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第14話
「あ、やめ……光っ」
とあるドームの控え室。持ち込んだ化粧台に押し付けられた真洋は、光に抱かれていた。
「うっせーよ真洋、声上げたら人が来るぞ」
「……っ」
ビクリと身体が震えたのは、光の言葉のせいなのか、後ろにあてがわれた熱い凶器のせいなのか。鏡に映る自分と光を見て、こんな関係、誰が信じるだろうか、と思う。
光に告白されてから、しばらくは順調だった。しかし時が経つにつれて光の真洋に対する態度はまた横暴になっていき、コンサート終わりなどの興奮した状態で会うと、乱暴なセックスをするようになっていた。
「光、ひか、る……もう、無理……」
2人とも衣装のままで、脱がされたのか破かれたのか分からない真洋の格好は、鏡で見ても酷いものだ。
「あ? 1人で何回もイクからだろ」
「う……っ!」
光が中に入ってくる。彼によって開発されたそこは、すんなりと彼を受け入れる。
当時の真洋は光が全てだった。素直だった光に戻って欲しいと、彼の機嫌を損ねないよう気を遣い、望む通りにした。それこそが光の態度に拍車をかけるとも知らずに。
「あっ、ひかる、好き、いいっ」
少なくとも、こんなに情熱的に自分を求めてくれるんだ、返答がなくてもそれが答えなんだと真洋は思っていた。
「ホント、淫乱だよなぁ真洋は」
容赦なく楔を打ち込んでくる光は、少し息が上がっている。その様子を見ているだけで、脳が焼けそうなほど興奮した。
「ほら、イクからな。全部受け止めろよ」
「ん、んんっ!」
腰がガクガクと震える。同時にもう何度目か分からない射精をし、真洋はぐったりと化粧台にもたれた。
「楽しかったぜ真洋、また次の仕事でな」
光はあまり乱れていない衣装をさっと直すと、ドアがノックされた。
「菅野 です」
「どーぞ」
入ってきたのは光のマネージャーだ。真洋は慌てて乱れた衣装を直そうとするが、彼は顔色1つ変えずに光に話しかける。
「そろそろ次の現場、行きますよ」
「おー、服は車で着替えるわ」
はい、と事務的に返事をした菅野は控え室を出ていく光を見送る。そして残された真洋を見て眉間に皺を寄せた。
「ったく、掃除しといてくださいね」
仕掛けたのは光だとか、色々言いたいことはあったけれど、その前に扉は閉じられた。
その鉄の冷たい扉が、真洋と光の間にあるような気がしたけれど、見ないふりをした。
◇◇
(あれから2ヶ月……光と会ってないのか)
休憩中、真洋はそんな事をボーッとしながら考えた。
とあるスタジオで収録中の真洋は、歌ではなくトランペットでの仕事でここに来ている。
初めてコラボしたバンドのツテで、真洋の腕の良さが伝わり、オファーも増えたのだ。
「いやぁ、ホント真洋くんは感性がいいね。ピッチもズレないし」
スカバンドのリーダーが褒めてくれて、素直に礼を言った。
「お疲れ様です。今日はこれでOK出ましたので、解散して大丈夫です。また何かありましたら連絡しますね」
どうやら音の収録は無事済んだらしい。後はミキサーさんの仕事なので、任せて帰ることにする。
「では、またお仕事させてくださいね。お疲れ様でした」
真洋は笑顔で別れると、スタジオを後にした。
「ねむ……」
昼の太陽光が、目に痛い。
スケジュールの関係で、深夜近い時間からお昼前までかかってしまった。寝不足の目を擦ると、大通りのスクリーンでは光が出ていた。
(相変わらず忙しそうだな)
少し寂しいと思っていたけど、コンサートもあるし、と思った矢先、耳に入ってきた言葉に思わず足を止めた。
『光さん、あの、お付き合いされてる方はどんな方で、何と呼んでるんですか?』
浮き足立った報道陣が、映画の番宣にも関わらず、光にプライベートな質問をしていたのだ。
光が答える。
『1ヶ月前くらいからお付き合いさせて頂いてる方なんですが……まいったな、こんなに早くバレると思わなかった』
光が破顔する。その場のキャストや報道陣も微笑ましい笑いが起き、和やかな雰囲気になった。
しかし真洋には、光の言葉の半分も分からなかった。
『お相手は一般の方なので、そっと見守って頂ければ嬉しいです。あ、え? 名前? いや、言うの恥ずかしいなぁ』
『では、さん付けですか?呼び捨てですか?』
『……ちゃん付けです』
そこでまた笑いが起きる。時間が来てしまい、それ以上のインタビューは無かったが、光は笑顔ではけていった。
(何だそれ。どういう事?)
真洋はスマホを取り出す。無意識に掛けたのは光の電話番号だ。
「……はい」
出たのは菅野だ。構わず真洋は続ける。
「光は? 仕事中ですか?」
「そうです。丁度良かった、真洋さん1度事務所に来られますか?」
「事務所?」
「社長も交えて話があります。光もこの現場が終わったら向かいますので」
「分かりました、今から向かいます」
真洋は通話を切ると走り出す。どんな話かは分からないけど、光には確かめたい事がある。会わなければ。
さっきの報道がカムフラージュならそれでいい。自分達の仲に気付いた人がいて、誤魔化す為にやったのなら……いや、そうであって欲しい。
事務所に着くと、すぐに社長室に向かう。そこには既に光もいて……しかし視線が合わない事に嫌な予感がした。
「お疲れ様です。そこに掛けてください」
菅野が席を勧める。真洋はそれに従うと、話って何でしょうか、と社長に聞いた。
「真洋、光に行き過ぎた『ちょっかい』を出してるようだね」
「え?」
ドクン、と心臓が鳴る。
「そうなんです、前々からその……セクハラまがいなことをされていたんですが、最近度を越していて……菅野もその現場を見ています」
殊勝に語る光は、一体誰だと思うほどしおらしい。
「ちょっと待て、俺たち付き……!」
「証拠の音声もあります」
光は手元に持っていたレコーダーの、再生ボタンを押す。
『光……っ、好き! もっと、もっとして……っ』
「社長! これは同意の元です!」
真洋は弾かれたように叫んだ。今身を守るのは、自分一人しかいない、何とかしなければ。
「……同意だったという証拠は?」
菅野の冷静な声がする。あの時……いや、あの時以外も先程のような音声を撮るために、近くにいたのかもしれない。
「その音声には、俺の声しか入っていないからです。切り取れば、いくらでも都合の良いように作れる!」
そこまで言って、真洋は気付いてしまった。光の都合イコール、真洋の排除だと。
「……脅されてました。言う事聞かないと死んでやる、と。大切な相方ですし、それで彼の心が晴れるなら、と言う事を聞いていました」
「光! どうして? 何でこんな事……っ」
「週刊誌の記者の中に、君たちの仲を探っている奴がいてね」
社長が割って入ってくる。真洋もその言葉にハッとした。
「真意を探ろうとしたが、なるほど……」
何故だろう、話を進めれば進めるほど、悪い予感が強くなっていく。しかし、分が悪くても言うしかない。
「社長、少なくとも俺は、光の事が好きです。彼からも告白を受けました、やましい事はしていないです」
「だがそれが奴らにとって大きな餌なんだよ! この事務所のトップアイドルが!ホモだというスキャンダルを流されたら!お前は責任取れるのか!?」
社長が怒鳴る。
真洋は何も言えなかった。大きな事務所の名前に傷がついたら、真洋1人の力ではどうにもできない。
ふと、真洋はある違和感を感じた。何故一方的に真洋が不利な状況になっているのだろう?
「今更ですけど、俺のマネージャーは? 仕事の連絡はメールだけで、会っていないんですけど」
そう、彼女は担当になった時に挨拶で顔を合わせただけで、スケジュールは全てメールで来ていた。現場にも来ない。
「彼女は今頃、来月デビューする子の面倒を見てますよ」
(そういう事か)
真洋は唇を噛んだ。これは始めから真洋の負け試合だったということだ。会社ぐるみで真洋を干そうとしている。けれど、何故なのか原因が分からない。
「我々としては、真洋さんに法的措置をする方向で考えています。もちろん、この場で今後の態度を改めると誓って頂けるなら、考えますが」
菅野の冷たい声が、真洋の心を折った。こんなの、体のいい脅しだ。
「示談で、お願いします……」
何で? そればかり頭に浮かぶ。やはりこれは光に確認しないと、と真洋は光を睨んだ。
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