4 / 6

第一章:鬼狩りαはΩになる(3)

* 「捜査の基本は聞き込みや入念な下調べです。どうして君はいきなり現場に入ろうとするんですか」 「まあまあ。だって面白そうじゃないスか。キャバクラだし」  はあ……とアラタは大きな溜息をついた。ここは夜の新宿歌舞伎町、キャバクラの前である。  互いに着替えて合流したのだが、アラタは相手の格好に呆れた。宙は昼よりは少しまともな格好をして現れたが、明らかに二人は別業種の人間に見える。アラタはシックなスーツ姿なのでサラリーマンに見えなくも……いや、顔の傷が目立つのでどうみてもヤクザだろう。さっきからそんな視線は感じている。まあ、宙といれば捜査官には見えないか、とは思った。  鬼狩りは秘密裏に行われるため、捜査自体は「通常の」捜査官が行う。そうして被疑者を絞り込めてきた時点で鬼狩りである特命に引き継がれ、アラタたちが被疑者を尾行し、犯行現場や鬼化を目撃したところで討伐が始まるという流れが一般的だ。しかし、宙の「現場に行かない警察官なんですかぁ?」という煽りに負けてこの場にいるのだ。自分の気の短さに情けなくもなった。  新宿歌舞伎町のキャバクラ「XXX」。このあたりでは大きなグループの上級店である。そこのグループのキャバ嬢が三人、この二ヶ月ほどの間で立て続けに失踪している。  裏業界によくある話で、ホストに貢ぎすぎてヤクザに飛ばされたとか風俗落ちして消えたとか……そういう噂になっているが、そうではないらしい。店自体の経営はしっかりしており、ヤクザとの繋がりもなく、立て続けに三名、トップクラスの嬢が消えたとあって、グループのオーナーから詳しく調べて欲しいという依頼があった。  鬼は「消えやすい」人間のいる場所を選ぶ。もちろん田舎の神隠し的なことも多々あるわけだが、人の消える数からすれば都会が一番だ。ここは然程他人に興味がない。誰かが消えても「ああ、何かあったのか」その程度。よって、現代において、鬼は都会に紛れ込んでいることが圧倒的に多いのだ。 (とはいえ、鬼の発生や繁殖についてはよく分かっていないのが現状なんだが……)  未解決の事件、都市伝説……様々なことに鬼が絡んでいるのは分かっている。だから、このように組織として対応している。しかし、アラタは「人間が鬼になる」ことも知っていた。**庁管轄の研究所「D」でも研究が進められているが、その正体はまだよくわからない、が正解だ。アラタは傷を撫でながら、「早く行きましょうよぉ〜」と浮かれる宙にまた溜息をついて店に入ることにした。 (めちゃくちゃ馴染んでいる……)  宙から「接待のていで行くんで!」と言われてとりあえず卓に座ったが、まあ、感心するほど上手いものだ。簡単に「不自然じゃない」紹介をされ、ベンチャーの社長と融資担当の銀行員という設定で話が進められてしまった。  今の卓にはこの店のナンバーツーであるモモカという女性がメインでついてくれていた。胸が大きくて全体的に柔らかそうな、可愛らしい女性である。アラタは視線が失礼にならないようにと気を配っているが、宙などはガン見である。慣れているのか、臆することなく女性にも微妙なラインで近づいていて、まあ、なんともこういう店に来る客らしい。  話を聞くと、モモカは最近この店に移ってきたばかりらしい。しかし、一気に上位にいるのも頷ける、女性らしさを前面に押し出した女性で、頭の回転も早いのだろう、話もうまかった。 「水本さんはお酒飲まないの〜?」 「俺、全然飲めないんだよね。いいよ、君たちはあまーいシュワシュワのお酒飲んでもらって♡」 「ほんとー?フルーツもつけていい?」 「どうぞどうぞー!アラタさんにも水割り作ってあげて♡今日は俺の奢りだから♡」 「……ありがとうございます」  経費で落ちないぞ、という睨みをきかすが、宙は何も気にしていないようだ。着替えてきた私服は嫌味なぐらいにブランドロゴが入っていて、多分女性たちもそれを悟っているんだろう。代わる代わるヘルプの女性が入ってくるが、すぐに宙は馴染んで会話を弾ませ、自然に店のことを聞き出している。 (そういえば、夜の街で色々やらかしたとか言っていたな。得意な分野なら任せておくか)  きゃっきゃと明るい雰囲気になっている座席を立ち、アラタはさっと店内を見回して裏に回ることにした。店の廊下の壁にはキャバ嬢たちの盛りに盛った写真が並んでいる。 (ここのナンバースリーが先週失踪したんだったな……)  「カナデ」と書かれている女性は美しい黒髪をしなやかにアップし、中華風のドレスを纏っている写真であった。すぐそばにいるボーイに、あの、と尋ねる。 「カナデさんは今日はいらっしゃらないんですか?」 「あっ、ご指名ですか……?すみません、カナデさんはしばらくお休みの予定でして」  背が低く、おどおどとした頼りないボーイは、アラタの問いかけにしどろもどろに答えた。しかし、詳細までは知らなさそうな雰囲気だった。 (流石にボーイには失踪の詳細は伝わってないか……)  アラタはニコリと外向きの笑顔を作ったが、まあ、この顔の傷だ、向こうはひどく怯えるような視線を送ってきた。……こういう扱いには慣れている。 「そうですか。綺麗な方なのでもしいらっしゃるなら、席についていただければと思いまして」 「もしかしたら戻ってこないかも……」 「?」 「あっ、すみません。この前、アリサさんと揉めていたようなので。キャバ嬢同士の揉め事はよくあることなんです」 (アリサ……ここのトップか)  壁の写真を見ると、アリサ、モモカ、カナデと並んでいる。アリサは美しく艶やかなブロンドを巻いている、かなり目力の強い女性だ。写真の加工はあれど美しい人だなとアラタも素直な感想を持った。 「そうですか。それは残念です。アリサさんは今日はいらっしゃるんですか?すごく綺麗な方ですね」 「今はVIPにいるのですが、もうすぐお客様が帰られる時間なので、今日はその後うかがえるかと。少しお時間かかりますが」 「私の連れが綺麗な女性には目がなくて。もしお時間あればお願いします」  そうボーイに告げてまた席に戻る。華やかな夜の街はいつでも裏で何が起こっているかわからないものだな、と、アラタは昔のとある事件を思い出しそうになっては首を振った。 「アリサです」 「うわ、めっちゃ美人〜写真の百倍綺麗っスね!ね、ね!アラタさん!」 「ええ、そうですね」  ボーイの言った通り、少し時間が経ってから、アリサという女性が卓にまで来てくれた。写真ほど肌は白くないが、透き通るように美しい肌は若々しい。けれど、その若々しい見た目の割に、纏う空気にはかなり落ち着いた感じがあり、妖艶さが際立っていた。 (……怪しいと思うが……女性の鬼という可能性もある)  この前の被疑者は鬼ではあったが、該当の事件とは無関係だった。もちろん、鬼であることが分かった故に、**庁管轄の研究所に送られてはいるが。  しかし、鬼の生きたままの捕縛は非常に難しい。人間に紛れている鬼は見分けがつきにくく、犯行現場を押さえなければ討伐できないからだ。  そもそも鬼に対抗しうる武器というのは、古くからの鬼狩り系統が使っていた呪術の類が込められた刀を改造して作ることしかできない。それも刀を携行するのは難しいため、銃弾に改造しているのだ。すると、やはり鬼への影響は大きく、胸元に打ち込むと死に至る。昔は首を斬るのがメジャーな討伐方法であったらしいが、鬼が都会に潜む現実では、なかなか難しいだろう。人気のないところで足などを撃って上手く捕縛もしくは討伐ができれば上々だ。 (どう見てる……?)  今の状況証拠だけでは、一体誰が怪しいのか皆目見当がつかない。先日、後をつけていた男はカナデと金銭関係にあるヤクザであった。しかし、シロだったからには、彼女の店回りをもう一度洗い直すのが筋だろう。宙は一体どのように状況を見ているのか……。  談笑をしながら、店での時間は過ぎていった。高いだけあって酒は美味かったが、宙が会計をしている領収書を覗き見て正気に戻りそうになった。お見送りを終えられ、女性達が店に戻った途端、アラタががっくりと項垂れる。 「キャバクラってあんな高いんですか……?ここが上級店だから?」 「アラタさん、夜遊びしない人?あんなもんじゃない?別にボッタクリでもないと思うよー。結構いいお酒入れたしねー」 「君はどうしてそんな慣れてるんですか。いや、詮索はいけませんね。言っておきますが、経費では落とせないですよ?」  まあ自費で払えなくはないが……とアラタが財布を出そうとすると、いや、と宙がそれを制した。 「大丈夫っスよ。俺がそのまま払うんで」 「は!?払うんですか!?」 「いけません?最初に言ったじゃないっスかー、俺の奢りだって」 「いや、あれは店に入る時の設定で……いけないわけではないですが……」  なんともいえない複雑な感情だ。自分も別に高給取りなわけではないが、苦労はしていないし、金は使わない方なので別に支払いはできる。しかし、ここを後輩に奢られるのは先輩の沽券にかかわる気もする。しかし……と悩んでいたが、宙に頭を下げておくことにした。無駄遣いはしない主義なのだ。 「ご、ごちそうさまでした……」 「いいえー。仕事に入る前からお世話になっちゃったしね。詫びでーすっ!」  この軽さがどうにかならないものか……と新卒に奢られるのはやはりどうなんだ?とまだモヤモヤしつつ、二人並んで歌舞伎町から新宿駅に向かう。  深夜に差し掛かる時間帯だが、街にはまだ人が多く、客引きも多かった。が、アラタの傷とスーツのせいか、いや、190近い大きな男が二人並んでいれば声もかけにくいのか、二人には全く声はかからなかった。邪魔もなく、誰に聞かれるでもない位置で二人は会話をする。街の喧騒が一段低いところにあると、こういう時は便利である。 「で。どう思いました?さっき伝えた通り、この前の被害者、カナデさんとアリサさんが揉めていたらしいという話がありましたが」 「アリサっスか?白ですね」 「どうしてそう思います?」 「匂いがしませんでした」 「匂い?」  そう尋ねたアラタに対し、宙は自分の鼻を軽く指で弾いた。 「俺、鬼の匂いに敏感なんッスよ。まー、店が香水くさかったんで、なんとも言えないけど、独特の匂いがなかったです」 「そんなものが……?」 「なんとも言えない……そうだな、桃に似た香りなんですけど、俺には分かります。肌からじゃなくて内側、中から感じる匂いみたいな。俺がこの前喧嘩した鬼。あいつ、捕食前か飢えてたんでしょうね。すごい匂いがして危険だなってすぐ分かったんっス。まあ、捕食前でもなんとなく滲み出てきて分かるんだけど……本能に近くなると匂いが濃くなるっていうのかなー」 「そんなことで分かるんですか……?すごいんですね」  研究所から定期的な鬼についての最新レポートはもらっているが、そんな話は聞いたことがない。アラタは本当に驚いてそう口にしたが、宙は少しぽかんとした後に、ニヤッとその目を細めた。 「褒められたぁ!」 「いえ、別に褒めてませんよ」 「すごいって言ったじゃないすかー」  絶対にすぐに調子にのるな……とアラタが思っていると、宙は何か一瞬考えるそぶりをした。 「?何か?」 「いえ……でもあの店にはいると思うんスよね。鬼」 「え……」  どういうことだ?とアラタが宙を見ると、宙は今までになく真剣な目をしている。 「でも、失踪したキャバ嬢ってあの店だけじゃないんですよねー?」 「ええ……。同じグループの子ばかりですが、他店でも二人消えてます。同クラスのRという店だったかと」 「R……最初についてくれたモモカって女の子覚えてます?」 「はい」 「彼女の手首から一瞬独特の鬼の匂いがしたんスよねー。けど、すぐに消えた。彼女からではないと思うんだけど……香水がなー甘めの匂いきつかったからなー」  二人は新宿駅のロータリーの人混みの中、会話しながら考え込む。 「それに広い店でしたからね……近くにはいるということですか」 「彼女が移ってきた前の店がRと言っていたはずなんスよ。それに店の改装の加減で何人か仲の良いキャバ嬢も一緒に移ってきたと」 「それはかなり怪しい。彼女でないとすると彼女の近くの誰かか……」 「まあ、キャバ嬢もスタッフも多そうな店でしたからねー。わかんねーかもなー」  確かに普通のキャバクラよりかなり規模が大きい。派手な上級店ではあるし、関係者もかなり多いだろう。 「私はもう少しあの店を調べます。君は明日から合同研修でしょう。一週間後に合流しましょう」  宙は別採用の新人達と一緒に、明日から一週間ほど合同研修に出る。とりあえず、本格的なバディ開始は一週間後からだ、とホッともしたが、今日の振る舞いを見てもかなり肝が据わっているのはよく分かった。捜査員に話をつけて……とアラタが考えていると、宙がニヤニヤとアラタの顔を見て笑った。 「あれ?一週間後までには片が付いてないんっスかー?」 「……私一人で片付けておきますよ」  ビキビキっと青筋でも立ちそうになったが、意外と気が短いのが自分の短所だ。アラタはケラケラ笑っている相手を睨むが、向こうはそんなことは気にも留めず、大きく手を振った。 「冗談っスよ!じゃあ、俺、こっちなんで!またよろしくお願いしまーす」  そう言って、宙はJR側の改札に消えていってしまった。アラタは自分の路線の方に向かって地下へと潜る。思い返しても意外と話はできるし、頭も良い。合同研修で問題を起こさなければいいが……とも思いつつ、またバディを組むのか?という懸念もある。 (俺なら死なない、か……)  彼に言われて思い出してしまう過去を頭の中から振り払う。まだ自分はあの過去に向き合えるだけの心も力も持っていない。新しい相棒は、なぜだかそんな過去の棘を柔らかに刺激してくるようで……不快ではあるが、優秀ではありそうだ。 「ったく、可愛くないやつだ」  まだ人の多い新宿の駅ナカを抜けつつ、鬼が匂いで分かるものなのか……と先ほど彼に聞いた事実を思い出す。明日、研究所の知り合いと話をしようと思い立った。

ともだちにシェアしよう!