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第25話 [完]

「で、落ち着く所に落ち着いたって事だな」 ある日の夜、晶と真洋は久しぶりに『А』を訪れた。 今日は常連しか入れないイベントを開催していて、ステージでは店長がドラァグクイーンをしている。 ここには良識ある客しかいないので、晶も真洋も素のままでいるが、からかわれたりして困ることも無い。 「しっかし、アイツはやめとけって言ったのに……ま、真洋が決めたなら何も言わねーけど」 晶は肘をついて口を尖らせる。そのセリフは確かに前も聞いたけど、そこまで和将と付き合うのを止める理由が分からない。 他にも何かあるのだろうか? 「それ、前も言ってたけど……女関係で苦労しそうなのは分かるよ? でも彼は一般人だし……」 覚悟の上だと言おうと思ったが、晶は「ムカつくから全部話すわ」とさらに不機嫌になる。 「初めてお前と和将がここであった日、お前記憶飛んでるだろうから。あの日、お前は誰とも話したくない、そんな気分にもなれないって和将の誘いを断ってたんだぞ?」 「え?」 「無理強いするなって俺も止めた。けどアイツ何て言ったと思う? 『せっかく見つけたんだ、逃してたまるか』って」 そこまで言って、晶は「悪い」とバツの悪そうな顔をする。 「やぁ、遅れてすまないね」 タイミング悪く和将がやってきた。真洋は光の速さより早く、和将を睨む。 「おい、どういう事だ? お前、本当は俺の事知ってて近づいたのかっ?」 すると意外にも、和将はけろりとしてそれを認めた。呆気なく肯定するので、真洋の方が拍子抜けしたほどだ。 「言ったでしょう、ずっとファンだったって」 「だって、気付いたのは晶とセッションした時だって……晶?」 言葉に合わせて晶を見ると、彼はあからさまに視線を逸らした。 「ああ、それは嘘」 「え? ちょ、どういう事だよ、説明しろ」 和将は真洋と晶の間に座ると、ニコニコと真洋を眺める。それとは反対に、晶と真洋の機嫌は悪くなっていった。 「そこの彼にね、私が真洋の正体を何故知っているのか、聞かれたの。ただのファンですって答えたら、ただのファンがここまでしないだろって」 「……」 晶は黙ってぶすくれている。 「私は逆に訊ねてみたんだ、君こそ、真洋に正体明かされてないって事は、ただの友達なんだろ? って。そしたら怒っちゃって」 「もう良いだろその話は」 ぶっきらぼうに言う晶は、もう不機嫌マックスで怖い。しかし、真洋には何故晶が怒ったのか分からなかった。 確かに真洋と晶は友達だ。それに最近は一緒に仕事をするパートナーである。かけがえのない存在なのだが、それが嫌なのだろうか。 「お前、よくそれで芸能界やれたな」 晶はため息混じりに言った。それは自分でも思い当たる所があり、その通りだと思わなくもないが、この2人が何を考えて発言しているのか、読めない。 「もういい」 「なんだよ晶、和将も。俺に分かるように説明しろ」 「つまり、コイツは真洋の行方をずっと探してて、最初から分かった上で近付いた」 「そして彼は、真洋と特定の相手になりたかったって事」 晶と和将がそれぞれ相手の説明をする。 「え? ……は?」 真洋は脳の処理が追いつくまでフリーズした。言葉通りに説明するなら、和将は最初から自分と付き合いたくて会いに来てて、晶は俺と付き合いたかった……。 それが理解できたとたん、真洋は顔が熱くなった。そして、晶にはとても申し訳ない事をしたと思う。 「晶……ごめん」 「謝んな、こっちが(みじ)めになるだろ」 晶は目を合わさず、酒を飲んだ。 「どーせ俺は実らない恋ばっかしてんだ、そんなの慣れてる」 晶は「ノンケ好きから脱却してぇなー」なんて呟いている。どうやら真洋は、晶の想い人としては特殊だったらしい。 「真洋ー、君の恋人はこっちだよ」 寂しそうに呟く晶を見ていると、和将が視界に入ってくる。子供っぽい嫉妬に真洋が呆れると、晶は後は2人でどーぞなんて言って席を離れてしまった。 「お前なぁ、色々言いたい事があるけど、晶を傷付けたら許さんからな」 「これは不可抗力でしょ。敢えて鳥羽くんに何かしようなんて思わないよ」 私も鳥羽くんとはビジネスパートナーだし、と和将は顔を近付けてくる。 「ちょ、近い近い近い」 何しようとしてる、と問うと、和将は真顔で答える。 「え? キス」 「ここでするな」 「何で?」 「……恥ずかしいからに決まってんだろ!」 えー? と笑う和将、ステージとか人前に出る方が恥ずかしいんじゃない? と言われるが、それは仕事と割り切っているからできる事だ、それとこれとは話が違う。 「恥ずかしいんだ? 嫌ではないんだね」 ニコニコと嬉しそうに言う和将は、本当に嫌な性格をしていると、真洋は思う。 「お前ホント……顔は好みなのに嫌な性格だよな」 思わず真洋が呟くと、和将は驚いた顔をした。 そして、今何て言った? と聞くので、嫌な性格だなって言ったんだよと言うと、違う、と言われる。 「その前。何て言った?」 「ぜっっってー言わねぇ!」 「そっかぁ、真洋、私の顔が好みだったんだね、嬉しいなぁ」 「しっかり聞こえてんじゃねーか」 言いながら、真洋は面倒な人を好きになってしまったと思った。けれど後悔はしていない。だって、なんだかんだ言って、こんなにも真洋を大事にしてくれる人は、そうそういないから。 また迷ったり、立ち止まったりするかもしれない。けれど、逃げないで向き合うと決めた人間は強い。 「和将」 真洋は立ち上がって和将の唇に軽くキスをした。 驚いた顔が見えて、真洋は口の端を上げる。 「今度、部屋を探しに行くぞ。会いに行くのに2時間もかけてられない」 「それって……」 言葉の意味を理解した和将は、満面の笑みで分かったと返事をする。 二人の恋は、まだ始まったばかりだ。  [完]

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