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第一章:鬼狩りαはΩになる(2)
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この世は不思議に溢れている。
どれだけ平和な世界であろうと、人と人との争いは絶えない。なんと悲しいことであろうか。
しかし、世の中にはもっと理不尽なことがある。いわゆる怪奇事件と呼ばれ、迷宮入りする不可思議な事件。人が消える、おかしな形にひしゃげて死ぬ、証拠が見つからない……その多くは人の世界に紛れている「鬼」と呼ばれるバケモノが理由である。
昼は人間として生き、夜になると本来の姿に戻って人を殺す。その理由は様々で本能的なものであることが多い……。
「だーかーら、俺ら鬼狩りがいるんじゃないすか。そんな説明、今更要らないっスよー」
「要る要らないじゃなく、前提確認です。君はうちの研修を受けていないでしょう?」
アラタは目の前でだらしなく座る宙《そら》に呆れながらも、プレゼン資料をスクリーンに写して説明をしていた。
宙は少し特殊な経緯でアラタの所属する特別捜査係特命二課、いわゆる「鬼狩り部隊」に入ってきた。そして、アラタの新しいバディとなる。
――正直、第一印象は最悪である。
昨日のことだ。アラタが担当していた新宿歌舞伎町でのキャバ嬢連続失踪事件、その捜査中に被疑者、つまり「鬼」候補の一人を追っている最中、宙が出てきて、そいつをボコボコにし始めた。
慌ててそれを止めて、彼にボコられている鬼(結果的には鬼だったが当件としてはシロだった)とともに署に連行し、担当を変えて取り調べを外から眺めていた。
すると、部長の野村がそっとアラタの隣にきて告げたのである。
「あれ、君の今度の相棒ね」と。
正直「は?」である。慌てて現場から連れてきた暴力野郎が私の相方だって?「はあああ??」である。
アラタは取調室でブチブチにキレて信じられない気持ちでいっぱいだったが、野村は大きな声で笑いながら、明日から教育よろしくねーと去っていってしまった。
そして、本当に翌日、つまり今日、宙に部署や仕事の説明をする羽目になったのだ。
(……京都府警の縁故だと聞いたが。関西弁じゃないんだな)
簡単に部署の構成や捜査の基本を教え、少し値踏みするように相手を見つめる。宙はその長い足をもてあますように伸ばして会議室の古い椅子に座っていた。
水本宙、歳は二十四と聞いた。派手ではっきりとした顔立ちで、服装は昨日も今日もかなりラフな感じだ。自分たちのような特殊捜査員は特に制服はないのだが、それにしても仕事用とは思えぬカジュアルな出で立ちである。自分のように黒髪でさっぱりとしたスーツ……ザ公務員、というような格好とは随分違う。まあ、アラタも顔に大きな傷があるし、強面な方なのでカタギには見えないのも事実ではあるが。
ただ、宙をよく見ると、小物のセンスは良いし、かなり良いものを身につけている。どこぞのボンボンなのだろうとは予想はつくが、アラタが気にしているのは、昨日野村には否定された噂であった。
(鬼喰いをする京都の系譜……)
今となっては鬼の怪奇事件は**庁の担当であるが、この国には昔から鬼がいた。それを人々から守ってきたのは今のような組織ではなく、特殊な力を持つ存在であったと聞く。
その元祖鬼狩り系譜である新人が今年入ってくるらしい、そして、そいつは鬼を喰うらしい……ともっぱらの噂になっていたのだ。
上司から否定されたこともあるが、あまり人を穿った見方をするのもな……とアラタはその思考を止めた。宙は手元の書類を見るのに飽きたのか、人事系の書類はメールにある分だけっスよね、と言うと、うんっと伸びをして立ち上がった。アラタは初日からの大きな態度に呆れながらもそれに答える。
「ああ、そうですね。じゃあ、あとは今日は簡単に館内の案内をして……」
「アラタさんってαっスか?」
「は?なんだと?」
いきなりの質問に驚いて素が出てしまった。自分より少し背の高い彼を見上げて睨むと、そうですが?と訝しく思う。
「いきなりバース性を聞くのは失礼ですよ。学校で習いませんでしたか?」
「いや、Ω相手にはそうかもしれないけど、α同士なんだからいいでしょ」
「そういう問題じゃありません。最近は捜査の手順内でもバース性確認は問題になることがあります。以降、気をつけるように」
「ヘーい」
宙はそう答えると、急にアラタの首元に鼻先をくっつけてくる。そのいきなりの行動に驚いて、何を!?と思わず半歩後ろに下がってしまった。
「なんですか……?」
「いや、いい匂いするなって。香水かな?」
「?いいえ」
「ふぅん……」
一体なんなんだこの距離感は、とアラタは警戒した。歳はそこまで違わない。四つほどしか違わないのに、もうこんなに感覚が違うものなのか。それともこれは世代ではなく個性の違いか、そんなことを考えていると、宙がじっとアラタの顔の傷を見つめていることに気づいた。自分の顔にある大きな傷は目立つので、こういう視線には慣れている。もの珍しかろうとは思うが気分は良くない。
「君、人の顔をまじまじと見るのも失礼ですよ」
「ああ、すんません。それが例の傷ですか」
「例の、とは。別に捜査でついた傷で……」
くだらない、とアラタが話題を終わらせようとしたとき、宙がぼそりと呟く。
「相方殺しの渡辺アラタ」
「っ……!」
「そんな顔もするんですねー」
鉄仮面かと思ってました。ふは、と笑う宙の顔に揶揄いや嫌悪の色はなかった。
アラタは少し乱れた呼吸をゆっくりとおさめ、そうですね、と冷めた目で肯定する。事実だからだ。すると、宙はまた、ふぅん、と面白そうに笑った。
「俺なら死なないっスよ」
「そうですか。ならば、期待しています」
「はーい、期待しててください。あ。ちょっとタバコ行ってきまーっす!」
「……どうぞ」
そう言うと、宙はさっさとその小さな会議室を出て行ってしまった。その長身がひょいひょいと椅子をまたいで部屋から消えたあと、アラタはガンッと机を殴りつける。
「あのガキ……!」
――正直、第一印象は最悪の最悪の最低であった。
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