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プロローグ③

「今は恋愛より、部活が楽しいので……」 「ふぅん……とてもそんな風には、見えないけどな」 「え……?」 「なんか、無理してるんじゃね? 最近特に。ちょっとオーバーワーク気味だし」  その言葉に雪哉はギクリと肩を震わせた。真っすぐな瞳に見つめられると何もかも見透かされているようで居心地が悪い。  雪哉は慌てて目を逸らすと、残っていたアイスを喉に流し込んだ。 「べ、別に……普通ですよ」 「……普通、ね……。流石に俺じゃ、相談相手にはなんねぇか」 「えっ?」 「なんか悩んでんだろ?」 「……」  垂れ気味だが意志の強そうな目に真っ直ぐに見つめられて雪哉は言葉に詰まった。  今まで、何となく近寄りがたくて試合や練習以外であまり話をしたことは無い。そんな先輩にまで気付かれるほど自分は態度に出ていたのだろうか? 「いえ、大丈夫ですから気にしないでください」 「そんな事言っても、全然説得力ないぞ。ほら、言っちまえよ。楽になれるかもしれないだろ?」 「……」  何と答えるべきか迷いながらチラと視線を向けると、相変わらず真剣な眼差しでじっと見返された。  本人が纏う甘い雰囲気に騙されがちになるが、こうして見ると意外と精悍な顔立ちをしている。  くっきりとした二重瞼に長いまつげ、通った鼻筋に薄い唇。髪は少し茶色がかっているが、脱色しているわけではなく生まれついての天然らしい。身長は190cm近くあるし、細身に見えるが筋肉質でスタイルも良い。  こんな男に迫られたら大抵の女ならイチコロだろう。いつもは口が悪くて乱暴なのにこんな時だけ優しいなんてズルいと思う。 「大したことじゃないんです……」と、雪哉は小さく呟いた。 「好きな人が、いるんですよ……」 「へぇ、そりゃ初耳だな。告らないのか? お前に告られて断る女なんて居ないだろ」 「それは無理です。僕、半年前にフラれてるので……」  未練がましいヤツなんです僕は。と呟いて、残っていた炭酸飲料を喉の奥に流し込んだ。きつい炭酸が体中に沁み渡って涙が出そうになる。 「……そうか」  橘は短くそれだけ言うと、それ以上深くは聞いて来なかった。 「悪い。嫌な話させちまったな」 「謝らないでください。 僕なら大丈夫なので」 「アホかお前は、そんな顔して何が大丈夫なんだ!」  同情されたくなかったので必死に笑顔を作ろうとしたのだが、厳しい声に一蹴されてしまった。 「一人で抱え込んでんなよ。辛い時は誰かに頼ったって罰はあたんねぇだろ」  窘めるようにそう言って、肩を掴まれ橘の胸元にぐいと引き寄せられた。洗いたてのシャツと柔軟剤の香りが鼻腔を擽り、不覚にもドキリとさせられる。 「泣きたいときには思いっきり泣いていいんだぞ?」 「っ、泣くわけないでしょう!?」 「強がるなって」 「強がってなんかいませんから」  頭をクシャクシャと撫で、からかうような仕草に思わず声を上げ凭れていた身体を慌てて起こした。 「そうか? お前、今にも泣きそうな顔してるじゃん」 「してません! 本当に大丈夫ですから」 「ほんとかよ」  意志の強そうな黒い双眸にジッと見つめられたら、どうしたらいいのかわからなくなってしまう。  コレが普通の男女の恋愛関係ならまだ良かったが自分が好きな相手は男だ。  いくら恋愛の形態は自由だと言っても、誰にでもオープンに話せる内容ではない。 「……興味本位で踏み込んで欲しくないんです。すみません」 「別に、興味本位で言っているわけじゃねぇよ」 「え、じゃぁなんで……?」 「なんでって、そりゃお前……」  興味本位でなければ一体なんだと言うのだろう?   どういう意味かと不思議に思って顔を見れば意外と近くで真っ直ぐな瞳にぶつかった。吸い込まれそうなくらい綺麗な黒曜石の様な漆黒の眼差しに射抜かれて、雪哉は思わず息を飲む。   「……ッ、とにかく! お前にオーバーワークでぶっ倒れられたら困るんだよ。一応お前はうちの大事なエースなんだからな!」  橘は怒っているようにそう言って立ち上がると、空になったアイスの袋をゴミ箱に投げ入れる。 「あっ、ちょっ!」  橘は言いたいことだけ言ってしまうと、じゃぁなと手をあげそそくさと帰って行ってしまった。 「……何なんだよ、あの人……」  なんだか、上手くはぐらかされてしまったような気がする。  やっぱり、あの人は少し苦手だ。すっかり温くなったペットボトルに口を付け雪哉は小さく息を吐いた。

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