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第12話
ショッピングモールへ向かう道中、真洋はすぐに送られてきた楽譜をプリントアウトして確認する。
晶の言っていた通り、トロンボーンメインの曲で、トランペット自体はそんなに目立たない曲だった。聞いた事のない曲なので、誰の作曲だろう? と見ると、晶の名前が書いてある。
(このアンサンブルの為に書いた曲なんだな。こりゃ晶が必死になるのも分かる)
運指や注意点を確認して、書き込んでいく。さすが晶、丁寧に音源とスコアまで送ってきてくれて、おかげで曲のイメージをだいぶ掴むことができた。
一段落ついたところで、真洋はチラリと運転席を見る。
真洋が集中しているのを邪魔しないようにか、和将は先程から喋らないでいてくれる。くっきりした二重の目は真っ直ぐ前を向いていて、運転に集中しているようだ。
(……っと、練習練習)
さすがに楽器は出せないので、指だけでイメージトレーニングをする。小声で歌えば、ブレスの位置も確認できる。
車を走らせること40分。目的地に着くと真洋はシートベルトを外しながら和将に礼を言った。
「助かった、電車だったらもっと時間掛かってた。ありがとな」
和将は微笑む。
「それ、私も演奏聞けるのかな?」
「さあな、好きにしろ。じゃな」
荷物を持って車のドアを閉めると、晶が待っているという入口へ向かった。
やはり目立つ格好で真洋を待っていた晶は、ホッとした表情で真洋を迎える。
「真洋、サンキューな。今日のステージは若手を集めたコンサートで5組いる。俺らはトリにしてもらったから、少しなら合わせられるぞ」
足早に歩きながら、晶は今回の趣旨と状況を説明してくれる。どうやらトロンボーン奏者を目立たせたいのは、コンサートの趣旨に沿っているかららしい。
スタッフオンリーと書かれた扉から裏へ入り、控え室として用意された部屋へ入ると、中には数名の演奏者がいた。
「朝日、助っ人来たぞ。ピアノ無いけど合わせられるか?」
朝日と呼ばれた男性は慌てたように返事をし、楽器を持ってくる。
「真洋、コイツは朝日、俺の大学の後輩。朝日、コイツは真洋」
「よろしくお願いします」
「こちらこそ」
お互いに握手をすると、早速晶の指揮で曲を通す。すると、2、3回通しただけで、晶は練習を切り上げてしまった。
「ちょっと待て、俺もうちょっと合わせたいんだけど」
真洋がそう言うと、晶はダメだ、と真洋を睨む。
「朝日、お前はどうだ? 不安な所、あるか?」
「いえ、文句なしです。真洋さん、どこの大学出身なんですか?」
「はいはい、その話は後! 真洋、髪の毛いじるぞ」
「え? ちょ、うわっ」
いつかのように、真洋は晶にヘアセットされてしまった。またこのパターンかよ、と真洋は晶から逃げる。
「待て、今回はボーンがメインなんだろ? 別に俺はこのままで良いじゃねーか」
「よくねーよ、人前に出るって言うのに、そのモサモサの頭はなんだ、メガネ取らねぇだけ感謝しろ」
やっぱりこうなるのか、と肩を落とすと、朝日がじっとこちらを見ているのに気付く。
「どうした?」
「……いえ、随分印象変わるんだなーって。やっぱりどこかで見たことがあるような気がするんですけど、大学どこなんですか?」
「真洋は大学出てねぇよ。でも、ストリートでずっとやってきた奴だ、実力も文句ねぇだろ」
問われた事に、何故か晶が答える。芸能界にいた時も時々レッスンは受けていたし、トランペットを吹く時はいつも人前だった。間違いではないだろう。
晶は会話を終わらせるように行くぞ、と歩いてしまう。真洋としてもその方がありがたかったので、晶について行く。
ステージは、吹き抜けがある広い場所に作られていた。前の演奏者達が演奏していて、本番がすぐそこに迫っている。
「今の曲がラストだから、はけたら行くぞ」
晶は小声でステージを伺いながら教えてくれる。それでも、緊張をものともしない度胸はさすがだ。
演奏が終わり、奏者がはけるとアナウンスが入る。
『続いては、トロンボーン、朝日秀哉さんです。伴奏は鳥羽晶さん、今野真洋さん。曲は……』
「行くぞ」
晶は朝日の背中を叩いて送り出す。晶、真洋もその後に続いて出ると、そこそこ人が集まっていた。
真洋はいつものルーティンを始める。深呼吸、ピストンを動かす、目を閉じて集中する……朝日と晶を見ると、2人とも準備はできたようだ。
晶のピアノが鳴る。力強い音は、朝日の音に合わせてだろう。しかし、細い腕からよく出せるものだ、と思う。観客も、晶の音に驚いている。多分、晶の事を女の子だと思っている人が大半だろう。
朝日と真洋の音もそこに加わると、晶の演奏は少し控えめになって、主役を引き立てる。そのさじ加減が絶妙で、真洋は鳥肌が立った。
真洋はトロンボーンのハモりと、メロディの裏で軽やかに、逃げ回る蝶のようにヒラヒラとした旋律だ。お飾りと表現したのはさすがだな、と吹きながら思う。
すると、観客の奥の方でキャー! と悲鳴が上がる。
真洋はその声の主を探すと、真洋と歳が変わらなさそうな女性が、明らかに真洋を指差して騒いでいるのが分かった。
(まずいな……)
今回の主役は朝日だ。危惧していた事が現実になって、真洋は周りを注意深く観察する。
騒いでいる女性達は、演奏そっちのけで興奮した様子で話している。それを聞いた周りの人達が、観客に加わっていくのを見て、慌てて晶を見る。
晶は真洋の視線に気付くと、集中しろとでも言うように、朝日へと顎をしゃくった。
(分かってるよ、それくらい)
朝日の音が自己主張し始めた。俺を見ろと言わんばかりの音だが、それ以上に真洋に注目する観客が増えていく。
演奏が終わる頃には、ロビーを埋め尽くすほどの観客になっていた。
「ほら! やっぱり元True Lightsの真洋くんだよ!」
そんな声が聞こえ、真洋はそそくさと控え室に戻った。
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