬ぐらついた東園の身体を押しのけ階段を駆け上った。走っていいかどうか聞いてなかったなと思いながら陽向は陽向の部屋を目指す。  とりあえず東園から離れよう。ノブに手を掛けた瞬間背後から腕が回り、そのまま抱え上げられた。 「なっ、ちょ、降ろしてっ」  腕が腹に食い込んでぞっとする。暴れる陽向をものともせず、東園は次のドアを開き中へ入っていく。 「いっ、」  足先がドアの縁に当たってじんと痺れる。身体を震わせた陽向を無視して東園は部屋を進んでベッドへ陽向を放り投げた。 「かおるっ」  ベッドに倒されたから衝撃こそそうないが、さっきからの乱暴に無性に腹が立って素早くうつ伏せから仰向けに向き直ると陽向に乗り上げた東園を睨みつける。 「なんなんだよ、いい加減にして」  顔を叩こうと上げた陽向の腕を掴み、東園はベッドへ強く押しつける。両手とも掴まれ陽向はもがく。 「どうして、昨日までの陽向は俺を拒否しなかった」 「それはっ」  お腹に赤ちゃんがいるから。  言葉に詰まった陽向を目を細め見下ろし東園は「もう嫌になったか」と呟いた。 「好きな男と会って、俺とするのが嫌になったんだろ」 「は?」 「佐伯とやってきたか?」  声を荒げるでもなく、淡々とそんなことを言う東園を陽向は目を見開いて眺める。  陽向の感覚では、身体の関係のある人間が複数同時にいるなんて考えられない。しかも相手は既婚者の幼なじみだ。そんなにモラルのない人間に見えるのだろうか。自分が何人もΩを囲っているから、陽向の事もそうだと思ったのかもしれない。一緒にされては堪らない。 「……それ、本気で言ってるの?」  陽向がそう言うと、東園はぐっと眉根を寄せ陽向から離れベッドの端に腰掛けた。両手で顔を覆い肩を落とした東園は「そんなはずはないと思ってる」と吐き出した。 「でも、ゼロじゃない。佐伯とならあるかもしれない。……俺の運命なのに、やっと近づけたのに、あいつは」  顔は見えないが、声はまるで泣いているようで、陽向はゆっくり身体を起こしたあと東園の隣に座った。床が冷えていて降ろした足先がひやりとした。 「馨って、康平のこと嫌いだったの?」  康平がそう言っていたことを思い出した。東園は家庭のある康平が陽向と関係するような男と思っている。その誤解は解いておきたい。 「好きに、なれる要素がないだろ。陽向の隣にずっといて、運命のつがいって言われていた男だぞ」 「……周りが勝手に言ってただけだよ。それに、僕は、僕は、馨が好きだから他の人としないよ」 「ん? いまなんて言った、もう一回、頼む」  つい僕は、と強調してしまった陽向の心情に気がついたのかと思う。  嫌味っぽかったかなと思いつつ「いや、いい、言わない」肩をすくめる。  赤ちゃんのこともあるから、冷静に話し合わなきゃいけない。  ちらっと隣を見るとさっきまで膝に肘を突いて顔を覆っていた東園が身体ごとこちらを向いていた。 「今、俺が好きって言ったの、聞き違いじゃないよな」 「うん」  複数の有名人と浮名を流した恋愛の達人とおぼしき東園ならとっくに分かっているだろうと思ったのに、そうではなかったらしい。  陽向が頷くと同時に東園は陽向を強く抱き寄せた。 「嘘じゃないよな」 「うん」  どんどん拘束が強くなって苦しい。強いよ、というと東園は腕を緩め、立ち上がった。  急にどうしたのだろうと思いながらドア近くのデスクへ向かった東園の背中を眺める。  引き出しを開けてなにかしているので陽向は腹に右手を当て異変はないかなと目を閉じて集中する。痛みはない、他に違和感はないか。ふと左手に触感がして陽向は目を開いた。  目の前に跪いた東園がいて、陽向の右手を見て「腹が痛いのか?」と聞いた。  陽向が首を横に振ると東園は小さく頷いて、陽向の左手を持ち上げた。  え、と思う。東園は廊下の明かりを受け光るリングを左手の薬指にするりと嵌めた。 「結婚して欲しい」  どうして急に、と思う。結婚って人生において大きな出来事じゃないのか。陽向が気がつかなかっただけでなにか東園に変化が起きたのか。  陽向には身籠もるという衝撃的出来事が起きたけれど、陽向自身も知ったのは本日の事だ。東園が知るわけもない。  もしかしたら、自分たちじゃなく、東園が交際しているかもしれない人とのなにかがあったのかもな、思いながら陽向はそっと薬指の付け根にはまったリングに触れた。 「ちょ、ちょっと待って。見てる前で外されるとさすがに辛い」  陽向は大きく息をついてそっとそれを外した。 「陽向」  落胆と怒りが混じった声が陽向の行動を非難しているように聞こえる。 手のひらに載せたリングは傷一つなく艶やかだ。 「馨のいう結婚ってどういうものなの?」 「どういうって、……結婚は結婚。家族になることだろ」 「でも、馨って、雑誌に書いてあったけど女優さんと付き合ってる、んだよね?」  陽向の話を聞きながら東園は目をむき大きくなる頭を振った。 「まさか、そんなことない」 「でも、それからネットでも検索したけど、色々出てきたよ」  表情を硬くして東園は黙り込んだ。 「僕の発情期に付きあってくれたのが始まりなんだから、別に誰と付き合っててもいいんだけど、……ええと、いや、結果良くないんだけど」 「……陽向」 「僕は好きになったのも、いっ、いろいろしたのも馨が初めてだからその、馨を別の人とシェアするのはちょっと、出来るか分からない」  だからとりあえず返す、とリングを載せた右手を東園へ差し出した。 「αのお金持ちはたくさんのΩを囲う習慣があるって聞いたことがあったけど、昔話かと思ってた。あ、別に批判しているわけじゃなくて、そうして生き繋いだΩがいっぱい居たんだろうから、それはそれでいいと思うんだけど、僕は難しいかなって思うだけで」  手のひらから一向に無くならないリングと、その向こうの呆然としている東園。東園はしばらくフリーズしていたがああ、と声つきのため息を零して陽向に顔を近づけた。 「俺と初めて会ったときのこと、覚えてる?」 「へ?……ええと中学の、入学式? かな」  今どうして、そんなことを聞くのか。陽向が首を傾げるとそんな陽向を見ていた東園が苦笑する。 「陽向とはじめて会ったのは、俺が姉と母と、母の実家に帰省した時だ。風邪を引いた姉が、その日行くはずだった小学生夏休み料理教室に代わりで参加してそこで陽向と同じ班になった」 「料理教室……」  小学生の頃に会っていた、覚えがない陽向はその頃を思い出そうとする。  確かに五年生の夏休み、母の友達が開催した料理教室に誘われていやいやながら行ったけど、確かに班での作業だったけど。そういえば、背が高くて元気の良い男の子がいたような。 「覚えてないよな、俺はそこで陽向を見て、あ、運命のつがいがいたって思ったよ」  まさかそんな昔に、驚きで陽向は目を瞠る。 「え、そんな、小学生の時に? そんな、そんなに早く分かるものなの?」 「自分では間違いないって確信してた。だから陽向がその時中学受験するって  言ってたから俺も受験した。どうしてもその学校に行きたいからって」 「ええっ」  そのためにわざわざ陽向の地元に越してきたのか。自分のせいでと思うと血の気が引く。意図もなにもないが少年には大きな選択だっただろう。よく周りも許したものだと思う。 「つがいは惹かれあうというから再会したら陽向も俺に気付いてくれるものだと思ってた。でも陽向にはすでに両親公認のつがいがいると知ってショックだったな。しかも目も合わないくらい嫌われてたから」  東園は陽向の手を包むようにそっと両手を添えた。 「自分の感覚は間違いないと確信してるけど、話をしたくても避けられて辛かったし、佐伯と常に一緒にいる陽向を見たくなくて自分が勘違いをしているだけで、つがいは別にいると思うことにした。だからこっちに戻って探した」  陽向を縋るような目で見上げる東園の視線に陽向は気まずさを感じそろっと目を伏せた。  中学の時、陽向は匂いがきつく感じて東園を遠ざけていた。Ωを嫌っているようだったから余計に避けていたけれど、話し掛けてみればよかったのかな。確かに苦手意識があったから心苦しい。 「陽向の知った情報の半分はおそらく事実だ。探したけれど陽向の他につがいだと思える人はいなかった。だから最後に一度、本当に自分は正しかったのか間違っていたのか確認したくて、陽向を探して会いに行ったんだ。陽向と再会する一年は前から恋人はいなかったし、今も他に誰かいるなんてことはない。これから先も俺には陽向だけだ」  言い募る東園に胸がきゅっと震える。包む手に力を緩め、陽向の指にキスをした。想像以上に東園はつがいを求めていたようだ。康平もαはΩに執着すると言っていた。 「僕だけなら嬉しい。凄く嬉しいよ。でも馨に比べて僕は平々凡々な人間だけどいいのかな、つがいだから気にならない?」  しかもつがいだって気が付かないほどには鈍感だし、と陽向が続けると東園が眉根を寄せた。 「陽向はそういうけど、俺からすれば陽向は最初から誰より輝いて見えたし、陽向を忘れようとしていた時も、気が付けば陽向の事を思い出して、会いたくて、一目見たくて苦しかった。今、陽向が近くにいてくれてるけど、もしかしたら夢を見てるだけで覚めたらいないかもしれないと思うときがある」  え、そんなに、と密かに驚く。病的な思考じゃないかと心配になる。 「ちゃんといるよ、大丈夫」 「ああ、そうだよな。それだけ陽向は俺にとって特別で代えのきかない存在なんだ。つがいだからかもしれないし、そうじゃないかもしれない。陽向がいいんだ、陽向じゃないと駄目なんだ」  熱っぽく言われそこまで思ってくれていたのかと嬉しくなる。  何を迷って悩んでいたか思い出せないほどじわじわ幸福感が満ちていく。 「そんなふうに思ってくれてるなんて知らなかったよ。もっと馨の事を知りたい」  掌のリングを嵌め直して東園の手を握る。 「大好きだよ。ずっと一緒にいるから」  安心してと続けようとして唇を奪われた。優しく触れたあと、甘く絡み合う深いキスがくる。  ゆっくりとベッドに倒され、陽向は愛する男の肩に手を回し引き寄せる。角度を変えながら長く唇を合わせていると気持ちが高まってくる。  東園の手が陽向のシャツに入ってきた時、自分の状況を思い出し、唇を振り切って「だめ」と忍び込んだ手を止めた。 「どうして?」    陽向の頬を撫でながら眉尻を下げる東園を押しのけ陽向はベッドの縁に座った。  ため息を零して陽向の隣に座った東園に顔を向け陽向はそっと腹に手を当てた。 「昨日もしたし、だから大丈夫だと思うんだけど、先生にちゃんと聞いていないからやめた方がいいかなと思って」 「ん? なんだ、どこか悪いのか?」  焦って顔を近づける東園に陽向は首を振った。 「違うよ。子どもが出来たんだ」  はっと息を吸い込んだ東園が陽向の手を強く握った。 「そうか、そうか……ああ、そうだよな、可能性があるのに気がつかなかった。そうか」  反応の薄い東園に陽向は少し不安になる。  妊娠が嬉しいならもっと喜ぶような。もしかして子どもは欲しくなかったのかもしれない。  凛子と接する東園を見る限り、子どもは好きそうだったのだけど。 「ええと、僕はその、産もうかと思っているんだけど、もし馨が望んでいないなら」 「おいちょっと待って、望んでいるさ。二つの幸せがいっぺんに舞い込んできたから驚いているだけ。陽向がいいなら是非産んで欲しい」  握った手を引き唇を寄せたあと、東園は陽向を強く抱き締めた。 「人生で一番幸せかもしれない」  ぼそっとそんな事を言うから陽向は笑ってしまう。 「幼稚園のお母さん達が、出産は本当にきついけど、我が子を初めて抱いたとき幸せ過ぎて泣いたって言ってたし、初めてママって言われたとき感動して泣いたって言ってた人もいたよ。一番幸せはすぐ更新されるかも」 「そうだな、きっとそうだ」  陽向を抱きしめている腕の力が強くなり、少し苦しい。でも陽向にとって東園の腕の中は好きな匂いに溢れた自分の居場所だ。しっくりくる。  もし東園がたくさんのΩを囲っていたとして、東園と離れる選択をしたとしたら陽向はきっと恋しくて苦しい日々を送らなければならなかっただろう。 東園と別れる必要がなくて本当に良かった。ますます強くなるから陽向も同じように東園の身体に腕を回し力を込めた。強く抱き締めたのに、東園は嬉しそうに笑うだけだった。

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