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第1話 始まりはバレンタイン―1
藤城青(とうじょう せい)。
彼は藤城総合病院の院長の嫡男。
時期後継者として英才教育を受けていると言われていた。
当たっているが、そこまで大げさなものではないと本人は思っている。
やりたくないことは、やらない。強いられてやるなど、バカバカしく、くだらない。
記憶力も理解力も優れた優秀な少年は、
勉強がお好きだった。
「チョコレート、ありがとう」
机の上に溢れんばかりのチョコレートに、また今年もかと呆れる嫌味な少年がいた。
周囲の男子生徒は、羨ましいと思いつつも、藤城なら仕方ないかと特にやっかむこともない。
時折、少女にも間違われる麗しい顏(かんばせ)。
中二にもなり、声は甘いソプラノから、大人の低音に変わりかけていた。
彼のその危うげな少年特有の声には、女生徒だけではなく男子生徒、教師まで虜になっている。
本人は無意識であり、誰かを誘惑しようなんて、かけらも思ってはいない。
下駄箱にも、チョコレートが入っているだろうし、家にも届いているのだろう。
家族に山分けしよう。
青は、クラスメイトに微笑みながら、思案していた。
「……藤城くん、隣のクラスの子と付き合ってるって本当?」
「付き合ってないよ」
しれっと言うと、黄色い悲鳴が広がった。
「同じ学校の子とは、付き合わないことにしてるんだ。
チョコレートもらっといて、ごめんね」
「ううん! 藤城くんが誰かと付き合うのなんて、嫌だもん!」
青のファンの代表を公言している少女は言った。青は、満面の笑みを彼女達に返している。
「チョコレートって、媚薬の意味があるらしいよ。知ってた?
eat meなんて書かれてたら、さすがにひいて、捨てるけどね」
「やだー」
「藤城くん、好きな人はいるの?」
顔を赤らめて聞かれて青は口の端を歪めた。
「今は恋どころじゃないから」
さらっとかわされ、少女達の間にどよめきが上がる。
散り散りに去っていく姿を青は、
見送っていた。
下校時間、下駄箱を開けると、チョコレートの雪崩が起きた。
(……菓子メーカーの策略に乗せられてるな)
後ろから、やってきたクラスメイトや、隣のクラスの男子生徒に、
適当に渡し(無理矢理押しつけた)靴を履く。
手紙つきのやつだけは、鞄にしまい歩き出す。
家まで持ち帰るのもどうかと思ったので、
校舎裏にまで行き鞄を開けた。
チョコレートの包みに挟まれた手紙を
手にし、封を開いた。封筒には女の子っぽい可愛い文字で、藤城青くんへと書かれていた。
(ふうん……)
『チョコレート、好きじゃなかったら食べなくてもいいけど、
もし気持ちを受け止めてくれるなら、放課後にテニス部の部室まで来て』
受け止めるわけがない。
青は、そう思ったが、何か恐ろしいものを感じた。
クラスメイトには感じなかった違和感。導かれるようにテニス部の部室に向かった。
部室の扉をノックをしても返事がない。
誰もいないのだろうか。青は舌打ちした。
「……せっかく来てやったのに、ふざけんな」
ぼそり、つぶやく。
彼は、クラスメイトや学校の者達、一部の親しいものを除いて誰も知らないが、見た目に反して口が悪い。
「……みんなの王子様は、そんな人だったんだ」
「……!?」
青は扉の内側に潜んでいた人物に勢いよく、抱きつかれた。
女にしては、強い力だと思った。
気がつけば床に倒れていた。その人物にのしかかられている。
「頭を打ったら、どうしてくれる」
「……打ってないでしょ」
「何故こんなことをする。意味が分からない」
「君のことが好きだからだよ」
うっとりとした声に、得体の知れないものに触れている気がした。
「……やめろ。男は受け入れられない。他をあたってくれ」
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