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ティップオフ
「よぉ、萩原。元気そうじゃん」
試合前のミーティングを終え、ベンチに座ってバッシュの紐を結び直していると頭上で聞き覚えのある声が雪哉の名を呼んだ。
なんだろうと思い顔を上げると、薄い紫の生地に赤のラインが入ったユニフォームが視界に入る。胸元には今日の対戦相手でもあるFUJISAWAの文字が赤い文字で描かれていて、センター分けの男がボールを小脇に抱えて立っていた。
逆光だったせいもあり、雪哉には一瞬その人物が誰なのかわからなかった。
だが、直ぐにそれが夏の合宿の時に対戦した佐倉だと気付いて雪哉は表情を緩める。
「……あぁ、佐倉か。久しぶり。ウチと当たるんだよね。今日はよろしく」
握手のつもりで差し出した手は、握られることは無かった。代わりに余裕しゃくしゃくと言った笑みを浮かべ、小馬鹿にしたような声が降って来た。
「フンッ、相変わらず澄ました顔してるな。 この間はまぐれで勝てたかもしんないけど、今日はそうはいかないからな!」
「あ? 相変わらず口の減らねぇ野郎だな……」
何処か馬鹿にしたような言い方をする相手にピクリといち早く反応したのは橘だった。
確かに今まで一度だって雪哉達の学校が2回戦を突破できたことは無かったし、冬の予選に出られただけでも奇跡に近い。
明らかに格下だと言わんばかりの言葉や態度にチームの空気がぴりつく。
これから試合が始まると言う時にわざわざ喧嘩を売りに来るとはどういう神経をしているのだろうか?
「あぁ、もう! ちょっと目を離すと直ぐ……。どうしてそんな言い方するかな佐倉は。ごめんな、コイツ、本当はずっと萩原達と戦うの楽しみにしてたんだ」
「っ、将輝! 余計な事言うな! 別に、楽しみになんかしてねぇし!」
後ろからひょっこりと現れた一条に暴露され、佐倉が慌てたように噛み付く。
「とにかく! 夏の借りはキッチリ返してもらうからな!!」
「あっ、ちょっ! 待ってよ佐倉っ……すみません、じゃぁまた後で!」
フンッと鼻を鳴らして去っていく佐倉を追いかけ、慌てて走っていく一条の後ろ姿を見送りながら、変わらない二人の姿に思わず笑みが零れた。
「なんだったんだ、アイツらは……」
「なんだっていいんじゃねぇの? 相手が強いのはわかりきってる事だし」
「鈴木の言うとおりだ。 俺達に手加減とか、気を抜いている余裕なんて無い! 頭っから全力でぶつかるだけだ!」
大久保の言葉にチームメイト全員が力強く首肯く。
そう、油断などできるはずがない。こちらだって今までの練習の成果を出し切るために全力でぶつからなければ、失礼に当たる。
それにしても――。
「和樹……大丈夫か? 行けそう?」
「だ、だい、丈夫っ!」
ふと、不安になって声を掛けると、真っ青な顔をした和樹が肩に掛けられたタオルの端を掴みながら震える声で返事をした。
今にも倒れそうなほど足がガクガクしていて、とてもじゃないが大丈夫そうには見えない。
無理も無いだろう。飛田がスタメンの居なくなって、開いてしまったポジションに和樹が抜擢されたのだ。
「場の空気に慣れるまでは、僕が上手くフォローするから……心配しないで」
「お、おぅ!」
「……大丈夫かよ、アイツ……チッ飛田の野郎さえアホな事しなければ……」
橘の言葉に、3年メンバーが沈痛な面持ちで俯く。きっと、此処にいる誰もが飛田と一緒に最後まで試合に出たかったのだろう。あんな事をしでかした後でも飛田は橘達にとって3年間苦楽を共にしてきたメンバーの一人なのだ。
「悔やんだって仕方が無いだろう。今はただ、やるべきことをやるだけだ。それに、鷲野は一度藤澤相手にいい動きをしていただろう? 信じるんだ」
「……ああ、そうだな。頑張るしか、ないよな!」
大久保の冷静な言葉に、3年メンバー達が覚悟を決めたような表情に変わる。
「よし、お前ら格上が相手だからって日和るなよ! 夏の勝利がまぐれじゃないって証明するんだ!」
「だな!」
「っしゃ、やってやろうじゃねぇか!」
円陣を組んで、気合を入れる。 運命のティップ・オフはすぐそこまで迫って来ていた。
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