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第13話
「どういうつもりだよ、アンタ」
控え室に入るなり、真洋は朝日に胸ぐらを掴まれ、壁に押し付けられた。
「注目浴びなかったからって、怒るなよ」
後から部屋に入ってきた晶を、朝日は睨む。
「鳥羽先輩、アンタもグルだったんですか?」
「んな訳ないだろ。晶、お前俺の事知ってて誘ったのか?」
真洋は朝日の手をどけると、意外にすんなり離してくれた。髪の毛をぐしゃぐしゃと元通りにし、晶を睨むと彼は感情の読めない表情で、真洋を見返す。
「お前なら適任だと思った。それだけだ」
「……こうなる事が分かってても?」
「……」
晶は黙っている。朝日は舌打ちして部屋を出て行き、部屋には晶と真洋の2人だけになる。
「俺、人前に出たくないって言ってたよな? なのに話を受けたのは、お前が困ってそうだったからだ」
この意味分かるよな、と真洋は言う。
「ああ、アンタが元True Lightsの真洋だって事は分かってた。でも……」
やっぱり知ってたのかよ、と真洋はカッと頭に血が上るのを感じた。
「だったら! 俺が敢えて目立たないようにしてたのも分かってただろ! なんでわざわざ舞台に立たせようとするんだ!?」
真洋の正体を知ってて、目立ちたくないのも分かってて、敢えて舞台に立たせるのは嫌がらせとしか思えない。
「いつからだ!? いつから分かってた!?」
真洋は感情のままに怒鳴る。こんなに怒ったのは、光と別れた時以来だ。
「初めて会った時から。でも、確信がなかった。……お前のトランペットを聞いてハッキリした」
初めから分かっていたと聞かされて、真洋は頭を殴られたような衝撃を受ける。
今まで隠していた努力は無駄だったのか。
「マジかよ……お前、俺の事落ちぶれたなとか思ってたんだろ」
震える声で真洋は言うと、いつも冷静な晶が、少し傷付いた顔をした。
(何でお前がそんな顔するんだよ)
でも真洋は止まらなかった。
「俺の噂も少しは聞いてたんだろ? 仕事を紹介したのは同情からか?」
「違う! ……俺はお前のトランペットが好きだっただけだ、アイドルやってたのを知ったのはその後で……引退したの、すげーもったいないって思ってたんだよ」
そんな事言われても、本人が望んでいないことをやるのはどうなのか。
「悪いけど、当時を知ってるヤツとは付き合いたくない。じゃあな、晶」
真洋は足早に荷物を持つと、部屋を出る。
晶の呼び止める声がしたが、無視した。
バックヤードから店内へ出ると、ショッピングモールの賑やかさが、とてもうっとうしく感じる。
さっきはあんなに騒いでいた観客も、ちょっと髪の毛で顔を隠すだけで、誰も真洋と気付かない。
歩くことに集中し、周りの音や視覚を大幅にシャットダウンした。
このまま家に帰って寝てしまおう。それがいい。
真洋は楽器ケースを掛け直し、ショッピングモール内の家電量販店の前を通り過ぎた。
『芥川光さん、前々から熱愛報道はありましたけど、そのお相手としっかり愛を育んでいたんでしょうね、ついにゴールインという事で……』
やたら画質が良いテレビの大画面に、芸能リポーターがニコニコ語るのが映され、光の静止画がその後ろのパネルに映されていた。
真洋は思わず足を止める。
『直筆のメッセージも頂きまして、こちらご覧下さい』
画面に光の文字が映される。流麗なそれは確かに覚えのある光の文字で、「この度お付き合いさせて頂いていた女性と、入籍することとなりました」と書かれている。
「え!? 光くん結婚したの!?」
周りにいた女性たちも、報道に驚きテレビに見入っている。
真洋は足を進めた。
(そっか……)
目頭が熱くなる。ダメだと思えば思うほど、視界が揺れて液体が落ちていく。
もうとっくに終わっていた関係なのに、涙が出るのは何故だろう? あんな別れ方して真洋を傷付けておいて、そのトラウマから抜け出せないでいるのに、光だけ幸せになるのが許せないのだろうか。
周りに不審がられないように歩くスピードを上げ、髪の毛でさらに顔を隠してショッピングモールを出ようとした。
「真洋?」
不意に腕を掴まれた。顔は見ていないが声で誰か分かる、和将だ。
顔を合わせないようにしていると、どうした? と聞かれる。
「アンタ……帰ってなかったのか……」
自分でも思ったより弱々しい声が出た。腕を振りほどこうとするが、和将は離さない。
「ごめん、仕事の電話に出たら演奏見られなくて。そうじゃなくて、どうしたんだ? 泣いてるのか?」
和将の優しい声に、真洋はまた目頭が熱くなる。
「離せよ」
「……私には『離すな』って聞こえるけど?」
「いいから離せよ!」
真洋はヤケになって思い切り振りほどいた。手が離れた隙をついて、全速力で走り出す。
「真洋!」
呼び止める声を無視し、がむしゃらに走る。
和将は、追ってこなかった。
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