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$2.正直者がバカをみる⑤

 家のチャイムがなって、念の為ドア穴から覗くと手にタッパを二段重ねて持って立っている美南が見えて、初人はすぐにドアを開けた。  『あれ美南どうした?』  「これ!お母さんが作ったの持って行きなさいって」    男二人暮らしを心配してか時々多く作ったおかずを届けるこのやりとりももう10年くらい続いている。田舎の市営住宅に残るは古き良き時代の名残だ。  『なんかいつも悪いな』  「何言ってんの今さら。お母さんむしろあげたくて作ってるようなもんだよ!普段は適当なんだから」  『本当助かってるよ、ありがとう』  "美味そう"とタッパーを開けて中を見ているとそのままモジモジと何か言いたげな顔の美南。  「それとさ、、前に言ってた曲完成したんだよね」  『えっ?そうなんだ?聞きたいな。あっー…良ければ中入る?』  「そのつもりでギターも持って来ちゃったんだよね、へへっ。」  部屋に上がった美南は背負っていたアコースティックギターを下ろして壁に立てかけながら部屋を一周見回した。  「久しぶりに来たけど初人の部屋、相変わらず何もないねー」  『そう?男の部屋なんてこんなもんじゃない?』  「ふーん、、他の男の人の部屋に行かないからわかんないよ」    元々最低限の服や必需品しかない初人の部屋だが明日からの仕事のために荷造りでますます荷物が無くなっていた。  「そう言えばおじさんは?まだ帰ってこないの?」  『あー…お父さんは……』  さすがに美南にはバレると何処かで言わなきゃいけないと分かってる初人だが、いくら幼馴染とは言え本当の事は話せない。出会ってこの何十年、盗みをしていたなんて知らない方がいいし知ってしまえば今までの関係が崩れてしまうだろう。だから初人はまた嘘をついた。  『実は今お父さん入院してて、、』  「えっ!そうなの!?何でそんな大事な事言ってくれないの?どこの病院?お見舞いに行かなきゃ!」  『あーえっとー…それか東京のちょっと遠い病院でさ。あっ!病状は大した事ないから一週間くらいで退院出来ると思うし。心配いらないから!』  「そんな事言っても心配だよ。何も知らないで呑気に曲聴いてなんて押しかけてごめん」  『何言ってんだよ。お父さんなら大丈夫だってば!それより作った曲聴かせてよ、楽しみにしてだんだからな』  「うんじゃぁ、、ちょっと待って」  美南はギターを抱え椅子に座って足を組んだ。弦に指をそっと置いて"C"コードの形になると右手が動いて、緩やかに歌い始めた。 初人は開いていた窓を閉めると美南の目の前で床にあぐらで座って見上げる。  透き通って穢れのない声。ここはライブハウスでステージに立つ美南を一人の観客として耳をすました。Aメロ、Bメロ、そして片想いの恋のメロディーは切なくギターの音に合わさっていく。  純粋に夢を追う美南を見て嘘をついて騙している事に罪悪感さえ感じてくる初人は、曲が終盤になるにつれ顔が見れなくなっていく。 耳にかけた髪の毛がたらりと落ちて美南の顔を隠すとコードを抑える指が止まって曲が終った。  「、、以上、終わり!あーなんか緊張しちゃった。作って初めて誰かに聴いてもらう時ってやっぱりドキドキする」  照れ笑いしながら肩をすくめる美南はピックをクルクルと動かしてソワソワしている。初人は拍手をして  『すげーめちゃくちゃいいじゃん!』  「本当に……?お世辞じゃない?」  『本当だよ!感動したよ。この曲タイトルは何?』  「あー…タイトルはまだなんだけどね。今考え中なの。それでね、この曲でオーディション受けてみようかなぁって」  『絶対いけるよ!保証する!』  「初人が言うと嘘っぽいけどー…なんかちょっと自信ついた。ありがとう」  玄関前で"じゃまた"手を振る美南を見届けて初人はドアを閉めた。何だか幼馴染の成長を見て何故か急に一人置いてけぼりになった感に襲われた。  タッパーの中身をお皿に移して温めてる食べる。こんな状況だからか家庭の味がじんわり身体に染みる。早く父親と一緒に野球中継見たり、約束してた美味しいお店に行ったりしたい。いつもの馬鹿みたいな生活にただ戻りたいだけなんだと初人は料理を平らげた。  職場には電話で父の看病でお休みすると連絡すると心配されながら"早く治るといいな"と言って疑われる事なく休暇申請は問題なし。  荷造りをバッチリ済ますと最低限の荷物はボストンバック一つで収まった。長くてもせいぜい10日間程、早ければ7日間で戻ってくるつもりだ。 今日は景気づけに父親の大好きな焼酎を一杯だけグビッと飲んで窓をあけて涼しい風を仰いだ。  「すぐだから。もうちょっと待ってて」

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